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「出自を知る権利」をいかに保障するか――発展する生殖補助医療による新たな「家族の問題」 - 南貴子

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法制度化における課題と提言:子の出自を知る権利の保障に関連して

日本においては、1949年に提供精子による人工授精によって最初の子が誕生して以来、精子提供はドナーの匿名性の保障を前提として行われており、現在も生まれる子の出自を知る権利は保障されない状況にある。

生殖補助医療は、これまで、子を持ちたいという親の立場から不妊治療として捉えられてきたが、近年、生まれてくる子の福祉を最優先とすべきであるとの提言や、子の出自を知る権利を認める報告も出されている[*11][*12]。

[*11] 「代理懐胎をはじめとする生殖補助医療について議論する際には、生まれる子の福祉を最優先とすべきである」 日本学術会議 生殖補助医療の在り方検討委員会, 2008, 対外報告「代理懐胎を中心とする生殖補助医療の課題―社会的合意に向けて―」

[*12] 厚生科学審議会生殖補助医療部会, 2003,「精子・卵子・胚の提供等による生殖補助医療制度の整備に関する報告書」

それでは、子の出自を知る権利は法制度によってどのように保障されうるのであろうか。

オーストラリア・ビクトリア州では、1984年にInfertility (Medical Procedures) Act 1984(1984年法)を制定後も1995年には改正法Infertility Treatment Act 1995(1995年法)を、さらに2008年には改正法Assisted Reproductive Treatment Act 2008(2008年法)を制定するなど子の出自を知る権利の保障をより確実なものとするための法改正がなされてきた。ドナーの匿名性を廃止し、子の出自を知る権利を認める法制度化を実現したビクトリア州の事例分析をもとに、生殖補助医療部会報告書及び親子法制部会中間試案を念頭に置き、さらに一歩踏み込んだ視点から、日本の法制度化に向けての課題について提言したい。

出自の事実とともに成長する権利の保障

ドナーの提供配偶子・胚による懐胎(donor conception、以下DCと略す)によって生まれる子(以下DC子と略す)の出自を知る権利について、生殖補助医療部会報告書では、「提供された精子・卵子・胚による生殖補助医療により生まれた子または自らが当該生殖補助医療により生まれたかもしれないと考えている者であって、15歳以上の者は、精子・卵子・胚の提供者に関する情報のうち、開示を受けたい情報について、氏名、住所等、提供者を特定できる内容を含め、その開示を請求をすることができる」としている。

しかし、親から出自についての真実告知を受けていない子は、実質上、出自を知る権利を行使することはできない。また、何らかの機会に突然出自について知ることは、それまで築いた家族の信頼を損なうことになる。

ビクトリア州の事例では、1984年法の施行によって子の出自を知る権利が認められたものの、18年を経ても多くの子が親から出自を知らされていない状況にあった(1984年法のもとでは、子は18歳になればドナーの情報開示の申請をすることができる)。すなわち、DCによって子をもうけたことは、依然として「家族の秘密」であり、法律において出自を知る権利が明記されていても、単に出自についての記録が残されているだけでは、子の出自を知る権利は保障されないことをビクトリア州の事例は示していた。日本においても提供精子によって生まれたことは、多くの家族にとって秘密とされている[*13]。

[*13] 久慈直昭、堀井雅子、雨宮 香 他, 2000,「非配偶者間人工授精により挙児に至った男性不妊患者の意識調査」『日本不妊学会雑誌』45(3): 219-225.

それでは、どのようにすれば、子の出自を知る権利が守られるのであろうか。ビクトリア州政府が採った対策は、親に対して子への真実告知を促すこと、親から子への真実告知がなされやすい環境作りをすることであった。ビクトリア州では、2006年から州政府主導で“Time to Tell”キャンペーンを行って、子の出自を知る権利の問題に社会全体で取り組んできた。そして2008年には、出生証明書を通して子が出自について知ることができるように法改正(2010年より施行)がなされた。

このようなビクトリア州の試みから見えてくることは、子の出自を知る権利を保障するには、子が「出自の事実とともに成長する権利」が保障される必要があるということである。

2008 年法の指針となる原則には、「提供配偶子を用いた結果生まれた子ども(18歳未満を意味している)は遺伝的親についての情報を知る権利がある」と記されている。そして、この原則に基づいて2008年法では、それまでの申請年齢であった18歳規定を廃止し、さらに出生証明書の交付時に、さらなる事実を知ることができると記した文書を添付することによって、出自の事実を知らせることとなった(出生証明書自体では、DC子かどうかは分からないようにされており、さらなる情報を得るための申請を行うかどうかは本人の意思に任されている)。

2008年法において採られた制度は、子の出自を知る権利の保障を確実にすることを求めたビクトリア州の先駆的な試みである。一方、日本においては、生殖補助医療にかかわる社会的議論はまだ十分にはなされてはおらず、ビクトリア州とは異なった社会環境にある。2008年法に見られるような革新的な法制度の導入を求めることは現時点では困難であろう。

しかし、子の出自を知る権利が保障されるには、子の「出自の事実とともに成長する権利」の保障が必要なことを示したビクトリア州の事例は注目に値するものである。単にドナーの記録を保存するだけでなく、子の「出自の事実とともに成長する権利」が保障されるための社会環境の形成を念頭においた法制度化が望まれる。

シングル女性、レズビアン女性の生殖補助医療へのアクセス権

親の立場から見た生殖補助医療における権利とは何か。その最初の権利は、生殖補助医療技術を利用して子をもうける権利、つまり、「生殖補助医療を受ける権利」である。日本ではシングル女性、レズビアン女性への生殖補助医療は認められていない。

例えば日本産科婦人科学会は、会告「『非配偶者間人工授精と精子提供』に関する見解」(1997年;2006年に「非配偶者間人工授精に関する見解」に改定)において、「被実施者は法的に婚姻している夫婦」としており、会告「『体外受精・胚移植』に関する見解」(1983年;2006年に改定)においても、「被実施者は婚姻している」こととしている[*14]。また生殖補助医療部会報告書も、精子・卵子・胚の提供等による生殖補助医療を受けることができる者の条件として、「子を欲しながら不妊症のために子を持つことができない法律上の夫婦に限ること」としている。

[*14] 2006年に改定された「体外受精・胚移植に関する見解」では「被実施者は婚姻しており、挙児を強く希望する夫婦で、心身ともに妊娠・分娩・育児に耐え得る状態にあるものとする」としている。体外受精を受けることのできる者については、「日本産科婦人科学会(日産婦)は『結婚した夫婦に限る』としていた条件を外し、対象を事実婚カップルに広げる方針を固めた」ことが報じられた。「昨年(2013年)12月の民法改正で、結婚していない男女間に生まれた子(婚外子)に対する法律上の差別が撤廃されたことが理由」であり、「すでに日産婦理事会での了承を得ており、6月の総会で決定する」としている(読売新聞, 2014.1.6,「体外受精 事実婚も容認 産科婦人科学会方針 国は助成拡大」)。胚提供については、2004年の会告「胚提供による生殖補助医療に関する見解」で「胚提供による生殖補助医療は認められない」としている。

一方、日本において、未婚女性がインターネットによる個人の精子提供サイトを介し匿名での精子提供を受け、彼女たち自身による「自己授精」が行われている実態が2014年2月27日放送のクローズアップ現代「徹底追跡 精子提供サイト」で報道され、自己授精による感染症などの危険性や倫理面での問題についての指摘がなされた。その背景には、シングル女性やレズビアン女性がシングルマザーとして、またレズビアンマザーとして子を持つことを望んでいるにもかかわらず、彼女たちが生殖補助医療(とくに、提供精子による人工授精)を利用することができない現状があることを見逃してはならない。

さらに、突き詰めていけば、生殖という「自然な行為」のなかに生殖補助医療技術の利用という「人工的な行為」を認める社会が、シングル女性やレズビアン女性の子を産む権利をどのように考えるのか、彼女たちから生まれてくる子の出自を知る権利の保障をどのように考えるのか、との問いに行き着く。今後、「なぜ結婚した女性に認められるものが、シングル女性やレズビアン女性には認められないのであろうか」との疑問に真摯に向き合う姿勢が求められるであろう。

ビクトリア州では、1995年法においてはシングル女性やレズビアン女性の生殖補助医療の利用は原則として認められなかった(既婚の夫婦のほか、異性愛の事実婚カップルには認められていた)。

2000 年に起こされたMcBain裁判は、男性パートナーのいない女性の生殖補助医療へのアクセス権を認めるか否かの議論として、ビクトリア州のみならず、オーストラリア連邦政府をも巻き込む議論を引き起こした。

その議論が提起したものは、「女性の子を持つ権利」と「子の父を持つ権利」の衝突であり、生殖補助医療の利用は「家族の在り方」をも左右するというものであった。2008年法においては、シングル女性やレズビアン女性の生殖補助医療へのアクセスが認められ、法の指針となる原則に「治療を受けようとする者は性的指向、婚姻状態、人種や宗教に基づいて差別されてはならない」ことが明記された。

日本においても、生殖に対する考え方の多様化、晩婚化に伴う生殖可能年齢に関する意識の高まりなどから、生殖補助医療の利用を望むシングル女性、レズビアン女性は今後一層増加することが予想される。法制度化の課題として議論されることが望まれる。

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