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- 2011年05月05日 01:25
事故調査委員会による検証が必要です―日本復興計画その2
1/2事故調査委員会の3原則
人の噂も75日。
まもなく福島第1原発事故が起きて2ヶ月になります。
事故はなかなか収束できません。
誰かさんは粘って粘って、忘れさせようとしているかのようです。
実際、福島第1原発事故が長期化する中で、ずるずると賠償が始まる一方で、つぎつぎと官庁と東電が賠償案を出してきています。しかし、どこに原因があるのかも責任の所在も明確にせず、また土壌汚染も含めてきちんとした調査もせずに進めれば、かえって将来的に、被害者からの訴訟が膨大になり、問題の解決を長期化させてしまうでしょう。
私たちは忘れっぽくなってはいけません。
福島第1原発事故は、大量の放射性物質とともに、日本社会を支配する無責任体質を一気に噴出させているからです。原発事故に関する情報開示のあり方がそれを象徴しています。悪い情報が隠され、小出しに情報が出されます。そうしているうちに、どんどん状況が悪化してしまう。「失われた20年」が始まった不良債権処理問題と同じ構図です。
事故調査委員会の設置が急務です。
少なくとも守らなければならない事故調査委員会の原則があります。それは次の3つです。
1. 利害関係者を除く第三者であること
2. 国民に向けてすべて公開であること
3. その設置を法律によるか国会の全会一致によるかで権威を与える
とくに、原発に対して懐疑的な人を含めて、フェアに堂々と国民の前で議論することが必要不可欠です。
事故の原因と事故への対応は正しかったか
今回の事故の原因とその後の措置が適切であったかを検証する必要があります。
私が思いつくだけでも、検証しなければいけないことがたくさんあります。
1. 原子力災害対策本部の「3・27事故報告書」では地震発生当日(3月11日)のデータが開示されていません。今回の原発事故は、津波による電源装置の喪失と冷却装置が原因とされていますが、津波が来る前に、原発の構造上で耐震安全性に問題があったかもしれません。きちんとした検証が必要です。原発中枢構造の耐震安全性の検証もなしに、活断層の上に建っている老朽化した浜岡原発を動かすのはもってのほかです。
2. 福島1号機への海水注入は、原子炉圧力が異常値を示してからかなりの時間が経ってからでした。廃炉を恐れて判断が遅れたとの報道もありますが、なぜ判断が遅れたのでしょうか。
3. 米政府の支援の申し出を断ったと報じられていますが、理由は何なのでしょうか。
4. 報道によれば、原子力安全・保安院は当初、「事故」でなく「事象」にあたるレベル3としていたようです。にもかかわらず、3月15日段階に保安院の職員が現場から去っていたのはなぜなのでしょうか。
5. 原子力安全委員会は、「風評被害」を理由にSpeedi(緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム)のシミュレーションを10日以上も公表しませんでした。
6. 3 月15日に大量の放射性物質が放出されたにもかかわらず、「ただちに健康に影響ないレベル」と発表され、土壌、水、食品さらに母乳などに次々と汚染が広がるのに対して、適切な対応が行われませんでした。さらに初期の飛散量の計測が行われなかったため、汚染の広がりと程度の正確な評価が困難になってしまいました。そのため、当初は部分的な計測に基づく少なめの量が発表され、しばらくしていつの間にか、放出量が膨大なものに変わっている発表が相次ぐことになりました。福島県飯舘村や南相馬市が、後に計画的避難区域に指定されましたが、こうしたやり方が現地に大きな混乱を招いています。
7. 実際、福島原発からの放射性物質の放出量データがしばしば修正され、かさ上げされています。
* 4月12日、原子力安全保安院は、事故をレベル5からいきなりチェルノブイリ並のレベル7に引き上げた時に、放出量を4倍に急にかさあげられました。
* 4月21日に20キロ圏が警戒区域になりましたが、この日に、東電はそれまでに保安院が発表していた4月1日〜6日分の放出量について5倍にかさ上げしました。その放出量は、約12.5万キュリーで広島原爆の1/4個分に相当します。
* 4 月22日になって、政府が警戒区域に指定した20km圏について、それまで公表しなかった計測結果を発表しました。大熊町では100ミリシーベルトを超えている地域があります。これまでの実証研究から土壌汚染でセシウム半減期は17年かかります。これらの警戒区域でも3月15〜20日の空間線量が公表されていないため予測が非常に困難になっています。



