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- 2010年07月12日 00:55
新興衰退国ニッポン:確実に日本が滅びています
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私、昔から「天の邪鬼」なんです。
100人中98人がAと言ったら、瞬間的にBと言ってしまいます。そして後から大脳を経由して理由を考えるくらいなんです。
昔から、外国の有名な学者がこう言っているんだから正しいとか言う教師がいると、よほど自分に自信がないんだろうなと思ってしまうんです。教科書的にはこうだと上から目線で説教されると、あ〜あ、だから教師はバカなんだと反発してしまうのです。
ところが、因果なもので、自分が教師になってしまうなんて…。
教えていながら、「実はね、こうも考えられるんだ」なんて言っちゃうから、学生を混乱させるばかり。それでも自分の頭で考えようとする学生もそこそこいるんで、ちょっと安心。面と向かって、本当かよって感じで質問を投げかけてくる若いヤツ、私は結構好きです。
でも、上から目線で説教されるのが好きな若者がたくさんいるのには驚かされます。中には、新興宗教みたいでキモワルなのもあります。みんな不安なのかな。それとも、自分が「勝ち組」であることを再確認したいのかな。
戦争前後もそうだったんでしょうが、世の中が大転換する時、常識が非常識になり、非常識が常識になります。前の常識に従えば、事態が一層悪化してしまう。今は前例のない100年に1度の世界金融危機。その先頭を走っているのが日本です。起きていることが新しいのだから、自分自身の頭で考えなければいけない時代なんですね。
「非常識」を「常識」にしてしまうのは、常に若い人々です。しかし、若い人自身が古い「常識」を盾に、「非常識」な人を排撃する状況も起こりえます。そういう国は滅びていくしかありません。
実際、日本は滅びの過程に入っています。日本の産業の競争力、少子高齢化、年金・医療、財政赤字、貧困と格差、農業などの食料生産……どれをとっても近い将来もたなくなることははっきりしています。児玉龍彦氏(東京大学先端研教授)との共著『新興衰退国ニッポン』(講談社)でも、医療、貧困、雇用、介護、公共事業、産業、金融、知のルール、技術開発の9つについて、すでに持続可能性が失われていることを論じました。
実は、共著者の児玉龍彦氏とは中学・高校と同級生でした。おかげで、児玉氏とは長い間、自然科学と社会科学の方法論上の問題について、よく議論をしてきました。
児玉氏は、動脈硬化の発症機構を研究する過程で、スカベンジャー受容体のDNAの構造を明らかにして、その構造が雑誌『ネイチャー』の表紙になって一躍有名になった後、1990年代後半は遺伝子クローニングとノックアウトマウスを使った実験研究をやっていて行き詰まりを感じていました(その辺の事情は『考える血管』に詳しい)。
私もバブルが本格的に崩壊して、それまでやっていたイギリス財政研究を放り出して、研究内容が大きくシフトした時期でした。『市場と制度の政治経済学』(東京大学出版会)を上梓した後、『セーフティネットの政治経済学』(筑摩新書)、『反グローバリズム』『市場』(ともに岩波書店)、『反経済学』(新書館)などを続々と書きまくっていました。
当時は、バブル崩壊によって日本は大きな転換期を迎えていました。同時に、ミレニアムにヒトゲノムがほぼ解読された頃でもありました。ゲノム解読以降、児玉氏は研究の方向性を変えていきました。そうした状況の下で、2人で作った本が『逆システム学』(岩波新書)です。
私たちに共通する問題意識は、「複雑で動くモノ」を分析することが先端科学の課題だということです。そして、これまでのように要素還元主義(自然科学)や方法論的個人主義(社会科学)を前提に、原子分子レベルや個人の効用に還元していけば、全体が分かるのだという考え方をいったん捨てないかぎり、この先端的課題は解けないということです。
100人中98人がAと言ったら、瞬間的にBと言ってしまいます。そして後から大脳を経由して理由を考えるくらいなんです。
昔から、外国の有名な学者がこう言っているんだから正しいとか言う教師がいると、よほど自分に自信がないんだろうなと思ってしまうんです。教科書的にはこうだと上から目線で説教されると、あ〜あ、だから教師はバカなんだと反発してしまうのです。
ところが、因果なもので、自分が教師になってしまうなんて…。
教えていながら、「実はね、こうも考えられるんだ」なんて言っちゃうから、学生を混乱させるばかり。それでも自分の頭で考えようとする学生もそこそこいるんで、ちょっと安心。面と向かって、本当かよって感じで質問を投げかけてくる若いヤツ、私は結構好きです。
でも、上から目線で説教されるのが好きな若者がたくさんいるのには驚かされます。中には、新興宗教みたいでキモワルなのもあります。みんな不安なのかな。それとも、自分が「勝ち組」であることを再確認したいのかな。
戦争前後もそうだったんでしょうが、世の中が大転換する時、常識が非常識になり、非常識が常識になります。前の常識に従えば、事態が一層悪化してしまう。今は前例のない100年に1度の世界金融危機。その先頭を走っているのが日本です。起きていることが新しいのだから、自分自身の頭で考えなければいけない時代なんですね。
「非常識」を「常識」にしてしまうのは、常に若い人々です。しかし、若い人自身が古い「常識」を盾に、「非常識」な人を排撃する状況も起こりえます。そういう国は滅びていくしかありません。
実際、日本は滅びの過程に入っています。日本の産業の競争力、少子高齢化、年金・医療、財政赤字、貧困と格差、農業などの食料生産……どれをとっても近い将来もたなくなることははっきりしています。児玉龍彦氏(東京大学先端研教授)との共著『新興衰退国ニッポン』(講談社)でも、医療、貧困、雇用、介護、公共事業、産業、金融、知のルール、技術開発の9つについて、すでに持続可能性が失われていることを論じました。
実は、共著者の児玉龍彦氏とは中学・高校と同級生でした。おかげで、児玉氏とは長い間、自然科学と社会科学の方法論上の問題について、よく議論をしてきました。
児玉氏は、動脈硬化の発症機構を研究する過程で、スカベンジャー受容体のDNAの構造を明らかにして、その構造が雑誌『ネイチャー』の表紙になって一躍有名になった後、1990年代後半は遺伝子クローニングとノックアウトマウスを使った実験研究をやっていて行き詰まりを感じていました(その辺の事情は『考える血管』に詳しい)。
私もバブルが本格的に崩壊して、それまでやっていたイギリス財政研究を放り出して、研究内容が大きくシフトした時期でした。『市場と制度の政治経済学』(東京大学出版会)を上梓した後、『セーフティネットの政治経済学』(筑摩新書)、『反グローバリズム』『市場』(ともに岩波書店)、『反経済学』(新書館)などを続々と書きまくっていました。
当時は、バブル崩壊によって日本は大きな転換期を迎えていました。同時に、ミレニアムにヒトゲノムがほぼ解読された頃でもありました。ゲノム解読以降、児玉氏は研究の方向性を変えていきました。そうした状況の下で、2人で作った本が『逆システム学』(岩波新書)です。
私たちに共通する問題意識は、「複雑で動くモノ」を分析することが先端科学の課題だということです。そして、これまでのように要素還元主義(自然科学)や方法論的個人主義(社会科学)を前提に、原子分子レベルや個人の効用に還元していけば、全体が分かるのだという考え方をいったん捨てないかぎり、この先端的課題は解けないということです。



