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集団的自衛権と国会論戦 用語の使われ方が問題だ - 南部義典

憲法によって国家を縛り、その憲法に基づいて政治を行う。民主主義国家の基盤ともいえるその原則が、近年、大きく揺らぎつつあります。
憲法違反の発言を繰り返す政治家、憲法を無視して暴走する国会…。
「日本の立憲政治は、崩壊の危機にある!」
そう警鐘を鳴らす南部義典さんが、現在進行形のさまざまな具体的事例を、「憲法」の観点から検証していきます。

ようやく始まった国会論戦

 7月1日、「国の存立を全うし,国民を守るための切れ目のない安全保障法制の整備について」と題する、憲法解釈変更の閣議決定が行われて、2週間が経ちました。1965年5月に、自衛官が「文民」(⇒国の武力組織において、職業上の地位を有しない者|憲法66条2項)にあたるかどうかという問題に関して、広い意味での解釈変更(あてはめの変更)を行って以来、約50年ぶり、二度目となります(政府は「解釈改憲」を繰り返してきたわけではないので、二度目と理解します)。50年前の変更は、武力組織による政治への影響を排除するという憲法の趣旨に則って、自衛官はそれまで「文民」にあたるとしていたのを、「文民」にはあたらない(国務大臣に任命されえない)と変更したわけです。立憲主義の観点からも、説得的な結論付けであり、合意が広く得られるものでしょう。

 しかし、今回の解釈変更(閣議決定)は、憲法解釈の論理、事例へのあてはめを、隙を付くように拡大しようとするものであり、問題のスケールが違います。閣議決定文はたった8頁ですが、速やかに、自衛権発動の「新3要件」中に出てくる各文言の意味を、主権者・国民に対して一つひとつ明らかにしていく作業が必要でした。政府の公式見解がないと、議論が余計に錯綜してしまうからです。また、この2週間、自衛隊法改正などの関連法案を、今秋の臨時国会には国会提出せず、本格的な議論を来春以降に先送りするという話も出ていました。これでは、日米防衛協力ガイドライン改定を先行させ、結果として既成事実を認めることになってしまいます。国会は一体何をやっているのだろうと、読者のみなさんもそう感じていたと思います。

 そんな中、14日(月)、15日(火)と、衆参の予算委員会集中審議がようやく開かれました。私には、安倍首相の会見(報道)を何度見ても理解できない部分があったのですが、二日間の審議を見て、閣僚や法制局長官の答弁をじっくり聞いて、かなりクリアになったところがあります。頭がクリアになって賛成の気持ちが湧いたわけではなく、この閣議決定が孕む問題が何なのか、再確認をすることができました。

 閣議決定の中で、“集団的自衛権”の意味をどう捉えて使っているか、果たしてこの概念を本当に持ち出す必要があるのか、今後ますます問われるでしょう。そして、自衛権発動の新3要件の中で出てくる用語がどのような意味か、定義それ自体に問題はないのか、といった点をさらに深堀りしていく必要性を強く感じています。

集団的自衛権の概念を、気ままに使っている?

 1日の閣議決定の文章に目を通しても、多くのみなさんが釈然としなかったはずです。
 限定的なものかはさておき、集団的自衛権を容認するはずの解釈変更でありながら(報道はそう伝えている)、閣議決定文を読み始めても、集団的自衛権という用語を探すのが大変で、文章全体としてそういうトーンが感じられません。最後のほう、7頁に「憲法上許容される上記の「武力の行使」は、国際法上は、集団的自衛権が根拠となる場合がある」という1か所だけ、かなり遠慮がちに、婉曲的に登場します。

 今回の閣議決定は、集団的自衛権を正面から容認するものといえるのか?一般に「他国防衛権」として理解されている集団的自衛権が、この閣議決定で以て採用されているのか?という疑問がわいてきます。

 この点、安倍首相、太田国交相(公明)は、「他国防衛権」としての集団的自衛権の行使を認めたものではないと、否定する答弁をしました。あくまで、新3要件に基づく、「自国利益のための自衛権」の発動(武力の行使)を容認するにすぎないということを強調しています。つまり、「他国防衛権」そのものではなく、新3要件を充たす、違う概念での集団的自衛権を容認するにすぎない、というのです。

 この点は、実にわかりづらいと思います。集団的自衛権という用語が、閣議決定文の最後にさりげなくぶら下がっている点が、やはり釈然としません。自衛権発動の旧要件、新要件いずれであろうが、憲法上、個別的自衛権で説明できるのであれば、集団的自衛権という用語は、登場する余地はないはずです。「朝鮮半島有事における米国艦船の防護」という事例に関して、自衛権発動を正当化するために、“集団的自衛権”という概念を借用したいだけではないかと思います。当例の「あてはめの変更」のため、と言いつつ、閣議決定文には曖昧な置かれ方をしています。

 もともと、交戦当事国となっている米国の艦船で逃げるという例そのものが想定しづらいわけですが、それ以前に、閣議決定文で使われている“集団的自衛権”の意味、用語の使い方について、濫用のおそれがないかどうか、詳しく検証し、追及していく必要があります。

政府が初めて示した、新3要件の意義と問題

 今回採用された、自衛権発動・新3要件は、次のとおりです。
我が国に対する武力攻撃が発生した場合のみならず、我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある場合において、
②これを排除し、我が国の存立を全うし、国民を守るために他に適当な手段がないときに、
必要最小限度の実力を行使することは、従来の政府見解の基本的な論理に基づく自衛のための措置として、憲法上許容される。

 新要件①の判断基準にある「(根底から覆される)明白な危険」は、旧要件では「(根底から覆される)急迫不正の事態に対処し」とされていたものでした。今回、「危険」概念が導入され、抽象度がかなり増した(概念が広くなった)と受け止められていました。
 ところが、新要件①に関しては、横畠法制局長官から次のような解釈基準が示されました。

 他国に対する武力攻撃が発生した場合において、そのままでは、即ち、その状況の下、国家としてのまさに究極の手段である武力を用いた対処をしなければ、国民に対して、我が国が武力攻撃を受けた場合と同様な深刻、重大な被害が及ぶことが明らかな状況であることをいうものと解される。いかなる事態がこれに該当するかは、個別具体的な状況に即して判断すべきものであり、あらかじめ定型的、類型的に答えることは困難であるが、いずれにせよこの要件に該当するか否かについては、実際に他国に対する武力攻撃が発生した場合において、事態の個別的状況に即して、主に、攻撃国の意思、能力、事態の発生場所、その規模、態様、推移などの要素を総合的に考慮し、我が国に戦禍が及ぶ蓋然性、国民が被ることとなる犠牲の深刻性、重大性などから客観的、合理的に判断することになる。なお、明白な危険とは、その危険が明白であること、即ち、単なる主観的な判断や推測等ではなく、客観的かつ合理的に疑い無く認められるものであることをいう。

 新要件①は、前記の政府答弁が示されるまで、要件としては漠然としており、憲法上の歯止めになりえないとの批判が強かったところですが、限定的に捉えようとするこのような答弁内容に対しては、今回の国会審議でも評価する野党もあります。

 しかし、最後の部分で、「我が国に戦禍が及ぶ蓋然性、国民が被ることとなる犠牲の深刻性、重大性」という判断要素を明らかにし、個別的自衛権の発動要件に相当近づけて判断しようとする姿勢がうかがえるとしても、そうであれば、与党協議の当初から集団的自衛権という概念を持ち出す必要性は無かったはずです。この点の概念整理は、まだ燻り続けるでしょう。

「我が国と密接な関係にある他国」とは?

 新要件①にある、「我が国と密接な関係にある他国」の範囲については、様々な解釈の余地を残します。政府答弁は、「一般的に、外部からの武力攻撃に対し、対処しようという共通の関心を持ち、わが国と共同で対処しようとする意思を表明する他国をいう」としています。しかし、アメリカは別に置くとして、防衛装備、武器輸出に係る国家間協定を締結する国をすべて含むのかどうか、地理的に近い国家は例外なく含まれるのかどうかなど、具体的なあてはめについて、政府の統一見解はまだ示されていません。

国の存立が脅かされることと、個人の権利が根底から覆されることとの関係

 新要件①にある、「これにより我が国の存立が脅かされ」ることと、「国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される」こととの関係についてですが、両者は裏腹のものであり、後者が前者の“実質”を表す、との政府答弁が示されました。いずれかを満たせばいいという選択要件ではなく、加重要件でもありません。「貧困に陥り、一日1ドルで生活する人」という構文例のように、まさに後者が実を示すものとして解されます。この政府答弁に対しては異論ありません。

必要最小限度の“実力”の範囲

 新要件③については、旧要件と形式的文言は変わりませんが、新要件①を受けてのものであり、その実力の程度、範囲は自ずと変わってきます。新3要件の下でも、憲法9条2項の条文・解釈どおり「戦力不保持」「交戦権否認」は堅持している以上、他国に壊滅的被害を与えることを目的とする戦略的空母やICBMの配備は許されないという解釈・運用が今後とも踏襲されることは言うまでもありませんが、密接な関係にある他国のために行使する実力として、合理的な限界を設けることができるのかどうかは、やはり問題です。これは限定的か非限定的かにかかわらず、自衛隊が“海外”で活動するという前提に立った場合、ただちに生じうる問題です。この点の政府答弁も曖昧なままです。

野党には、閣議決定“撤回”のプロセスを示してほしい

 閣議決定をめぐる国会論戦は、スタートラインに立ったばかりです。用語の使い方は、依然として問題が残ります。野党に対しては、政府解釈の是非を追及し、正していくことを当然期待するわけですが、同時に閣議決定を撤回させるためのプロセス、ビジョンについて、明確に、力強く、国民向けのメッセージを発信して欲しいと思います。両日の予算委員会では、これに言及する質疑者は一名もいませんでした。

 安倍内閣に閣議決定の撤回を期待することはできません(期待しても仕方ありません)。選挙という、民主主義の正当なプロセスを通じて、衆議院の構成を変え、政権を交代させ、新内閣が撤回の閣議決定を行う以外に方法はありません。次回の国政選挙において、閣議決定の撤回が重要な争点となることはいうまでもないことです。万年与党と万年野党が二極固定化しては、日本国憲法の体系、立憲政治が救いようのない状態に陥ってしまいます。怒っている国民をよそ目に、野党が弛んでいないかどうか、野党の本気度が問われます。

*本文中、答弁引用部分は、筆者の書き起こしであることにご留意ください。

毎日新聞「特集ワイド:集団的自衛権の行使容認 閣議決定文の「ごまかし」 憲法専門家らがキーワードで読み解く」(2014-07-03)で、私のコメントが紹介されました。(要アカウント登録)
→http://mainichi.jp/shimen/news/m20140703dde012010003000c.html

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