- 2014年07月16日 07:00
生きることを通じてしかできない発見 ―― 「困ってるひと」のタンスの引き出し ‐ 『シャバはつらいよ』著者・大野更紗氏インタビュー
3/3誰もがもつ特別なタンスの引き出し
―― 大学院生としての大野さんのご研究であったり、あるいは「見えない障害」をテーマにしたメルマガ・困ってるズ!のような活動を通して、ですか?
そうですね。『困ってるひと』と『シャバはつらいよ』のあいだで変わったことの一つは、困ってるズ!を始めたこと、あとは、わたしのフクシ。や見えない障害バッジといった活動が始まったことだと思います。
囁かな試みですけど、困ってるひとたちが、自分のことを伝えるプラットフォームがわずかながら生まれてきた。そういう取り組みが地道に続いたり、あるいはより発展していくと、変わっていくのかもしれないと思います。
いろいろな困ってるひとがいます。アクティブに活動できる困ってるひとも、本当に深刻で、誰にも気づかれていない困ってるひとも、あるいはアクションを起こすほど困ってるわけじゃないけど、ちょっと困ってるひとだってままいると思います。特に就労されている方だと、就労を維持することで精いっぱいで、自宅に帰ったら体を休めるしかない。アクションを起こす余裕なんてない。社会運動をするよりは、就労を継続するほうが現時点では大切だ、という人もいるでしょう。
そういう人も含めて、もっと気軽に参加できるような方法があったらいいですよね。意識の高い困ってるひとじゃなくても(笑)、ちょっと余裕のあるときに、ポチッとくらいでできることがあったらいいと思います。
人間って、きっと普段はしまっておくんだけど、いざというときに開けるタンスの引き出しみたいなものがあると思うんです。そこには、その人の特別な経験がしまってある。私たちはそれを見せてもらうことで、自分が経験したことない人生や運命を垣間見れるわけですよね。どんなに荒削りでも、生々しくても、言葉には力があって、その人が発してくれることには、どんなことにでも意味があると思っています。うまく伝えなくちゃいけないとか、良いことを言わなくちゃいけないとかじゃなくて、いままで社会に出てこなかった、それぞれの当事者の声がたくさん出てきて、体系的に物語として連なっていけば、それはすごくいいことだと思うんです。
人に助けてもらうのは、簡単なことじゃない
―― ちなみに、大野さんがいま困ってることってなんですか?
なんだろう……過労かな(笑)。
……いま大学院にいるので、学内のバリアフリー化を推進していくことですかね。いまはわりと落ち着いてきたんですけど、入学当初は、いろんな部署のいろんな人に会って、「この教室からあの教室に行くときにですね、あそこがああなって……」とか「このドアが開かないんです!」とか言わなくちゃいけませんでした。
めんどうかもしれないけど、楽しいですよ。こっちが必死だと、職員の人たちだって必死になってくれる。大学の建築管理のシステムがどうなっているのかとか、普段考える機会なんてありませんし、予算の限界との折衷案も考えないといけない。何を優先するのかとか、何が公平性かとか、まあ真剣に車座組んで考えるわけです。
でも、非常にめんどくさい手続きをちゃんと踏んで、応援団みたいな人を見つけて、各部署の人と顔の見える関係を作っておくと、ちょっとずつ困ることが共有されてくる。……お互いに、かなり体力いるんですけど。
―― 困ってることがなくなって助かるためにやらなくちゃいけないことがたいへんで困ってる……(笑)。
そうそう(笑)。「ニーズを発する」ってよくいいますけど、365日24時間発し続けるのって、けっこう疲れるんですよね。
健康なときだったら、スタバでだらっとしながらカフェラテをすすりつつ、「自分のニーズ」なんてほとんど考えないでパソコンをぱちぱちしていられました。移動するときだって、電車の時間なんてたいして調べませんでした。東京都内であれば、ケータイのアプリの乗換案内でパっと調べて、だいたいその通りの時間に着く。
「あの駅は階段があそこにあって、エレベーターの位置はあそこで、だいたい乗り換えの接続連絡には時間帯からしてこのくらいの時間がかかって、そうするとタイムロスはこのくらいだから……ああ、乗換案内なんて全然参考にならないよ!」みたいなことは絶対なかった(笑)。でも今は、違う。
だいたい1時間前に出るか、30分前に出るか。それでもアクシデントが起こる。遠出なら、数時間、半日前に出ることもある。私は、介助者は普段はいないです。大変だけど、その大変さが味わえるから単独行動が好きなのですが、出張や調査の移動計画なんて、数か月~1か月前から綿密に予約し始める。「ふらっと」なんてできないわけです。常に緊張してる。鍵付きの「荷台用」エレベーターに電動車いすで乗りながら、ふらふらするっていうのは、人間が闘って獲得してきた素晴らしい自由なんだと思った。こんなこと、病気になる前は全然知らなかった。東南アジアのフィールドワークしてる時は、まったく気楽なものでした。バンコクに、チェンマイに、行く気だけあれば人はいつだって飛べるんだと信じてた。
いまは365日24時間、自分の状態を自覚して、発信して、なんとか生活を作り上げている。それにふと一瞬だけ疲れるときはありますね。他に方法はあるかなと考えても、なかなかたいへんですよね。人に助けてもらうって、それほど簡単なことじゃないなって思います。
シャバはつらいけど……楽しい。
―― ちなみに助かることは……?
助かることね……助かること……助かる……うーん。
……漠然とした言い方になっちゃうんですけど、人間って他人に関心が持てない側面と頼まれてもいないのに異常な情熱をもって人助けをしてしまう側面の両方をもっていると思うんです。
いつでも利他的で、役に立ちたい! なんて気持ちがずっとある必要はないと思うし、それは逆に不自然だと思うんだけど、でも普通に生きていれば、人間、ひとつは自分のライフワークみたいなものがあると思うんですよ。仕事かもしれないし、趣味かもしれない、まだ見つからない何かかもしれない。それをね、最近つくづく思うんだけど、もうちょっとまっとうなエネルギーに使ってもいいんじゃないかなって。
―― まっとうなエネルギー?
だって、いま、困っていないひとってあんまりいないと思うんですよね。いま所得があったって、親御さんの介護だったり、それ以外にもたくさんリスクはあるわけですよね。
―― いつ難病や障害を持つことになるかもわからない。
程度の差はあると思うんだけど、みんなそれなりに困りごとがあると思います。だから、いつもそんな風に思い続けなくていいから、「これだけは譲れない」んだって思うものをみつけて、それをやってもらえたらいいんじゃないかなって思います。それが難病や障害の問題だったらなおさら嬉しいですけど、あんまり推す気はないです、それなりにたいへんなので(笑)。
―― ありがとうございます。最後に教えてください。シャバにでてきた困ってるひとにとって、シャバってどうですか? やっぱりつらいですか?
……重い疾患を抱えた人がシャバで生きていくってすごくたいへんなことですよ。朝起きるたびにつくづく思いますよね。「ああ、つらいな、今日は生き抜けるかな」って。だってどうなるかわからないわけですよ。賭けなんです。自分を助けてくれる人がいるかもわからないし、この先本当に生きていけるかもわからない。
でも、それを賭けてみて……いまはなんていうか……毎日疲れるし、苦しいし、嫌なこともいっぱいあるし、大変なんだけど……ああ、よかったなって素直に思うことはあります。いや、よかったというよりは、言葉にするのが難しいんですけど……シャバはつらいけど……うん……楽しいです。
私も含めてみんな意識的にぎりぎりだと思うんです。人生設計なんてたつわけないし、レールもないし、こうすればいいなんて方程式もない。大人の言うことは、信じられない。人類が残してきた智慧みたいなものを頼りに、生きていくために強制される選択を毎日選ばされながら生きている。思い通りにいかないし、理屈通りにいかないけれど、そのダイナミックなところが、「社会」なんだなと思います。生きることを通じてしかできない発見だと思います。そういうことがこの本で伝わったら、嬉しいです。
シャバはつらいよ (一般書)
著者/訳者:大野 更紗
出版社:ポプラ社( 2014-07-15 )
定価:¥ 1,404
Amazon価格:¥ 1,404
単行本 ( 217 ページ )
ISBN-10 : 4591140822
ISBN-13 : 9784591140826
画像を見る大野更紗(おおの・さらさ)
作家
1984年福島県生まれ。作家。2008年上智大学外国語学部フランス語学科卒業。ビルマ(ミャンマー)難民支援や民主化運動に関心を抱き上智大学大学院に進学後、自己免疫疾患系の難病(皮膚筋炎、筋膜炎脂肪織炎症候群)を発症し休学。その体験を綴った『困ってるひと』(ポプラ社)がベストセラーになる。2013年4月より、明治学院大学大学院社会学研究科社会学専攻博士前期課程にて研究を再開。都内で闘病・在宅生活をしながら、執筆も続けている。2012年、第5回「(池田晶子記念)わたくし、つまりNobody賞」受賞。近著に『さらさらさん』(ポプラ社)など。Blog: http://wsary.blogspot.com/Twitter: @wsary



