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- 2014年07月16日 10:12
RV車の無法を許してはいけない 小樽市で起きた4人が死傷する事故はRV車によるひき逃げ 飲酒と携帯への依存症
7月13日に小樽市で発生したひき逃げ事件では3人の女性が死亡、1人の女性が首や腰の骨を折る重傷という被害が発生し、重大事件となりました。
この事件では容疑者は12時間飲酒してコンビニにタバコを買いに行くために飲酒運転、さらに携帯電話をいじりながらという最悪の行動です。
最新の報道では当人が100キロのスピードを出していたと友人に連絡していたようですが、100キロはともかく相当な速度で運転していたことでしょう。いずれにせよ、無謀な運転です。
北海道新聞の社説は「飲酒運転を根絶せねば」(2014年7月15日)とあり、飲酒運転だけがクローズアップされていますが、これでは明らかに足りません。
この容疑者は携帯電話も飲酒もかなり依存的であったと思われます。
12時間も飲酒し続ける、そして車の運転にも全く抵抗感がないというのは、相当程度、飲酒に対する依存症となっていることがうかがわれます。
携帯電話については、とにかく運転中でも手放せないなどというのは依存症そのものです。
もっとも携帯電話については別の見方もできます。飲酒運転に対しては警察も忘年会の時期等には厳しく取り締まるし、飲酒検知に引っ掛かった運転手を見過ごすことはありません。飲酒検知の拒否などの罰則も強化され、飲酒運転に対しては非常に厳しく対応されてきています。
ところが携帯電話機をいじりながらの運転は、もののみごとに放置されています。
少なくない運転手が未だに携帯電話機をいじりながら(電話しながら)、堂々と運転をしているという社会状況があります。
携帯をいじりながら事故を起こしたということであれば、飲酒運転による事故とどこか違うというのでしょうか。
明らかに集中力を欠く行為であり、飲酒運転と悪質性という意味においてはほとんど変わらないというべきです。
「自動車事故の厳罰化は結果責任を問うものか 安全意識の欠如の問題」
ただ、社会がそれを黙認というか許容してしまっているところが最大の問題です。
携帯依存症の人は少なくないと思いますが、例えば携帯電話を使用しながらの運転に対し、集中的な取締りを行うのは当然の前提としても、重大な事故を引き起こす携帯しながら運転するという行為に対する罰則などは、やはり強化すべきものです。携帯使用というだけで一発免停という制裁も必要ではないかと思います。そこまですれば軽度の携帯依存症の人たちの運転中の携帯は防げるはずです。
重大な事故を引き起こしてしまった後では、被害者は当然ですが、その当人にとっても非常に悲惨な状況に陥ります。
免停による制裁は、その当人のためでもあるということを認識すべきです。
問題なのは、そのような罰則があろうと、飲酒運転のような厳罰が待っていようと全く意に介することなく、飲酒運転をし、携帯電話をいじる依存症の人たちです。
このような人が厳罰に処せられるのは、もはや致し方のないところです。今回の事件をみても結果は重大であり悲惨です。
しかし、考えてみるべきことは、この運転手が事故が起きた後に厳罰に処せられても、失われた命は戻ってこないということです。また私たちの願いは、せめて次の犠牲者を出さない、ということにあります。
本来、厳罰になるということの意味は、実際に事故を起こした者を厳罰にするという意味と、そのような運転をさせないようにするという抑止効果を目的としています。
飲酒運転や携帯操作は故意犯であり、その本人の意思によって抑制できなければならないものです。
では現在の刑罰では抑止できないような場合、刑罰をさらに重くしていくのか。それも1つの選択肢ではありましょうが、極刑によっても抑止できない犯罪があるということは認識しておかなければならないことです。
少なくともこのような飲酒運転や携帯操作に対してさらなる厳罰化をししてみても抑止効果は期待できません。どちらも依存症に陥っていることが原因だからです。さらなる厳罰化は応報感情に応えるだけのものにしかなりません。
アルコール依存は以前から、携帯(ネット)依存は最近になって、ようやく社会問題であることが認識され始めました。
どちらも単に自分だけの問題ではなく、他者にも累を及ぼすものであるということです。携帯(ネット)依存は、アルコール依存よりも危機的です。アルコール依存者数よりも遙かに上回る人たちが罹患している状態で、その自覚もないからです。
少なくとも運転中はダメ、歩行中は他の歩行者の迷惑にならない程度に使用を控えるなどの自己によるコントロールができないようでは明らかな依存症です。
しかしながら、社会問題でありながらもこれに対処するための施策があまりに貧弱、ないに等しい状況は憂うべき状況です。年配者によるアルコール依存はともかく若年者層が未だにアルコール依存となっていく様は国家の恥と考えるべきです。
未だに若年者層は飲酒についての在り方を全く知らないままに成長してきています。
「飲酒事故の季節が来た アルコールの強要とは 雰囲気に流される恐ろしさ」
「お酒を手にした未成年のあなたへ 明日を失う酒もある」
そのつけが飲酒そのものによる死亡事故であったり、飲酒運転による事故へとつながっているのです。
飲酒そのものによる事故でも亡くなった人だけでなく、飲酒させた側、飲酒運転による事故も起こした側も、社会政策の貧困のつけを負わされた人たちということにもなっていくのです。
携帯電話も同様です。
「携帯電話への依存・中毒」
携帯電話の使用による自動車事故もそうですが、ホームで携帯電話を使用していて電車に接触して死亡するなど痛ましすぎます。何故、そこまで我を失うのか、自らの命の危険を承知で使っていたとは思えないからです。
しかし、私は、この事件は、アルコール依存と携帯依存の部分だけを問題にするのは足りないと思っています。
その容疑者が運転していた車がRV車であるということです。
古い統計ですが、インターネット上には交通事故総合分析センターの研究報告書(平成10年)が掲載されていました。平成20年のものもありますが、まだ一般公開されておらず、内容は読んでいませんが、恐らく大きく変わるものではないと思います。
リンク先はこちら 「交通事故と運転者と車両の相関についての分析結果 平成11年3月発行(平成10年度研究報告書)」
私は交通事故のニュースを見るたびにRV車による(死傷事故)事故の多さを感覚として感じていました。北海道特有の事情もないわけではありませんが、RV車による事故は全国共通ではないでしょうか。
RV車に関する該当箇所を抜粋しました。
「繰り返される自動車による事故とスポーツカー」
RV車や高級外車などを運転していると、自分が偉くなったと勘違いしているような運転に接することがあります。一種の車依存というべき症状です。邪魔だ、どけと言うように後ろから煽ったり、車線変更のときも極端に幅寄せしてきたりと、明らかな非常識な運転です。そして加速もよく、速度超過になりやすい構造にもなっていますし、事故を起こしても運転者は他車に比べれば「安全」という他者を巻き込みやすい構造でもあるのです。本来、運転者の安全を守るためのものが、かえって無謀運転を誘発しているとさえ言えるのです。
逆に軽自動車でそのような運転はあまり見かけませんし、軽自動車に煽られても迫力はありません。事故を起こせば自分の生命・身体の安全に直結してしまうのであればなおさらです。
やはり、問題なのは大型の自動車なのです。
そしてひとたび事故を起こせば大型であるが故に悲惨な事故を招きます。
今回の小樽市の事故が軽自動車であれば、被害はもっと小さかったかもしれませんし、そもそも軽自動車で100キロの速度は出しません。
このような車さえ売れればいいという社会の認識がこのような車依存の人たちを生み出すことになりますし、大きな事故を誘発しているということも想起すべきです。
「自動車依存社会のつけ 高齢者による事故」
「自動車は売れれば良いという発想 車社会からの転換」
この事件では容疑者は12時間飲酒してコンビニにタバコを買いに行くために飲酒運転、さらに携帯電話をいじりながらという最悪の行動です。
最新の報道では当人が100キロのスピードを出していたと友人に連絡していたようですが、100キロはともかく相当な速度で運転していたことでしょう。いずれにせよ、無謀な運転です。
北海道新聞の社説は「飲酒運転を根絶せねば」(2014年7月15日)とあり、飲酒運転だけがクローズアップされていますが、これでは明らかに足りません。
この容疑者は携帯電話も飲酒もかなり依存的であったと思われます。
12時間も飲酒し続ける、そして車の運転にも全く抵抗感がないというのは、相当程度、飲酒に対する依存症となっていることがうかがわれます。
携帯電話については、とにかく運転中でも手放せないなどというのは依存症そのものです。
もっとも携帯電話については別の見方もできます。飲酒運転に対しては警察も忘年会の時期等には厳しく取り締まるし、飲酒検知に引っ掛かった運転手を見過ごすことはありません。飲酒検知の拒否などの罰則も強化され、飲酒運転に対しては非常に厳しく対応されてきています。
ところが携帯電話機をいじりながらの運転は、もののみごとに放置されています。
少なくない運転手が未だに携帯電話機をいじりながら(電話しながら)、堂々と運転をしているという社会状況があります。
携帯をいじりながら事故を起こしたということであれば、飲酒運転による事故とどこか違うというのでしょうか。
明らかに集中力を欠く行為であり、飲酒運転と悪質性という意味においてはほとんど変わらないというべきです。
「自動車事故の厳罰化は結果責任を問うものか 安全意識の欠如の問題」
ただ、社会がそれを黙認というか許容してしまっているところが最大の問題です。
携帯依存症の人は少なくないと思いますが、例えば携帯電話を使用しながらの運転に対し、集中的な取締りを行うのは当然の前提としても、重大な事故を引き起こす携帯しながら運転するという行為に対する罰則などは、やはり強化すべきものです。携帯使用というだけで一発免停という制裁も必要ではないかと思います。そこまですれば軽度の携帯依存症の人たちの運転中の携帯は防げるはずです。
重大な事故を引き起こしてしまった後では、被害者は当然ですが、その当人にとっても非常に悲惨な状況に陥ります。
免停による制裁は、その当人のためでもあるということを認識すべきです。
問題なのは、そのような罰則があろうと、飲酒運転のような厳罰が待っていようと全く意に介することなく、飲酒運転をし、携帯電話をいじる依存症の人たちです。
このような人が厳罰に処せられるのは、もはや致し方のないところです。今回の事件をみても結果は重大であり悲惨です。
しかし、考えてみるべきことは、この運転手が事故が起きた後に厳罰に処せられても、失われた命は戻ってこないということです。また私たちの願いは、せめて次の犠牲者を出さない、ということにあります。
本来、厳罰になるということの意味は、実際に事故を起こした者を厳罰にするという意味と、そのような運転をさせないようにするという抑止効果を目的としています。
飲酒運転や携帯操作は故意犯であり、その本人の意思によって抑制できなければならないものです。
では現在の刑罰では抑止できないような場合、刑罰をさらに重くしていくのか。それも1つの選択肢ではありましょうが、極刑によっても抑止できない犯罪があるということは認識しておかなければならないことです。
少なくともこのような飲酒運転や携帯操作に対してさらなる厳罰化をししてみても抑止効果は期待できません。どちらも依存症に陥っていることが原因だからです。さらなる厳罰化は応報感情に応えるだけのものにしかなりません。
アルコール依存は以前から、携帯(ネット)依存は最近になって、ようやく社会問題であることが認識され始めました。
どちらも単に自分だけの問題ではなく、他者にも累を及ぼすものであるということです。携帯(ネット)依存は、アルコール依存よりも危機的です。アルコール依存者数よりも遙かに上回る人たちが罹患している状態で、その自覚もないからです。
少なくとも運転中はダメ、歩行中は他の歩行者の迷惑にならない程度に使用を控えるなどの自己によるコントロールができないようでは明らかな依存症です。
しかしながら、社会問題でありながらもこれに対処するための施策があまりに貧弱、ないに等しい状況は憂うべき状況です。年配者によるアルコール依存はともかく若年者層が未だにアルコール依存となっていく様は国家の恥と考えるべきです。
未だに若年者層は飲酒についての在り方を全く知らないままに成長してきています。
「飲酒事故の季節が来た アルコールの強要とは 雰囲気に流される恐ろしさ」
「お酒を手にした未成年のあなたへ 明日を失う酒もある」
そのつけが飲酒そのものによる死亡事故であったり、飲酒運転による事故へとつながっているのです。
飲酒そのものによる事故でも亡くなった人だけでなく、飲酒させた側、飲酒運転による事故も起こした側も、社会政策の貧困のつけを負わされた人たちということにもなっていくのです。
携帯電話も同様です。
「携帯電話への依存・中毒」
携帯電話の使用による自動車事故もそうですが、ホームで携帯電話を使用していて電車に接触して死亡するなど痛ましすぎます。何故、そこまで我を失うのか、自らの命の危険を承知で使っていたとは思えないからです。
しかし、私は、この事件は、アルコール依存と携帯依存の部分だけを問題にするのは足りないと思っています。
その容疑者が運転していた車がRV車であるということです。
古い統計ですが、インターネット上には交通事故総合分析センターの研究報告書(平成10年)が掲載されていました。平成20年のものもありますが、まだ一般公開されておらず、内容は読んでいませんが、恐らく大きく変わるものではないと思います。
リンク先はこちら 「交通事故と運転者と車両の相関についての分析結果 平成11年3月発行(平成10年度研究報告書)」
私は交通事故のニュースを見るたびにRV車による(死傷事故)事故の多さを感覚として感じていました。北海道特有の事情もないわけではありませんが、RV車による事故は全国共通ではないでしょうか。
RV車に関する該当箇所を抜粋しました。
(4)RV(SUV)大きな車であればあるほど、乱暴な運転が目立ちます。
(a.)事故要因との関係
・ 事故関与台数で、事故歴ありの運転者の占める割合、1当の車の占める割合は8クラスの中で最も高い。
・ 運転者が24歳以下、通行目的がドライブ、夜間、危険認知速度が41km/h以上である場合の割合はスポーツ&スペシャリティについで高い。
・ 65歳以上の運転者が占める割合は、事故関与台数や死亡事故台数でいずれもスポーツ&スペシャリティについで低い。
・ 死亡事故台数で24歳以下の運転者が占める割合、車両単独事故の割合はスポーツ&スペシャリティについで高い。
・ 事故歴ありの占める割合は比較的高く、ベルト着用の運転者が占める割合はスポーツ&スペシャリティ並に低い。
(b.)評価指標との関連(主なもの)
・ 24歳以下比率は、評価指標A、C、Dに対して負の相関を示している。この傾向は、平成9年度報告書で示したスポーツ&スペシャリティにおいても現れている。
・ 夜比率は、評価指標C、Dに対して正の相関を示す。夜間に事故に遭う車に占める死亡事故台数の割合は、RV(SUV)の中で死亡事故台数が占める割合よりも高く、評価指標C,Dに対して強い影響力が現れたものと理解することができる。
・ 41km/h以上比率は、評価指標A、C、Dに対して正の相関であり、41km/h以上の割合の高い 通称名ほど車両一万台当たりの死亡事故台数が多くなり、死傷事故台数千台当たりに占める死亡事故台数が多くなり、事故に関与した運転者千人当たりの運転者の死者数が多くなることを示している。
41km/h以上の車に占める死亡事故台数の割合は、RV(SUV)の中で死亡事故台数が占める割合に比べて高く、かつ死亡事故台数に占める41km/h以上の車が占める割合が高いことを考慮すると、評価指標A、C、Dに対する直接的な影響を示していると考えることができる。
「繰り返される自動車による事故とスポーツカー」
RV車や高級外車などを運転していると、自分が偉くなったと勘違いしているような運転に接することがあります。一種の車依存というべき症状です。邪魔だ、どけと言うように後ろから煽ったり、車線変更のときも極端に幅寄せしてきたりと、明らかな非常識な運転です。そして加速もよく、速度超過になりやすい構造にもなっていますし、事故を起こしても運転者は他車に比べれば「安全」という他者を巻き込みやすい構造でもあるのです。本来、運転者の安全を守るためのものが、かえって無謀運転を誘発しているとさえ言えるのです。
逆に軽自動車でそのような運転はあまり見かけませんし、軽自動車に煽られても迫力はありません。事故を起こせば自分の生命・身体の安全に直結してしまうのであればなおさらです。
やはり、問題なのは大型の自動車なのです。
そしてひとたび事故を起こせば大型であるが故に悲惨な事故を招きます。
今回の小樽市の事故が軽自動車であれば、被害はもっと小さかったかもしれませんし、そもそも軽自動車で100キロの速度は出しません。
このような車さえ売れればいいという社会の認識がこのような車依存の人たちを生み出すことになりますし、大きな事故を誘発しているということも想起すべきです。
「自動車依存社会のつけ 高齢者による事故」
「自動車は売れれば良いという発想 車社会からの転換」



