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「新潮文庫の100冊」は、何冊読まれているのか

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近所のイトーヨーカドーに入っている廣文館という書店にふらりと出かけた。 廣文館という名前は、今、知った。私にとっては、あくまで「近所のイトーヨーカドーに入っている書店」であり、それ以上でも以下でもなかった。私が廣文館の名前を知らなかったことについて店員は怒る様子もないし、そもそも、彼ら彼女たちはその事実を知らなかった。それぐらい、そこそこ大きくて便利な、近所にある書店だ。

その、そこそこ大きくて便利という特徴以外、何の魅力もない、でも、それこそが魅力的な廣文館に、ひときわ目立つコーナーがあった。きた。「新潮文庫の100冊」だ。夏が近づくと始まる、あれだ。いかにも、夏休みの読書感想文に向けた販促キャンペーンだが、このように、ズラリと並ぶと圧巻であるし、不思議と読みたくなるし、揃えたくなる気分になる。「新潮文庫の100冊」の他、別の文庫レーベルも含め展開されていた。そうか、最近は装丁がこんなにオシャレになったのか。持っているだけでカッコイイなと思ったりもする。

この「新潮文庫の100冊」だが、Wikipediaによると1976年から続くキャンペーンらしい。Wikipediaレベルの引用で申し訳ないが、私は「新潮文庫の100冊」の研究者でもないし、それが1974年でも1978年でも大きな驚きはなかったと思うのだが、今、私はなんとなく、ざっくりと、いつ頃このキャンペーンが生まれたのかを知りたかったのであって、それ以上のことは求めていなかった。できれば、尊敬する同世代の物書きたちが大量に生まれた1973年だったら良いなとか、親父が亡くなる一方で世界で最も好きな曲の上位に入る「そして僕は途方にくれる」と「瞳いっぱいの涙」がリリースされた1985年だったらいいなと思っていたのだが、そうではなかった。「新潮文庫の100冊」もWikipediaもそれを望んでいるかのように見えた。それはそうと、もっと長く続いていたのではと思っていたが、1976年なのか。

今年の100冊の一覧を見てみると、想像していた、いかにも名作文学というものと、だいぶ変わっているように思う。シェイクスピア、ドストエフスキー、ヘミングウェイ、芥川龍之介、夏目漱石、川端康成など、いかにも文豪の名作文学と言われるものもあれば、ややサブカルチャーよりの本も散見される。ファーストリテイリング柳井正氏の経営哲学の本なども入っているのも、意外といえば、意外だ。村上春樹が入っていることについて、私は何の疑問も抱かなかったけれど、『1Q84』なのか。これが選ばれたことについて、どうこう言うつもりはないけれど、他の作品ではなく、なぜこれなのだろうか。

ふと気づいた。恥ずかしながら、「新潮文庫の100冊」のうち、読んだことのない本がほとんどだと言うことを。OK、認めよう。私には教養がないってことを。ただ、巷にあふれる教養まとめ本を読む勇気もなく。自分が「新潮文庫の100冊」を全然読めていないという事実の重みにより、まるで歩道に落ちた夏の通り雨のように、読書意欲は消えていった。これは今に始まったわけではなく、中学、高校くらいの頃から、このキャンペーンで読書欲なるものが湧き上がりつつも、だめだ、自分にはやっぱり無理だと、絶望してしまうのである。まるで、缶詰の鮭みたいに冷えきってしまうのだ。そうこうしているうちに、この最初は希望に満ちていたこの文庫の展開がフランドル派の陰うつな絵の背景のように、あるいは一昔前のポーランド映画のように見えてしまうのだった。

読みたいと思った本は、ある。ただ、これだけたくさんあると、何を選んでいいのかも分からない。大御所著者Aの作品を読んだことがないのと同時に、Bの作品を読んだことのないことも認めざるを得ないわけだ。これは、どちらから食べ始めればいいのか決めかねたまま餓死しつつあるといった類いの哀しみに似ている。

ふと、気づいた。ティーンエイジャーだったとしたら、今ならパワハラ、アカハラと言われそうな類の、地元の真駒内の自衛隊にたまにいそうな、あるいは弱いことで有名だった一橋大学の体育会にすらたまにいそうな、鬼軍曹的な先生が「お前ら、黙って読め」と言われていたら、読んでいただろう。あるいは、大学時代の文化系クラスタの「これを読んでいないと、恥ずかしい」という同調圧力があったら読むだろう。

しかし、1974年生まれの中年にとって、一応毎日1冊くらいのペースで本を手にしている者ではあるのだけど、「新潮文庫の100冊」のほとんどを読んだことがないという事実が、「本」は日常的に手にとることができるものの、「新潮文庫の100冊」を手にとることができないという敷居の高さをつくりだしていた。その事実が、私の心を青くした。どれくらい青いか。世界じゅうの青という青を集めて、そのなかから誰が見ても青だというものだけを抜き出してひとつにしたような青だ。

そう考えてみると、「新潮文庫の100冊」というキャンペーンが疑問に思えてきた。なぜ、この100冊なのか。誰のための100冊なのか。これは文化の普及につながっているのか。何より、この敷居の高さ、読者に教養がないことを思い知らせる感覚が、不幸にしていないか、と。わずか数百円なのだが、敷居の高さを感じてしまうのだ。まるで閉館するホテルからソファーやシャンデリアがひとつひとつ運びだされているのを眺めているような、そんな絶望感を抱いてしまうのだ。

もっとも、文化には敷居が必要である。あまりに軽いものが並ぶとどうかと思ってしまう。敷居を下げることが文化の発展につながるとも思えない。実際、敷居の高さを感じてしまったものの、いくつかの明らかに軽い作品、軽い表紙のものには違和感を覚えてしまう。もっとも、これは今に始まったものではないし、作品に対する評価の一部は時代により規定されるのだけど。

そもそも、このキャンペーンは何のために、どんな創意工夫をして行われているのか、知りたくなった。

出版不況と言われて久しいけれど、読者を増やす努力は、本当にきいているのか、考えたいところだ。

・・・以上、教養がないことを思い知らされた上で、ない頭を振り絞って大好きな村上春樹のオマージュという感じで書いてみた。いくつわかるかな。

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