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異なる何か/誰かに触れる――中東地域研究の魅力とは / 中東地域研究・末近浩太氏インタビュー

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関心を抱くきっかけはどこにでもある

―― そもそも、中東地域に興味をもったきっかけはなんですか?

中東を研究していると、この質問をよくされるんですよ(笑)。アメリカやヨーロッパの研究をしていたらあんまり聞かれないと思うんですが。

―― 中東はあまり身近な感じがしないので、興味を持ちにくいと思うんです。

中東を意識しだしたのはかなり早く、小学生から中学生にかけての頃だったと思います。その頃は1980年代後半で、夕方のテレビのニュースでは、連日ベイルートとテヘランからレポートが報じられていました。「ベイルート発共同〜」、「テヘラン発時事〜」とか。中東では、レバノン内戦(1975-1990年)とイラン・イラク戦争(1980-88年)がありました。レバノン内戦は15年、イラン・イラク戦争は8年、それぞれ1980年代を通して続いた長い戦争でした。

―― 戦争に興味があったんですか?

戦争が好きなわけではありません(笑)。むしろ、その理不尽さや不毛さが気になっていました。きっかけは、たぶんガンダム(あくまでも1980年代のガンダム作品)です。

―― ガ、ガンダムですか。ロボットで戦うアニメですよね。

ガンダムは、少年アニメ特有の「戦うことのかっこよさ」もふんだんに入っていますが、それよりも戦争というものの理不尽さや不毛さ、むなしさのようなものを表現した作品でもあります。

そんなガンダムを観ながら、はるか遠い中東の地で繰り広げられていた終わりのない戦争にどこか心を痛めていたのだと思います。なぜ不毛な戦いを続けるのか、と。レバノン内戦もイラン・イラク戦争も、「どこどこの街を奪った、奪われた」といった一進一退の長期戦であり、消耗戦でした。

こういうときにガンダムを引き合いに出すと、その時点でガンダムを知らない今の高校生の皆さんはおろか、「またガンダムの話か」と一般の方までもドン引きしてしまうかもしれません。上司や先生から無駄に熱いガンダム話を延々と聞かされてガンダム・アレルギーになった方は少なくないでしょう。

しかし、それだけガンダムの影響を受けた人が世の中にいるということでもあります。アラフォー以上の政治学者は皆ガンダムを観て政治学に目覚めた、というのが私の勝手な仮説です(笑)。

―― 今まで、年上の方がするガンダムの話にあまり興味がなかったので、適当に聞き流していましたが、深い話なのですね。これからは背筋を伸ばして聞きたいと思います。

ガンダムの良し悪しはともかくとして(笑)、大事なことは、何かに関心を抱くきっかけはどこにでもあるということです。「なぜ?」と疑問を持ったり、「知りたい!」と興味を持ったりしたときは、自分の心に正直に向き合いアクションを起こしてみるとよいと思います。

というわけで、私自身、高校に入る頃には中東への関心を強く持つようになっていました。ちょうど、高校入学の前後には、中東にかかわる2つの大きな事件がありました。

1つは、イラン・イスラーム革命の最高指導者ホメイニー師がイギリスの作家サルマン・ラシュディに死刑宣告をした事件(1989年)です。この作家の書いた『悪魔の詩(The Satanic Verses)』という長編小説がイスラームに対する冒涜であると断罪された事件です。ある国の最高指導者が別の国の作家に死刑宣告をするという無茶苦茶な理屈と「熱さ」に、自分の知る世界とは異なる世界が存在することを強く感じ、ハートをわしづかみにされました。

もう1つの事件は、その翌年に起こった湾岸危機・戦争(1990-1991年)でした。イラクがクウェートに侵攻したこと自体にも驚きましたが、それまで対立してきた米国とソ連が事実上同じ陣営でイラクのサッダーム・フサインと向き合うという構図――ソ連は米国主導の多国籍軍の介入を支持しました――に驚き、また、それまで世界を規定していた東西の冷戦構造がガラガラと音を立てて崩れていく感覚を覚えました。

この2つの事件からは、中東には自分が住んでいる世界とは別の世界があるという感覚を持ちましたし、中東が世界全体の動きと強く結びついていることを知りました。中東を専門にする研究者になりたいと思ったのはこの頃だったように思います。

この頃、「いつかトルコかイランに留学したい」と親に言ったら怒られたことを覚えています。当時、留学と言えば、アメリカかイギリスが主流でしたから。大学に進学したら中東について勉強したかったのですが、現代中東を扱った研究は今と比べると本当にマイナーな分野でしたし、現代中東について教える大学の学部も皆無で、いろいろと悪戦苦闘することになります。それよりも、あまり勉強が好きではなかったので、大学に入ってからもしばらくは足踏みを続けました(結局は、大学卒業後に留学したのはイギリスの大学院でしたが……中東政治学を専攻しました)。

研究はおもしろくて、難しい

―― 研究をしていて「おもしろい!」と思った瞬間を教えてください。

いつも、おもしろいです。特に、自分自身の当たり前、社会通念、あるいは学問における通説がひっくり返るような強烈な事実(fact)や論理(logic)に出会った時はおもしろいです。

例えば、イスラエル占領下のパレスチナでは、紛争の構図が日常の一部となっています。自動小銃を携えた兵士が人びとに対して日々監視の目を光らせていても、彼ら彼女らにとってはそれが日常であったりします。紛争が非日常である日本列島に住んでいる私たちには想像することすら難しいですが、パレスチナを見るときは「紛争が日常である」という事実を出発点に物事を考えていく必要があります。

他にも、世界から危険視されているグローバルな「テロ組織」が、拠点としている村にとっては地元の「自警団」のような存在だったり。強面の戦闘員たちは恐れられるどころか、頼もしいお兄さんとして子供やお年寄り慕われていたり。傍若無人な「独裁者」が、実はとても巧妙な方法で社会を分断して支配していたり。外国人移民を徹底的に差別し隔離することが、国家の安定にプラスになっていたり。

中東地域研究は、根本のところは外国研究・異文化研究だと思っています。まだまだ未開拓の問題領域がたくさんありますので、頭を柔らかくして、アンテナをしっかり立てていれば、頻繁に「おもしろい!」と思う瞬間がやってくるお得な学問ではないでしょうか。

ただし、「いつもおもしろい」というのは楽であることとは違います。研究自体は試行錯誤の連続ですし、孤独で地道な作業でもあるので、辛い時もしんどい時も多い。でも、時々訪れる「おもしろい」と思えることが、そんな辛さやしんどさを精算してくれます。

「おもしろい」ことを発見する方法、つまり研究の方法については、本や論文を読んだり、新聞やインターネットで情報を集めたりといろいろですが、やはり現地にフィールドワークに出かけるのが一番です。ドカーンと来ます。

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―― 「難しい!」と思った瞬間も教えてください。

これまた、いつも難しいです(笑)。研究対象との距離の取り方が難しい。悩んでいると言ってもよいかもしれません。

研究をすると、最終的には論文や本のかたちで世に問うことになります。研究成果を文字にしていくなかで、中東という外国・異文化の何か/誰かを表象することになります。この表象とは、誰かに変わってその人のことを表現/代表する(してしまう)ことと言い換えた方がわかりやすいでしょうか。

つまり、自分の研究を読んだり聞いたりした人は、そこから中東の何か/誰かについての知見を得たり、イメージを持ったりするわけです。なので、研究者の側には、その責任や倫理が重くのしかかってきます。

言うまでもなく、学問には客観性が重要です。事実の発見であっても、論理の構築であっても、学問のルールにしたがって取り組まなければなりません。そして、研究の成果は学問のルールによって良し悪しが判断される。これが大前提です。

しかし、どれだけルールに従って客観的に書かれたものであっても、読み手の中東イメージに何らかの影響を与えることは避けられません。これは仕方がないことですので、「そんなことを考える必要はない!」と開き直るのも研究者としての1つの態度です。しかし、私自身としては、自分が文字にした中東がどのように受け取られるのかを常に意識しながら研究をすることを心がけています。「中東の専門家が語る中東」に社会的な影響力がないわけがありませんから。

―― 外国研究・異文化研究には論理だけではなく、倫理も大事だということですね。

文系理系問わず、すべての学問に言えることなのかもしれません。マッドサイエンティストにならないためにも(笑)。

とはいえ、中東をどのように語るべきか、こんなに真面目に考えているのに、中東の現実は観察者である私たちに優しくなかったりします。フィールドワークに出かけてみたら、「どうせ見物だろう」と煙たがられたりすることは日常茶飯事です。紛争地域では対立する勢力のどちらからも「お前、奴らの仲間だろ」と嫌がらせを受けたり、実際に拘束されたことも何度もあります。

要するに、どのような意図であれ、中東の何か/誰かを表象したときには、それに喜ぶ人と怒る人の両方が必ず出てくるということです。学問としての客観性が大事なのは繰り返すまでもありませんが、むしろだからこそ、学界の外に広がる社会とのつながりを常に見据えながら研究をしたいと考えています。

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