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「護憲派」にとって、この教科書は相当やばいです - どん・わんたろう

 同じ事象でも立ち位置によってまるで違って見えるってことは、十分に認識しているつもりだ。それにしても、ここまで特異な視点で書かれた教科書が登場しているとは、正直言って想定外だった。「新しい歴史教科書をつくる会」など2団体が編集に携わった中学校の歴史と公民の教科書のことである。

 来年4月から公立中学校で使う教科書の採択が、8月にかけて大詰めを迎える。最大の焦点は、「つくる会」など2団体によって育鵬社と自由社から発行される歴史・公民の教科書が、どれくらいの自治体で採択されるかだという。教科書の中身や採択の状況を聞きたくて、「子どもと教科書全国ネット21」事務局長を務める俵義文さんの講演会に出かけた。

 「両社の教科書は、歴史・公民ともに、大日本帝国憲法を高く評価し、日本国憲法は『押しつけ憲法論』を展開している」。俵さんは、まず指摘した。

 公民の教科書での「憲法」の取り上げ方を見せてもらって驚いた。現憲法の3原則は、こんな扱いである。

 平和主義。育鵬社版では、見開き2ページのうち3分の2ほどが「自衛隊」に割かれている。自衛隊に対して「良い印象」が19.5%、「どちらかといえば良い印象」が61.4%という内閣府の世論調査結果や、イラクでの自衛隊の復興支援活動の写真をあしらい、好感度を前面に。そして、本文で「自衛隊は日本の防衛には不可欠であり」「政府は(中略)自衛隊を憲法第9条に違反しないものと考えています」と書く。兵役など国防の義務を定めた各国の憲法条項も、表にして紹介している。

 自由社版では、「自衛隊の新型装備品」として、戦車や護衛艦などの4枚の写真を掲載。やはり「各国の憲法における国民の兵役、国防の義務」というコラムを設け、「わが国では、かつて、大日本帝国憲法第20条で国民の兵役の義務を規定していた」とわざわざ記している。

 主権在民。育鵬社版の項目名は「国民主権と天皇」である。見開き2ページのうち、国民主権の説明は3分の1ほど。あとの3分の2で天皇を扱い、4枚の写真のうち3枚を天皇が占めている。自由社版は「天皇の役割と国民主権」という項目で、「憲法第1条の規定を自然なものとして、素直に国民が受け入れたのは、長い日本の歴史の過程のなかで考えて、天皇の存在や、天皇の果たしてきた役割が、まさしく日本国と国民統合の象徴にふさわしいと思ったからにほかなりません」と述べている。これは「押しつけ」じゃないってわけである。

 基本的人権の尊重でも、両社版ともその説明は3分の1ほどで、「公共の福祉による制限」と「国民の義務」に比重を置いている。育鵬社版は、権利の主張、自由の追求によって社会の秩序を混乱させたり社会全体の利益を損なわせたりすることがないように戒めている、と強調。自由社版も、国家や社会の秩序を混乱や崩壊に導くことのないよう戒めるもの、と権利の制約を肯定的に捉えている。

 こうした点を踏まえて、俵さんは「特異でゆがんだ一方的な解釈を刷り込む内容」と評した。とりわけ平和主義に関しては、「いつでもどこでも、自衛隊が米軍と一体になって出動できるように、『戦争をする国』に変える意図を教育の場に持ち込むのが狙い」と分析していた。兵役の義務に触れているのも、経済的に貧しい層に将来、違和感なく自衛隊に入ってもらうための「地ならし」なのだろう。

 それにしても、こうした教科書を合格させてしまう検定制度っていったい何なのか、と思わざるを得ない。俵さんによると、1948年に検定制度が導入された当初は、憲法や教育基本法(当時)の目的に反する教科書〜平和の精神を害するものとか、真理をゆがめる点のあるもの〜が不適格とされたそうだ。時代をこえ、それが国に都合の良い教科書を作るための制度へと改ざんされてしまった。「国定教科書」による教育を媒介にして、国民総動員の戦争へと突き進んだ時代が頭をよぎる。教科書の内容って、それだけ影響が大きいのだ。

 で、採択の状況である。育鵬社版、自由社版の採択を狙う「保守派」は、2009年に横浜市が取った戦術を参考にしているらしい。あらかじめ、こうした教科書に賛同する首長に、自らの主張に近い教育委員を任命してもらう。そして、教科書選定の審議会・委員会の答申を無視してでも、教育委員会で勝手に採択を決めてしまう。その前提として、両社版を示唆する教科書の採択を求める請願・陳情を出したり、議会が決議をしたりして、「民意」であることを示す。なかなか巧妙なやり方である。

 俵さんによると、これまでに栃木県大田原市が育鵬社の歴史・公民教科書を採択したものの、ほかには両社版を採択したところはないという。すでに「つくる会」系の教科書を市内18区のうち8区で使っている横浜市や、東京都杉並区の動向が、今後注目を集めそうだ。

 今回採択された中学校の教科書は、来年4月から4年間使われる。歴史は中1から教えるので今の小学3〜6年生、公民は中3なので今の小5〜中2が直接関係する。すでに「つくる会」系を使っている中学校では、小学校の教科書とトーンが異なるため、生徒が「小学校では嘘を教えられていたのか」と教師に質問してくるケースもあるという。俵さんは「小学生の保護者や教員に大きく影響する問題」と話した。

 もちろん、今後の国の行方につながる、すべての国民に関係するテーマであることは言うまでもない。着々と戦術を進めている「保守派」に比べて、果たして「護憲派」の関心や態勢は十分だろうか。私自身を振り返っても、今になって教科書の中身を知って驚くなんていうのは、完全に立ち遅れだと思う。これからでも、地元の自治体がどんなスケジュールで採択する教科書を決めるのかを確認し、心配なら教育委員会の審議の様子を傍聴した方がいい。油断は禁物である。

 3.11以降、世の中の関心は原発や震災に集まり、私たちの権利や生活を侵しかねない法律や仕組みづくりが進んでいても、気づきにくい状況になっている。もはや新聞やテレビには期待できないからこそ、ネットメディアが中心になって、自ら掘り起こして問題提起をしていくしかない。改めて自省する必要があると思っている。

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