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漫画家・ヤマザキマリさんインタビュー『シリアへ寄せる想い』

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漫画『テルマエ・ロマエ』の作者であるヤマザキマリさんにとって、シリアは特別な想いを持った国。シリアでの生活が『テルマエ・ロマエ』を描くきっかけとなり、ヤマザキさんはシリアの人々のたたずまいや生き方に大きな影響を受けたといいます。長引く紛争で傷ついていくシリアのことをずっと考え続けているヤマザキマリさんに、シリアに寄せる想いをお話いただきました。

シリアでの実体験――2005年シリアからの退去

国連UNHCR協会

私が2003年にシリアに移り住んだ時は、イラクとアメリカがちょうど戦争をしていて、イラクから逃れてくる難民がどんどんシリアにやってきていました。国境沿いの遺跡を観に行った時は、イラク側に向かう車は我々だけで、あとは全部車の上に布団など車の2倍くらいの高さのものを山のように積んでどんどんこっちにやってきました。これは決死の思いで家財道具を全部積んで逃れてきている人たちなんだと見ていたんです。陸続きだとこうしたことをとてもリアルに考えなければいけない状況に立たされる。日本はそういうリアリティがないですよね。

私たちがシリアを撤退する時も爆破事件があって、最初は花火大会があったと思ったんです。うちのそばでドーンと花火と同じ音がして、窓の外を見たらみんなも窓の外を見ているので家の反対側で花火をやっているんだと思いました。すると夫が「花火じゃないよ!今そこで銃撃戦が起きている!」と。すると外務省から退避勧告が出て、状況が緊迫してきたので私たちも撤退したんです。結局、その後シリアに戻れていないうちに紛争が激化するという展開になってしまいました。隣近所や夫がお世話になっていた先生などとは、まったく連絡つかなくなってしまい、彼らがどこで何をしているかもわからない。連絡がつかなくなるというのが一番不安ですね。

日本と海外にみる、難民問題に関する意識の違い

国連UNHCR協会

シリアや戦争のことをツイートするとみんな関心を持って見るけども、それは対岸の火事で気の毒だねという興味本位で見ているだけであって、その感情に対してなかなか継続性がもてないのではないかと思うのです。深刻性がメディアを通してアプローチされていないことと、外国の問題に関して、経済的な危機に対しては意識を配るのに、そうじゃないものに関しては「うちとは関係ない」というふうにしているのが、日本の場合は顕著なように思います。私の住んでいるイタリアであれば、毎日難民の話が出る。朝テレビを付ければ、ランペドゥーサ島に難民が漂着したとか、それに対してイタリアは処置をどうしたとか。以前住んでいたポルトガルの場合は、アフリカの難民の人たちが入って来ていて、その二世三世がうちの子どものクラスメイトだったりするわけです。欧州は、日本に比べると、非常に難民問題との接触度が高いんですね。

日本で感じるのは、難民ではなく移民に対しても、日本に来て日本の利益を持っていこうとしているという解釈のほうが強くなってしまって、どうしても外国人が来るということに警戒心を持っている。すごく壁があるんですよ。私も外国に長く暮らして帰ってきて、融合できていないわけです。漫画という手段を使って日本に入ってきてはいるけれども、長い間外国に住んでいて日本を外からどう見るかということでジャンル分けされて扱われてしまうような感じがします。自分は遣唐使、遣隋使が帰ってきた時の感覚にすごく近いと思うんです。たぶん外国人も海外のものを伝えたいだけなのに、溶け込むどころか、まったく別のものとして扱われて浸透せず終わっていく。日本では、『テルマエ・ロマエ』のように、面白いことは外国のものでも、どんどん入って浸透していくのですが、シリアのようなシビアなことには、シャッターが閉じられてしまう。

シリアが与えてくれた影響

実は『テルマエ・ロマエ』を描く一番の大きなきっかけを与えてくれたのは、ローマではなくシリアです。シリアには古代ローマ遺跡が普通に街にあって、遺跡の一部分に洗濯物が干してあったり、そこを住みかとしている人がいたり。あれを見ることによってタイムスリップ感覚というものを体感しました。首都のダマスカスにしても昔の街並みが続き、これが古代ローマの街並みだったんだとリアルに感じることができる経験を山のようにしたんです。そのおかげで私は負担なく古代ローマの描写ができるようになりました。だから、シリアの滞在というのは私にとってもものすごく意味が深いんです。

紛争でダメージを受けたシリアの人たちが、この後自国を愛せなくなったり、自国に対する特別な思い入れというものが薄れていったり、大事に残していかなければいけないものが人の意識からなくなっていってしまうというのがすごく辛いです。この色あせていく感じを、街だけでなくて人間を通して見ていかなければいけないというのが……。
かつてのシリアには、シリア人のたたずまいや生き方のシンプルさなり、自分になかったものをインプットしてくれる要素が山のようにあったんです。情緒深くて人に対する思いやりがおせっかいなほどある。だからあんな深い感情を持った人たちがこんな目に遭った時にどれくらいのダメージを受けているんだろうと思うと、果てしない感じがします。取り返しがつかないことになっています。自分も子どもがいてシリアの学校に通わせていたので、たまらないですね。あそこで出会った純粋無垢な子どもたちがもしかしたら死んでしまっているかもしれないと思うと。

シリアで出会った、かけがえのない子どもたち

国連UNHCR協会

シリアで出会った子どもたちには、不必要に可愛がり過ぎていない国の子どもが持つ、可愛らしさがありました。日本にも欧州にもアメリカにもいない子どもたち。そんな子どもたちに会うと自分が「初期化」しますね。自分の中にある毒素が抜けていくような。そういう人間は手心加えてできるものじゃない。そんなかけがえのない子どもたちがいる国をダメにしたらダメなんですよ。本当に人間が生きていくうえで大事な一つのひな形となる人間が住んでいるところを壊して、子どもたちの心を傷つけて、ダメにしていって……本当に人間って同じことを繰り返すのだなと思います。あの子どもたちを見るだけで自分たちのあり方をいっぺんに考えさせられる、そんな純粋無垢でものすごいポテンシャルを持っている子どもたちが今いなくなっている、悲しい顔になっている、傷ついている、それが一番ショックです。子どもたちは、もうあんなふうにふるまえないでしょう。私は、シリアみたいな国があるからまだ頑張れると、思っていたんです。だから夫ともずっと「早くシリアに戻りたい」と言っていましたけど、もう「今度いつ戻れるか分からない国になってしまったね……」と話しています。

根本的な治療という意味で教育を正していかないといけないと思うのです。教育を受けられない子どもたちが、戦争に対する怨恨だけを膨らませていって、またその衝動だけで戦争を繰り返しかねない。精神的な安定が完全に欠落している状態ですよね。一緒に暮らしている親が幸せそうじゃないんだから、子どもたちだって不安定になって当たり前ですよね。いくら外部から「大丈夫よ」と言っても、家に帰ったら不安がたまった中に戻ることになる。自分が実際暮らしていたダマスカスの区域に化学兵器が落ちたということを聞いたり、よく通っていた小さい商店街が破壊されたとか聞くと、まずあそこに住んでいた人たちはみんなどうしたかなと思いますよね。

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