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不信の裏にある期待

骨折なのに「専門外」女性の救急搬送38回拒否 (読売新聞)
 埼玉県川口市内で転倒して脚を骨折した女性(57)が昨年2月、複数の病院から計38回にわたって救急搬送の受け入れを拒否されたことが同県への取材で分かった。

 女性は悪性リンパ腫の既往歴があり、「専門外」などの理由で拒否されたという。

 県消防防災課によると、女性は昨年2月の夜、川口市の自宅風呂場で転倒し、救急出動を要請した。女性がかかり付けにしていた病院は満床だったため救急隊員が搬送先を探したが、「専門外」などの理由で38回拒否され、2時間22分後に受け入れ先が決まった。

 ちょっと前の話ですが、こういう報道がありました。まぁ、救急搬送の患者がたらい回しにされた云々という類は、定期的に出てきますね。この読売記事では(下らないので引用はしませんが)後半部であらぬ方向に非難の矛先が向けられていたりもするのですけれど、しばしば受け入れ側の医療機関が暗に咎め立てされているような印象もあるようで、医療関係者サイドからの反論――そもそも受け入れのリソースがない、受け入れたくても無理なのだ、専門外の患者を受け入れても適切な措置ができる保証はないのだ云々――も、まぁお決まりのパターンとして出てきます。

 ただ今回の事例で注目したいのは、患者が「かかり付けにしていた病院」がまず駄目だったことですね。満床とのことですので、ない袖は振れない、無責任に受け入れても廊下に寝かせるわけにも行かないということでやむを得ないのはわかりますけれど、かかりつけの病院があってもこの結果ですと、患者側としてはどうしても不安を募らせてしまうものなのではないでしょうか。かかりつけであろうと夜間ともなれば担当医がいないことも普通にあり得ますが、そうは言っても患者がまず頼りにするであろう医療機関から突き返されてしまうのですから。

 「お薬手帳」を断れば20円安くなる、なんてネタがちょっと話題になったりもしました。僅かに20円ですけれど、まぁ金額が小さければ小さいほど節約の意識が働く人も多いところもあるでしょうか、そして20円の差額のために「お薬手帳」を断る人がいるというのは、どう見られるべきなのでしょう。患者サイドの無理解を嘆いてみせる訳知り顔の論者も散見されますが、しばしば医療側と患者側の関係には、学校教師とイジメ被害を訴える生徒のそれを思い起こさせるものがあるような気がしてなりません。

 いきなり大学病院なり大きな病院にやってくる患者は、色々とメディア上では悪し様に言われますよね。まず、かかりつけの医師の診断を受けるべきだとか、紹介状ナシで大学病院にやってくる患者の初診料は上乗せで云々とか、そういう話もあるわけです。医療側の都合としても、概ねそういうものなのだと思います。しかし患者としては、地元の町医者では駄目だと考えている、大きな病院に行けば何かが好転すると、そういう期待を持っているのではないでしょうか。かかりつけの医師なんかでは頼りにならない、しかし大学病院の名医なら話はまた違うだろう、と。

 医療への不信と期待が、国民の間には同居しているように思います。いくら病院通いを続けても一向に良くならないのは、この地元のかかりつけの医師がヤブだからだという不信と、別の病院に行けばちゃんと診断してくれるのではないかという期待があって、それが紹介状ナシで大学病院を受診しに来る患者にも繋がっているのではないでしょうか。それを避けたいならば医療側はもっと「地元の町医者で無理なら大学病院でも無理、医療には限界がある」と周知徹底した方が良さそうです。

 この辺は医療訴訟にも通じるところがあって、総じて患者は「必ず治る、手術は成功する」という期待を持っているもののように思われます。それが失敗に終わるとしばしば医師個人の怠慢や不正のせいに――実際にそういう事例もないわけではないにせよ――見えてしまう、元から結構な博打であったとは考えられないケースが多いのではないでしょうか。なぜなら、患者側は医療を信じているから、「本当は上手く行くはずだった」と信じているから、ですね。

 実際のところ医療機関を受診しても、いくら通院を重ねても何一つとして良くならないことは普通にあることです。そういう中で医療を信じている人ほど、「今」受診している医師に不信を抱くものなのではないかという気がします。3時間待たせて3分ちょろっと診察しただけ(まぁ3分で診察を終えないと待ち時間が3時間では済まないのは分かりますが)、それで処方箋を渡されて薬を飲んだけれど具合は良くならない、こんな経験は誰にでもあると思います。そうした中での投薬の記録すなわちお薬手帳に患者側は意味を見出すでしょうか。

 むしろ医療の限界を、よく知らしめた方が良いのではないかという気がします。治せないのは手を抜いているからではありません、と。かかりつけの医師は頼りなく見えるかも知れませんが、大学病院に行っても似たようなものですと周知すれば、紹介状ナシで大学病院に来る人も多少は減るでしょう。代替医療のカモにされる人が後を絶たないのも、「どこかに治せる人がいるはずだ」という期待があってこそ成り立ちます。症状が良くならなくとも、それでも可能な範囲で最良の治療を受けていると受診する側が信じられるならば、患者は医師の指示を受け入れることでしょう(そしてお薬手帳に払う20円も惜しまない、と)。しかし、「もっと他にマトモな治療方法があるのでは」と希望を持たれてしまうほど、医療側と患者側の信頼関係は崩れてしまうように思えます。

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