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ソニーはなぜiPodも GoProも創れなかったのか?

大企業(特に製造業)のイノベーションに関して、多くの人々は悲観的だ。その理由については「イノベーションのジレンマ」をはじめとしてすでに多くの分析がなされている。例えば、成功した企業がさらなる成長のために最適化した組織が、病原菌が侵入した時の白血球のように、イノベーションを拒絶し死滅させるといった分析だ。
iPodに携帯ミュージックプレイヤーの事業のトップの座を奪われたソニーの元社長は当時を振り返って「自分は工場を持っていたからiPodを(作りたかったけど)作れなかった」とまさにジレンマを語っていたが、はたしてiPodというイノベーションの答えを見いだすことはできていたのだろうか。iPodのほんとうの価値を思いついていたのだろうか。僕も含めて、答えを見てからならばなんとでも言える。

企業の成長戦略についてはアンゾフの成長マトリックで俯瞰することができる。

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このマトリックスではイノベーションという観点での分類はされていないように見えるが、アンゾフは多角化についてさらに水平型、垂直型、集中型、集成型という4つの分類をしている。このうちの水平型と集中型はイノベーションの戦略として、成長戦略に組み込むことができるのではないかと思う。製造業のイノベーション戦略を考えるには、製品と市場という軸を、それぞれの上位概念である技術とドメインという軸で表すとわかりやすい。すなわちイノベーションのマトリックスだ。

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①はアンゾフが水平型の多角化と呼んでいるものに近い。すでに獲得している経営資源やバリューネットワークの多くを活用してプロダクトのイノベーションを行う。写真というドメインにおいてカメラメーカーが新しいデジタル技術を導入し、フィルムカメラからデジタルカメラへのプロダクトイノベーションに成功した事例がある。
②は自社の既存の製品や保有技術に関連した新しい製品によって、別のドメインに参入するというアンゾフの集中型多角化だ。Appleが自社のコンピューター、OS、アプリケーションソフトウェアという製品・技術に関連したiPodという製品によって音楽という新しいドメインに参入したケースがあてはまる。
しかし、もしソニーがiPodを創っていたとしたら①のパターンのイノベーションに成功したことになる。そのプロセスを「iPodの創り方」という記事で考えてみた。

自社にない新しい技術を獲得して新しいドメインへ参入する、いわゆるコングロマリット戦略は経営のより上位レベルでM&Aなどのオプションを含めて検討されるものであり、上記の2つのイノベーション戦略と同じ次元で考えられるものではない。

T.レビット マーケティング論(有賀裕子訳)
の「マーケティング近視眼」の先頭に次のような記述がある。「マーケティング近視眼」は2001年11号のダイアモンド社のハーバードビジネスレビューに掲載されたが、1960年にマッキンゼー賞を受賞しているという古い論文だ。人々はずいぶん長い間、イノベーションというテーマと格闘している。
鉄道が衰退したのは、旅客と貨物輸送の需要が減ったためではない。それらの需要は依然として増え続けている。鉄道が危機に見舞われているのは、鉄道以外の手段(自動車、トラック、航空機、さらには電話)に顧客を奪われたからでもない。鉄道会社自体がそうした需要を満たすことを放棄したからなのだ。鉄道会社は自社の事業を、輸送事業ではなく、鉄道事業と考えたために、顧客を他へ追いやってしまったのである。事業の定義を誤った理由は輸送を目的と考えず、鉄道を目的と考えたことにある。顧客中心ではなく、製品中心に考えてしまったのだ。
いったん鉄道事業のためのバリューネットワークを忘れて、「輸送」という顧客の基本ニーズに立ち戻り、そこからその時点で利用可能な技術やインフラを前提に、その「輸送」というドメインにおける新たなバリューを定義する。そしてそのためのバリューネットワークを再構築する。これはイノベーションのマトリックスの①を行うための考え方であり、「iPodの創り方」で紹介した「モノのデジタルリマスタリング」という方法論の元にもなっている。
「鉄道」と「輸送事業」という二つの言葉を言い換えるだけで、いろいろな事業の衰退を形容することができる。「鉄道」を「携帯ミュージックプレイヤー」や「デジタルカメラ」や「ビデオカメラ」などに置き換えた場合、それぞれの「輸送事業」に対応する言葉は何だろう。
 なぜイノベーションは稀にしか実現しないのだろうか。最もよく耳にする応え、そして私の見たところ最も罪深い答えは、人々が組織に隷属させられ、創造性を身につけられずにいるというものだ。その主張によれば、産業界が創造性をみなぎらせ、進取の精神に満ちた人材を多数採用してアイディアを披露するチャンスを与えれば、アメリカ企業の問題は全て解決するという。
・・・(中略)・・・
アイディアを次々と生み出す人々は、たいてい組織をどのように動かせばアイディアをかたちにできるかを知らない。とりわけ前例のない画期的なアイディアを実行する方法を知らず、多くの場合、「アイディアは放っておいてもイノベーションに繋がる」とう理解しがたい考え方に染まっているようだ。このような偏見では、着想とイノベーションは同義語になる。この種の考え方にとりわけ強く毒されているのが、ブレーンストーミングの信奉者で、自分たちの流儀こそが企業を救うと信じて疑わない。
これもマーケティング論の中の「アイデアマンの大罪」という章に書かれている文章だが、日本の企業(製造業)の場合はさらに深刻だ。多くの場合、そういった「アイデアを次々と生み出す人」は、組織から浮いた存在になっていて事業の中心から外れている。もちろん、そのアイデア自体が採るに足らないものであることが多い(ほとんどである)のかもしれないが、どちらにしても「画期的なアイデア」は周囲には理解できず、協調性や和を重んじる日本企業の中では相手にしたくない危険な匂いがする。画期的なアイデアとは、それが現実のものとなり人々にその価値が理解できてから画期的であったことが判明するのだから厄介だ。

日本の大企業(製造業)の「イノベーション」や「新規事業」という言葉のついた組織の人とお会いすることがときどきある。企業の期待を背負って創設された組織だと思うのだが、それらの方々の前職をお聞きすると、既存の事業の企画や販売や開発に携わっていたという方が多い。そして経営陣はそういった言葉のついた組織をつくるだけで変革が起きると期待しているように見える。任されたほうも組織の名前以外に明確な方向性を伝えられていないので、まずは何をしましょうかというところから始めるしかない。コンサルタントと高い契約をして、現状分析やアイデア出しのブレーンストーミングによって提案書を作成したりコンセプトのビデオを作ったりする取り組みを2~3回繰り返したところで、経営陣が飽きてしまって組織が消滅する。

2012/7にHBR(ハーバード・ビジネス・レビュー)に掲載された"Reversing the Decline in Big Ideas"(ビッグアイデアの減少に歯止めをかける)に次のような記述があった。
 
"The only way out of this innovation gridlock is an expansion in founding team diversity. I believe the missing piece from the DNA in the founding teams of Transformational Companies is now the Domain Expert, who has deep insight into the industry they are trying to disrupt. Without a domain expert attempts at disruption are unimaginative and incremental at best.There are so many industries ripe for technology startups to disrupt: Education, Health Care, Business, Art and Government just to name a few. But where are the domain experts ready to be paired with a team of rockstar engineers and superstar designers? "

イノベーションの停滞状況から抜け出す唯一の道は、創業者チームの多様性を拡大することだ。私は「変革型企業」の創業者チームのDNAに欠けているものは、彼らが変革を起こそうとしている産業分野に詳しいドメイン・エキスパートであると信じている。ドメイン・エキスパートなしでは変革の企ても想像力に乏しくなり大した成果も期待できない。
教育、ヘルスケア、ビジネス、アート、政府、その他にもテクノロジースタートアップの変革を待っている産業は数多く存在する。しかしロックスター・エンジニアやスーパースター・デザイナーとチームが組めるドメイン・エキスパートはどこにいるのだろうか?

全体の論旨は、新しい企業が既存の市場に変革を起こすためには“Founder Market Fit”(創業者と市場が適合していること)が必要であり、その創業者チームに必要な人材は時代とともに変わってきている。最初はHPやApple、Microsoftなどのように一人か二人のエンジニアと一人のセールスマンがいればよかったが、現在はデザイン思考などで語られているようにデザイナーの時代になった。しかし、それもすでに市場に適合しなくなっているということだ。これは起業して間もない「新しい企業」について書かれているのだが、既存の企業におけるイノベーションの取り組みにおいてもあてはまる。変革を起こそうとしている産業分野に詳しいドメインエキスパートとはどのような人のことをいうのだろうか。

GoProを創ったニック・ウッドマンはデジタルカメラやデジタルビデオカメラの産業におけるエキスパートではない。彼はサーフィンが大好きな起業家だった。GoProの前身となった会社を起こす前に、400万ドルの資金を得てオンラインゲームの会社を起業して失敗している。その後、レンズ付き(使い捨て)カメラを防水ケースに入れて腕に固定しサーフィン中に写真を撮影できるようにするためのバンドを作って売り始め、次に専用のフィルムカメラを作り、それからサーフィンのためのデジタルカメラを創った。バンドからデジタルカメラまでに5年かかっている。彼はサーフィンを撮影するということに、異常なまでの熱意と執念をもっていた。変革を起こそうとしているドメインのユーザー側のエキスパートだった。
もしサーフィン好きで起業家精神に溢れたニック・ウッドマンがソニーにいたらGoProを創れただろうか。

リンク先を見るジョブズを発掘したAtariの共同ファウンダーであるノーラン・ブッシュネルが書いた"Finding the Next Steve Jobs"(次のスティーブジョブズを探せ)には、企業がそういった人物を探すための心構えが書いてある。変革のためのアイデアと熱意を持った人物を招き入れて力を発揮させるには経営者の考え方や企業側の体質を変える必要があると。(注:この本の邦訳が2014年5月に出版されたが邦題は「ぼくがジョブズに教えたこと」となっている)

冒頭に書いたように大企業(特に製造業)においてイノベーションを起こすのは非常に難しい。環境を整えてニック・ウッドマンを招き入れたとしても、周囲が彼についていけるとは限らない。しかし大企業が保有する経営資源を選択し活用することができる自由が与えられればいろいろなことにチャレンジできる。その多くは失敗に終わるだろう。ジョブズもウッドマンも失敗を経験している。それが浪費なのかイノベーションへの糧になっているのかを見極めるのは経営者の眼力だ。
イノベーションのマトリックスの始点に飽和・限界と書いたが、それが起こってから茹でガエルのようにイノベーションに取り組んだのでは遅い。アンゾフのマトリックスの市場浸透、製品開発、市場開拓の3つの成長戦略には必ず飽和・限界があることを認識する必要がある。

ノーラン・ブッシュネルはTechCrunchの記事のインタビューの中で次のように言っている。
"I actually think iPhone was actually an exchange of iPod ecology."
Appleは未だにiPodで止まっていると。
Appleでさえイノベーションへの挑戦を続けないと茹でガエルになってしまう。

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