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「秋葉原事件 加藤智大の軌跡」の巻 - 雨宮処凛

 福島第一原発でメルトダウンが起きたり、東電が震災直後にメルトダウンしてたことを隠してたりといろいろトンデモない状況だが、そしてそんな状況にも「麻痺」してしまいそうな自分が怖いが、今回は震災のゴタゴタで忘れられがちだったことについて、触れたい。

 それは3月24日、秋葉原事件を起こした加藤智大被告に、死刑が言い渡されたことだ。

 この事件の裁判には、今まで3度、行っている。初めて行ったのは昨年12月。間近で見た加藤被告はまったく感情の読み取れない目をしていて、まるで女の子みたいな白くて華奢な手をしていたことを覚えている。その小さな白い手と事件がどうしても繋がらなくて、裁判中、ずっと加藤被告の横顔を見ていた。しかし、表情が変わることはなかった。3度とも。

 そんな秋葉原事件の裁判に行くたびに会ったのが中島岳志さん。その時にこの事件の取材をしていることは聞いていた。

 裁判で、私にとってもっとも不可解だったのは、加藤被告が事件の動機を「なりすましや荒らしをやめてもらいたいとアピールするため」と語ったことだった。

 25歳の派遣労働者だった彼が起こした事件の動機を、裁判が始まる以前の私は「派遣労働」に代表されるような不安定さや使い捨て労働といったものに求めていた。しかし、彼は派遣切りなどは事件の動機ではなく、また自らを「ブサイク」と書いていたことなども自虐ネタだったと述べ、「なりすましや荒らし」が動機だったと語ったのだ。そんな「なりすまし」について、彼は裁判でこう語っている。

 「たとえば、自分の家に帰ると、自分とそっくりな人がいて自分として生活している。家族もそれに気づかない。そこに私が帰宅して、家族からは私がニセものと思われてしまうような状態です」

 今年2月に行った裁判でも、この言葉が弁護士によって(「なりすまし」の説明として)語られた。ちなみにその時の私は、星野智幸氏の『俺俺』を読んだ直後だった。読んだ人だったらわかると思うのだが、加藤被告が語る「なりすまし」はまさに『俺俺』的状況。時空が歪むようなめまいを感じながら、この事件について考えることの途方もなさに気が遠くなっていった。それはこの事件が私の中で決定的に「派遣労働」などの「わかりやすい物語」から「文学的な迷宮」に変わった瞬間だったように思う。そしてその迷宮の前で、私はただ立ち尽くすことしかできなかった。

 そんな迷宮からの出口を指し示してくれたのが、3月に中島さんが出版した『秋葉原事件 加藤智大の軌跡』だ。

 読みながら、あれほどわからなかった「なりすましが動機」ということが腑に落ちていった。腑に落ちたというか、加藤被告にとって携帯サイトがどれほど重要な場だったのか、そして「現実」そのものがどれほど交換可能なものだったのか、非常に理解できたのだ。一部を引用しよう。

 「加藤は、リアルな他者と『本音の関係』を構築したかった。自分の思っていることを率直に吐露しても、それをしっかりと受け止め、本当の自分を承認してくれる他者がほしかった。しかし、彼には本音を吐くことがどうしてもできなかった」

 なぜなら、職場の同僚や地元の友達に本音をぶつけて嫌われてしまうと、職場や地元を失うことになり、リスクが高いからだ。そこで携帯サイトの人間関係に「本音の関係」を見いだそうとする。

 「加藤は『本音のネタ』を書き込んだ。

―――自分の容姿へのコンプレックス、モテる男性への嫉妬心、彼女ができないことへの不満・・・。

 そんな本音を過剰にデフォルメし、ネタ化することによって『笑い』に変えた。

 しかし、この『本音のネタ』は『本心』とは異なるという。彼は、現実に『ホストクラブで自爆テロ』をしたり『ゲームセンターで楽しんでいるカップルに乱入』したりしようとしているわけではない。それはあくまでも『ネタ』であって、『本心』そのものではない。

 しかし、ときに『ネタ』を『本心』と勘違いして、説教してくる者がいる。そのような人は『ネタ』を『ベタ』と読み違える『空気を読めない人』であり、嘲笑と排除の対象だった。

 一方で、『本音』やベタな現実をそのまま書くと、『単なる不満になってしまう』。それでは、自分と価値観を共有できる人と繋がることはできない。ほしいのはアイロニーを共有する相手からのレス。大切なのは、『ネタ』を『ネタ』として認識するコードの共有。

 だから『本音のネタ』の書き込みこそが、心を開くことのできる相手との出会いを引き寄せると思われた。そして、そんな相手に『ベタ』な自分を承認してもらいたかった」

 07年に自殺を考えて青森から出た彼は、車のローンを払うのをやめていた。住んでいたアパートも夜逃げ同然だった。そのことで迷惑がかかると思い、地元の友達との連絡も絶っていた。

 「数々の職場を放棄し、場所に応じて人間関係を構築してきた加藤にとっては、リアルな人間関係や場所こそが交換可能なものに思えた。彼は一定のコミュニケーション能力があり、新しい環境への適応能力があった。そのため、リアルな現実こそが乗り換え可能な存在であり、リセット可能なものだった。

 しかし、『キュウカイ』という掲示板は代替不可能な存在だった」

 そんな掲示板に「なりすまし」が現れてしまう。取り替え不可能だと思っていたウェブ上の自己が、簡単に乗っ取られてしまったのだ。

 同時期、彼は働いていた自動車工場で解雇を告げられる。解雇はその後「延期」となり、働き続けることとなる。自分自身が「取り替え可能」な存在として生きてきた加藤被告。

 「だから、加藤自身もリアルな世界を交換可能な存在として扱った。職場なんて、イヤになったら放棄してしまえばいい」

 しかし、以前とは状況が違った。景気は悪化し、彼自身の年齢も徐々に上がっていた。家族は崩壊し、地元の友達とは連絡を絶った彼に「帰る場所」はなかった。青森に帰れば待っているのは借金取りだ。

 「代替可能なリアル、代替不可能なウェブ」という反転した世界にいた彼は、「リアルな世界でも追い詰められてい」く。

 そんな状態の彼が直面したのが「ツナギ事件」だったのだ。

 そこから事件を起こす直前の「時間です」という最後の書き込みまでを、私たちはよく知っている。

 この原稿を途中まで読んで、彼の振る舞いを「とても他人事ではない」と感じた人は、決して少なくないのではないだろうか。かくいう私も、この本を読みながら、あちこちに20代の頃の自分の姿が浮かんだ。また、「コードの共有」は今の私にとってももっとも大きな対人関係の基礎だ。それを共有できない人とのコミュニケーションは苦痛でしかない、と感じる人は多いはずだ。

 この本は、事件の背景を一言で言い当てるものではない。原因はもちろんひとつではない。ただ、「わかりやすさ」を求めるメディアに警鐘を鳴らし続けてきた中島氏ならではの、様々な角度からの丁寧な取材が積み重ねられている。

 この本を読み終わった数日後、映画『悪人』を観た。その時に強烈に思い出したのは、本書で描かれた加藤被告の軌跡だった。

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