IDEOのディープダイブと呼ばれる新しい発想や製品を生むための手法だ。
- その市場、クライアント、テクノロジーを理解し、そして与えられた問題に関して認識されている制約事項を理解する。
- 現実の生活における人々を観察し、現在提供されている製品やサービスでは満たされていない潜在ニーズがどこにあるかを探し出す。
- それまでになかった新しいコンセプトとそれを使うであろう顧客を視覚化する。
- プロトタイプを評価し洗練することを何回も素早く繰り返す。
- 新しいコンセプトを市場に出すために製品化する。
実は、こんな回りくどいことをしなくても新しい製品を生む方法がもう一つある。それはIDEOの最初の3つのステップをすっとばして「自分がほんとうに欲しいものを作る」という方法だ。
これはGoPro HEROを作ったNick Woodmanが成功したやり方だ。すでにネット上で語り尽くされているGoProのサクセスストーリーだが、このビデオ"GoPro's video revolution"を見たことのない方は一度ゆっくり見てほしい。2013年11月に放送されたCBS NEWSのビデオだが、映像だけを見ているだけでもGoProの成功の過程が理解できると思う。
このGoPro社(以前はWoodman Labs社)は2014年5月19日に米ナスダック市場への上場を申請した。そこで公開された資料によるとGoPro HEROシリーズの出荷台数は2011年114万台、2012年231万台、2013年384万台となっている。前後して発表されたソニーの業績資料によるとソニーのビデオカメラは、対称的に2012年370万台、2013年230万台となっているから、昨年にGoPro社が台数ベースでソニーを抜いてビデオカメラ市場のトップに躍り出たことになる。GoProは製品単価が安いので売り上げ金額ではソニーのほうが大きいかもしれないが、ソニーは利益がほとんどでていないだろう。ソニーの資料には減収の原因を「市場の縮小の影響を受けた」とするコメントがある。ソニーに限らず、その市場のNo.1企業が市場の縮小を不可抗力のように言うのはなさけない。それを手をこまねいてただ見ていたのか、と株主なら言いたいところだろうう。ソニーはWalkmanで学習することなくHANDYCAMというブランドも新たに市場に参入してきた企業によって価値を奪われてしまうのだろうか。かつてのソニーファンとしてはなんとも残念だ。そう書いて考えてみると、大枚をはたいて買ったXBA-BT75というBluetoothイヤホンが一年ちょっとで左側から音が出なくなり、修理代が購入価格の半分ぐらいかかると言われて捨ててしまったので、僕の家からソニー製品が完全に無くなってしまっている。
ソニーをはじめとして国内のビデオカメラメーカーが、GoProと同様のコンセプトのビデオカメラを市場に投入している。GoProのハードやソフトに特別に新しい技術が使われているということはないので機能的にはGoProと同様もしくはそれ以上のものを作ることはさほど難しいことではない。それはもちろんGoPro社にとっても大きな脅威であることは間違いない。しかし、CBS NEWSのビデオを見ていると日本の既存のビデオカメラメーカーには真似できないところが2つあることがわかる。
その1つはマーケティングのやり方だ。
Nick Woodmanは2002年にWoodman Labs社を創業したとなっているが、デジタルカメラを発売するのは2007年になる。創業当初は、CBS NEWSのビデオにあるように防水ケースに入ったレンズ付きフィルムカメラを腕に固定するバンドを作って売っていた。Nick Woodmanはサーフィンが大好きで、仲間たちが苦労して腕に括り付けたカメラで自分たちのライディング(波に乗ること)を撮影しているのをみて専用のバンドを作ることを思いついたそうだ。
カメラを腕に固定するためのバンドを作ることからデジタルカメラを作ることまでには大きな飛躍があるが、Nick Woodmanは元来の起業家だったのだろう。そしてサーフィンのすごい写真を撮れるようなカメラが欲しいという特別な情熱を持ち続けた。2010年にハイビジョン撮影が可能なGoPro HEROを発売したとき、Woodman Labs社は7人ほどの社員でハードウェアとソフトウェアの開発を行い台湾のメーカーに生産を委託していたという。(生産委託先の記述に誤りがありましたので訂正しました。)
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画像はGoProマスターディストリビューター(日本総代理店)株式会社タジマモーターコーポレーションのサイトから引用させていただいた。
最初のデジタルカメラであるGoPro Digital HERO3もサーフィンのために腕に巻き付けるバンド付きのウェアラブルなモデルだった。そこにはウェアラブルでなければならないという必然性があった。まずは口コミやサーフショップに置いてもらうことによってサーファーの間で評判になって広がっていったのだろう。
CBS NEWSのビデオで語られているエピソードだが、Nick Woodmanが生徒として通っていたレースドライビングのスクールで、彼がレーシングカーにバンドを外したGoProを取り付けて自分のドライビングを撮影する様子に他の生徒たちが興味を持ち、撮影された映像を見て皆おどろきの声を上げたという。そしてNick Woodman自身も、GoProを腕から外してどこにでも取り付けられるカメラとしての可能性に気づいた。
それからありとあらゆるものにGoProを取り付け、それまでに見たことがないGoProでしか撮れない映像を拡散させることに注力した。いろいろな分野のプロのアスリートと契約して自分のアクティビティの様子を撮影してもらったり、一般の人たちが撮影してYouTubeで公開した驚きの映像をさらに拡散させる取り組みを行った。GoProはすでにウェアラブルという狭い領域をはるかに超えてしまっている。人々はGoProを犬と遊ぶための棒に括り付けたり、フラフープにつけたり、風船につけて飛ばしたりして楽しんでいる。ときには鳥のウェアラブルだったりもする。
カメラで撮った映像がそのカメラ自体のマーケティングのためのコンテンツとなる。ユーザーが撮った映像コンテンツ(UGC)を公開し拡散させるだけでカメラを宣伝につながる。携帯ミュージックプレイヤーや多くのガジェットはコンテンツを消費するデバイスであるが、カメラはコンテンツを生成する数少ないデバイスだ。
これはたき火に風を送るようなマーケティングだ。薪(新しいユーザー)は、たき火の火を見て集まってくる。その新しいユーザーに火が付き、GoProを使って自分の趣味や独自のアイデアによる映像を公開し市場(用途)が拡大する。GoPro社はその火がどんどん燃えるように強さや方向を考えながら風を送ればいい。そして時々、よく燃える薪(契約したプロの映像)を焼べてやる。
だからといって、GoProのマーケティングのやり方に「ナントカ・マーケティング」とかの名前をつけて他の製品のマーケティング応用しようとするのはナンセンスだ。いやすでにマーケティングは、製品やサービスの特性ごとに、そしてそのステージによって独自の方法を考えだしてゆくものになっている。昔のようにTVや雑誌などの媒体の限られたスペースや時間を独占するマーケティング会社にお任せではいくらお金をつぎ込んでも昔のような効果は期待できない。
GoPro社は、契約するプロのアスリートや一般のユーザーたちと非常に密なコミュニケーションをとっている。一般のユーザーがYouTubeなどに投稿する映像もこまめにチェックし、面白い映像があればそれを拡散させ、ときにはGoProの宣伝に使ったりもしている。そう、たき火に風を送っている。
これは単に製品の宣伝ということだけでなく、これらの取り組みによってユーザーのニーズを肌で感じることができる。ユーザーと一体になって商品開発を行っているようなものだ。
もう1つ日本の既存のビデオカメラメーカーには真似できないのは「自分がほんとうに欲しいものを作る」というところだ。もちろんこれはビデオカメラメーカーに限ったことではない。Nick Woodmanは自分もサーファーだから、自分が欲しいものを作ればサーファーがきっと買ってくれるという確信があった。しかし、普通の企業では「ターゲットはサーファーです。僕はサーファーだから自分が欲しいものをつくれば必ずサーファーに売れるはずです。」ではきっと企画が通らない。当たり障りのないあやふやなターゲット像が設定され、それでもなお「誰でも使えるように」という矛盾した要件も追加される。そして自社が持つ技術をすべてつぎ込んだ製品が市場に投入されるが、ユーザーは限られた機能しか使わないので、結局、他社の製品との差別化にはならない。
あるいは逆に変わっていることだけが特徴の、誰がどのように使うのかがまったくイメージできない製品を発表して、自社のチャレンジ精神をアピールしたりする。例えばレンズだけのカメラのような。ほんとうに自分が欲しかったものだという情熱を持って、その開発や企画に関わっている人はいたのだろうか。
もちろん、それまでになかったモノが市場に提供されたとき、はじめは人々はその価値を理解できず市場に受け入れられるまでに時間がかかることは多い。しかし、その提供者が明確なターゲット像をイメージし、そのターゲットにとってなくてはならないモノになると信じていないとしたら、他の誰かがその隠された価値を見つけてくれるという都合のいい奇跡はきっと起きない。
「自分がほんとうに欲しいもの」あるいは「こんな人にとってなくてはならない(Must Haveな)モノになるはずだ」という情熱を持って、そのターゲットの思いを積み上げていくプロセスが、それまでになかった新しい価値を生み出し人々の共感を得て、提供者が想定していなかった価値をもその人々が創り始める。
そんな仕事をしてみたいものだ。