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人口動態、長期金利、定常不況

前回のエントリーと順序が逆になってしまったが、今回は人口動態、特に「人口増加の鈍化」が定常不況(或いは長期停滞)を引き起こす過程について少し考察しておきたい。


まず人口増加の鈍化が経済に与える影響については、前回に続きクルーグマンのエントリーから引用すると
経済学者アルヴィン・ハンセンが「長期停滞」(secular stagnation) の概念をはじめて提案したとき,彼は投資需要の低迷に人口増加の鈍化が果たす役割を強調した
おおむね完全雇用を達成するには,経済は十分な支出をしてその潜在力を使う必要がある.でも,支出の重要な要素である投資は,「加速効果」に影響を受ける:つまり,新規投資の需要を左右するのは経済の成長率であって,目下の産出水準じゃない.ということは,もし人口増加の鈍化によって成長が鈍れば,投資需要も減少する――そうなれば,経済は永続に近い不況に追い込まれてしまう.
さて,これへの対処はかんたんなはずだとは言える.十分に金利を下げてやれば,人口増加が鈍化してても投資需要を維持できる.問題は,必要な実質金利は安全な資産ではマイナスになってしまうかもしれないってこと.すると,十分に金利を下げられるのは,十分なインフレがあるときにかぎられるってことになる――で,そうしようとなると,今度は物価安定に対するイデオロギー的なコミットメントにぶつかるハメになる.
という事になる(赤線は筆者)。

で、なぜこれが定常不況に繋がるかと言えば、一言でいえばこの均衡実質金利が低下幅が潜在成長率の低下幅を上回ることによって金融緩和無しでは「実質金利>均衡実質金利」の状態がノーマルとなってしまうためだと筆者は考えている。以下、長期金利に焦点をあててこの点につき少し説明してみる。


一般に長期金利は

  • 長期金利 = 期待潜在成長率 + 期待インフレ率 + リスクプレミアム

であらわされる水準に落ち着くとされる。 そして長期では通常「期待潜在成長率 ≒ 均衡実質金利」となるため、この水準では完全雇用下でかつインフレ率が上がりも下がりもしない状態が持続することが期待できる(もちろん常にではないが)。


しかし、人口増加の鈍化が需要の減少を通じて均衡実質金利を押し下げるとすれば、この「期待潜在成長率 ≒ 均衡実質金利」の関係は大きく崩れることになる。 潜在成長率はざっくり言えば供給能力サイドから決まるため、人口増加が鈍化しただけではマイナスにならないが、クルーグマンが指摘するように需要サイドの影響を強く受ける均衡実質金利はマイナスになりうるし、たとえマイナスにならなくても上記の関係は継続的に「均衡実質金利 < 期待潜在成長率」となりうる。

そして、このような状態となると、「長期金利 = 期待潜在成長率 + 期待インフレ率 + リスクプレミアム」の水準は「実質金利>均衡実質金利」となり景気に対して抑制的となって不完全雇用化し、期待インフレ率も下落しはじめる。 しかも、景気に対して刺激的な水準まで実質金利を下げるためには上記の例で言えば(期待潜在成長率 - 均衡実質金利)分、実質金利を引き下げねばならず 例えば潜在成長率が1%、均衡実質金利が-2%とすれば3%分の引き下げが必要となり、最初のインフレ率/長期金利水準が低い国が政策金利の引き下げで対応した場合、ディスインフレを伴いつつ名目金利のゼロ下限にぶつかることになる。

この名目金利のゼロ下限に対する一つの対応策がリフレ政策による期待インフレ率の押し上げということになるのだろうが、リフレ政策による期待インフレ率の押し上げ自体がどのような経路によるものか不明なことは一先ず無視し、仮にその点についてはうまく機能すると仮定してもいくつか大きな問題が残る。(ちなみにこの先は前回のエントリーと被っています) 

確かに不完全雇用下であれば期待インフレ率の上昇が全く同じ率だけ名目金利を押し上げることにはならないと考えられており、一時的に実質金利を押し下げること自体は可能と考えられるが、仮に期待インフレ率を上昇させることによって実質金利を均衡実質金利まで一時的に引き下げることができたとしても、問題はその状態が安定的ではないことである。 

つまり潜在成長率 1%, 均衡実質金利 -2%の時に、金融緩和で期待インフレ率を高めに誘導して長期金利 1%, 期待インフレ率3%の状態を 一時的に達成したとしても、その時の長期金利は「期待潜在成長率 + 期待インフレ率 + リスクプレミアム」を大きく下回っており、金融政策が中立的となれば、長期金利は「期待潜在成長率 + 期待インフレ率 + リスクプレミアム」に向けて上昇していくことになる。 この時、期待インフレ率が3%のままでは、「実質金利>均衡実質金利」の状態へと逆戻りしてしまうため、せっかく達成した均衡実質金利を維持するためには更に金融緩和を行って長期金利の上昇を抑えるか、期待インフレ率を更に高めに誘導していく必要があることになるわけであるが、いずれにせよ、この状態から更に金融緩和が継続されれば期待インフレ率は上がるわけで、結局追いかけてくる名目金利から逃げるように期待インフレ率を上昇させ続けなければ一定の均衡実質金利を維持し続けることが出来なくなるし、そもそも普通は中央銀行のバランスシート拡大には限界があり、すぐにこんなことを続けてはいられなくなる。

もう一つの大きな懸念は、実質金利を均衡実質金利(<潜在成長率)まで引き下げる過程において、名目成長率>長期金利となることである。 以下のリンク先の記事にもあるように、この状況は財政再建などには非常に都合がよい側面もあるが、過去の似た局面では資産バブルにつながった例が多い。この場合、実質金利の引き下げが投資需要を刺激して完全雇用を達成する水準に至る前に、資産バブルが発生して「雇用なき景気回復」という事になるわけである。

ちらつくバブルの芽? 日米独の成長率、長期金利上回る

http://www.nikkei.com/article/DGXNZO71772630W4A520C1SHA000/


尚、少し読めば分かるように、この考察のポイントは、長期金利が本当に「期待潜在成長率 + 期待インフレ率 + リスクプレミアム」に向かうかどうかという点になるが、別にこの水準に向かわなくても、長期金利が期待インフレ率を大きく下回る水準が継続的な金融緩和抜きで成り立たないのであれば、考察の筋立てには影響がない。 つまり期待インフレ率が3%の時に長期金利1%の国債が安定して売れ続けるのであれば、負の均衡実質金利(<潜在成長率)も安定して継続が可能かもしれないが、国内投資や国内の安全資産の購入以外に国外の安全資産や実物資産の購入という選択肢がある以上、そのような状態が長期にわたって安定して続くことはないというのが筆者の理解である。

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