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書評:「英語と運命」 中津燎子・著

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英語と運命画像を見る」 中津燎子 (Amazon)

まことに面白くてインパクトの強い、しかし、ある意味で不思議な本である。

著者・中津燎子氏の最初の本「なんで英語やるの?画像を見る」(1974)は、わたしが若い頃読んで、最も影響を受けた本の一つであった。出版された時、日本の英語教育界に与えた衝撃の大きさは、今ではちょっと想像がつきにくいほどだ(大宅壮一賞を受賞した)。また、この人の「こども・外国・外国語画像を見る」 (1979)は、やや目立ちにくいが、最良の作品だと思う。日本社会における、帰国子女の知られざる困難について、はじめて具体的に記述した、深く胸を打つノンフィクションであった。

本書はその、大正15年生まれの著者の、78歳の時の著作である。「つきあい続けて日が暮れて」というちょっと奇妙な副題が示すとおり、これは日本語と英語という二つの文化のギャップと摩擦についての論考であるのと同時に、著者の自伝としての色彩も濃い本だ。だが中身は真っ当であり、わたし達にとって非常に重要である。日本語と英語、日本国と米国とのギャップで長年奮戦してきた著者の、思想の吐露の結実だといえよう。

「なんで英語やるの?」というデビュー作で、著者は「なぜ、日本人なのに英語を勉強するのか?」という、とてもラディカルな問いをたてた。普通、生徒は「学校の指示だから」「義務だから」勉強せよ、との大人の指示に従う。では、大人の側は、なぜ、英語の学習を子ども達に要求するのか? ひるがえって、大人たちはなぜ(たとえば)英会話を学びたいのか?

進学や就職に有利だから、何となくカッコいいから、つまり、他人もやっているから当然、という程度の理由しか、通常はかえってこない。では、言語は第一義に音声的な存在であるのに、なぜこの国では「読み書き」と「英会話」が分断されているのか? 英語は子音にも母音にも息の量が必要なのに、なぜ、腹式呼吸や喉頭筋のトレーニングをしないのか?——こう、著者はたたみかける。もちろん、誰からも答えなど返ってこない。

なぜなら、そもそも、自分の行動に「なぜ」を発する習慣、理由を問いかけ説明する習慣が、わたし達の社会では薄いからだ。英語圏ではもっとも基本的なこの習慣が薄いまま、ただ「英語」だけを学ぼうとするのは、土台や基礎のないところに建物を移設するのと同じではないか。どこか根本が、見失われている。それが「なんで英語やるの?」の問いかけだったと、わたしは思った。

「こども・外国・外国語」は日本に戻ってきた帰国子女たちが直面する、知られざる困難、生きる上での猛烈な困難について書いた本だ。なぜ、困難なのか? それは、日本社会が無意識にとっている、人間関係とコミュニケーションに対する態度(とくに欧米系文化との差)のためである。父母の都合で、欧米系の教育環境ですごした子ども達は、知らないうちに、欧米的なコミュニケーションへの態度を、空気のように吸い込んで育つ。そして、日本社会に戻るやいなや、水の中に突き落とされるように、ねっちりと濃密な非言語的関係性の中に放り込まれる。見かけ上は、「外国語が上手でいいわね」といわれながら、日常では強い違和感と疎外にさいなまれる。だが、日本社会の側では、その隠微な差別を自覚していない。すべては無意識に行われており、意識と乖離している点に根本問題があるのだ。

本書は、前述したように、自伝的要素が強く、論考と自伝が、互い違いにサンドイッチのようになって構成されている。大正末年生まれのこの人は、女性差別的で暴力的な、それも予測しがたい時にキレる父親に育てられた(この点、先ごろ紹介した姫野カオルコ「昭和の犬画像を見る」の境遇にちょっと似ている)。父は通訳で、そのため戦前のスターリン時代のウラジオストック(外地)で幼少の頃、育った。そして九州の保守的な土地柄の村に戻って、敗戦を迎える。つまりこの人自身が、帰国子女の草分けなのだ。

敗戦を機に、大人たちの言うことが、180度変わる。このことに対し、著者は終生、強い憤りと不信をいだくことになる。彼女は生活のため、福岡の米軍の電話局で、交換手として働く。そしてそこで、日系二世・ジェームズ山城氏に英語発音の基礎訓練を受ける。このジェームズ山城式訓練は「なんで英語やるの?」にも出てくるが、4メートル離れて背を向けて座っている山城氏に向かって、米国の小学生の英語教科書を朗読していき、彼が聞き取れなかったら「ノー」といってやり直しになる、という単純至極な(しかしある意味、逃げ場のない真剣勝負的な)訓練法であった。

そして、朝鮮戦争がはじまる。本書の中でも、この部分は恐ろしいほどの臨場感である。福岡にある米軍の電話局は、対応と出撃のための通信のハブとなってしまう。米軍は明らかに戦争準備ができていなかった、と彼女は見る。事実、投入した部隊は次々と全滅していく。そして釜山が陥落したとき、つぎは福岡だ、と職場にいた彼女たちは思う。

結局、戦争自体は38度線まで押し返して膠着状態のまま終わるわけであるが、この朝鮮戦争では、「(特需の)経済効果のほかに、朝鮮動乱以後で明らかに占領軍政府側が日本人全般を見る目が変わった。何かしら『信頼』に似た感情を持ったように見えた」(p.135)と書いている。開戦直後の大混乱のスキを狙ってクーデターを企てた、旧日本軍のグループもいなかった(米軍はこのリスクを本気で心配していた)。

その後、著者はカトリック神父たちの計らいで渡米・留学。シカゴで商業美術を学び,現地で日本人と結婚し、9年後に帰国する。そして帰国後、岩手で子ども相手に型破りな英語教室をはじめる。このときの奮戦記が「なんで英語やるの?」という本になるのだ。その後、南大阪に移った著者は、そこを拠点に大人向けの「未来塾」を展開しはじめる。だが成人教育の成果に次第に疑問を感じ、結局、'99年に「未来塾」を閉鎖する(それと前後して心臓病をわずらい、一線の活動から身を引くことになった)。

著者の考える、日本語と英語の最大の違いとは何か。それは、
「1.モノスゴイ破裂の子音と、息で作る短母音の存在
 2.スピーチという名称で一括されている、言語による闘争の存在」(p.150)
だと書いている。まず、この認識自体が、普通の英語教育者とぜんぜん違う。そして彼女は、この二点を乗り越えるための成人訓練をはじめたのである。それは、彼女自身が福岡の米軍電話局で実践し学び取ってきたことだった。

それにしても、なぜ日本には熱心な英語学習意欲を持った人が多いのに、日本の英語教育の成果は思わしくないのか? 本書の残り半分は、この問いをめぐって展開する。成人への英語教育を通じて見えてきた、現在の日本人の問題点である。

その多くは、意識されざる障害であった。たとえば、英語のスピーチの前に、日本人は日本語のスピーチができない(カリキュラムでは英語の前に日本語によるスピーチを課した)。まず、「紹介すべき事実の概要と、意見と感想が区別されない。次に、自分の言いたいことを単刀直入に言えない。おまけに、時間配分の概念がほとんどない」(p.309-310)。意見と感想がつねに強すぎる「感情」で結ばれ,一体化していて、しかもその事を全く自覚できない、という(p.310-311)。

発声や呼吸は、意識と身体を結ぶ領域なのに、ほとんどの受講生は、自分の身体を意識(対象化・客観視)することができないのも、大きな障害だった。 みな、言語を、単なる道具だと見ている。その根底にある文化的差違について無自覚なのである。最後に子どもの教育に戻ろうとした著者にとって、成人教育は、「日本人の大部分にとって英語学習とは、気分が良くなるためのシアワセ丸薬みたいなもの」(p.331)という苦い認識を残したようであった。

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