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精神病棟転換型施設を巡る「現実的議論」なるものの「うさん臭さ」 - 竹端寛

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「病院内」という問題の本質

では、「病院が病床を減らしても食べていけるような裏付け」として、どのような「論理」が構築されようとしているのであろうか。その象徴として、精神障害者の地域生活支援に携わってきたソーシャルワーカーである岩上洋一氏(NPO法人じりつ代表)が、この検討会上で提起した、次の発言を見てみよう。

長期在院者への地域生活への移行に力を注ぐ。また、入院している人たちの意向を踏まえた上で、いろいろ御議論があることとは思いますが、病棟転換型居住系施設、例えば介護精神型施設、宿泊型自立訓練、グループホーム、アパート等への転換について、時限的であることも含めて早急に議論していく必要があると思います。

最善とは言えないまでも、病院で死ぬということと病院内の敷地にある自分の部屋で死ぬことには大きな違いがあると考えるからです。

(第6回精神障害者に対する医療の提供を確保するための指針等に関する検討会議事録)

「病院で死ぬ」とは、病棟の自分の居室で死ぬ、ということである。一方、「病院内の敷地にある自分の部屋で死ぬこと」とは、病棟を建て直した部屋で暮らして死ぬ、ということである。病院側にとっては、病棟改築で対応出来るので「食べていけるような裏付け」にもなる。

だが、これは「大きな違い」ではない、と筆者は考える。その理由は、入院患者さんの視点(収容されてきた側の内在的論理)に立って見るとよくわかる。以下に示すのは、精神科病院に入院中の患者から寄せられた「声」の一部である[*5]。

[*5] これはNPO大阪精神医療人権センターが行っている電話相談で聞かれた「声」である。http://www.psy-jinken-osaka.org/ この「声」については、拙著で分析している。『権利擁護が支援を変える-セルフアドボカシーから虐待防止まで』(現代書館)。

・しょっちゅう保護室にいれられている。保護室の使われ方に疑問を感じるが、どこに聞けばよいのかわからない。

・任意入院。退院させてもらえない。「今はまだ退院の段階ではない」の一点張り

・退院したいが、主治医が「一生ここにいたらよい」と言う。

・「退院したいと言うのなら医療保護入院に替える」と言われた。

これらの「声」が意味すること、それは、入院患者にとって精神科病院という場所は、絶対的な権力を持つ人の支配下から逃れられず、自由が制限され、これらを受け入れざるを得ない環境である、という実感である。誰しも、望んで長期入院している訳ではない。病院は治療の場なのだから、治療が終われば、即座に退院したい。ところが、この日本では、「家族が受け入れないから」「地域に受け皿がないから」「まだ退院の段階ではないから」という理由をつけて、退院の望みは退けられ、地域生活を諦めさせられてきた人がたくさんいる。その諦めや絶望的な境遇の中で、長期間、病院での生活を余儀なくさせられてきた。これは、「学習性無力感(learned helplessness)」とも呼ばれている。強いられた暮らしの中で、「無力」が社会的に構築されてきているのである。

そんな「学習性無力感」にある長期社会的入院患者にとって、精神病棟から病院内の福祉施設に変わっても、病院の敷地内にあり、病院と同じ法人(または関連法人)が経営している場所であれば、本人にとっては単に入っている病棟が変わった、という認識である。大切なのは、本人がその「学習性無力感」を脱する為の支援だが、それは「諦めさせられた、強いられた環境での暮らし」から抜け出す支援とセットになっている。つまり、病院の「外」に出ないと、この「学習性無力感」はなくならないのだ。

上記のことは、実は岩上氏自身、よくわかっている「はず」である。なぜなら、彼自身が、長期入院患者の退院支援に取り組み、「患者さんの退院促進は退院のための退院ではなく、患者さんの希望を取り戻すための退院でなくてはならない」[*6]とまで言っている。

[*6] http://www.nisseikyo.or.jp/about/katsudou/katsudouhoukoku/640.html

精神科病院の敷地内に作る入所施設への退院は、岩上氏の言葉を借りて言えば、「退院のための退院」である。この問題点は、それでは「学習性無力感」から脱する事が出来ないことだ。「患者さんの希望を取り戻す」退院とは、病院の支配下という「無力感」が構築される環境から外れ、地域で暮らし始める事によって、初めて獲得されるものである。岩上氏は、ある種自己矛盾する発言をしている。ここには、何らかの「妥協」なり「意図」が感じられる。病院-厚労省の癒着・固着関係と軌を一にする何らかの「意図」が。

病棟の「有効活用」?

その「意図」の具現化として、5月20日の検討会では、これまで議論に出てこなかった新たな概念が、厚労省の論点整理の中でさりげなく、入れられていた。ちなみに、中央官僚が審議会で出す論点整理なるものは、議論全体の論点を「整理」する風を装って、実は自分達が持って行きたい議論の方向性を示すだけの、お手盛り論点整理である場合が少なくない[*7]。今回の論点整理も、多分にその傾向が見られる。それは、この新たな概念をみれば、わかる。

[*7] 国の審議会の構造的問題については、以前シノドスに次のように書いた事がある。「誰を呼んで、どのような議論をさせるのか、の主導権はあくまでも官僚側が握っている。ゆえに、厚労省がコントロールできる範囲での議論が展開され、ときとして国の都合の良いように「まとめ」が修正された上で、答申される。ここから、御用学者やアリバイ審議会、なる批判が出てくる」http://synodos.jp/welfare/1805/3

「生活の場」に近い病床

<論点>

※「生活の場」に近い病床、患者が退院した病床をどうするか。

※急性期等必要な医療への資源集中のためにどうするか。

※なぜ、長期入院精神障害者の住まいの確保が難しいのか。

本来、病院のベッド(=病床)とは、治療が必要な人のためのベッドのはずだ。それが「生活の場に近い」とは、一体何を意味するのか。一言でいうなら、入院する必要がない人の「病床」である。そこが、「生活の場」として機能している実態がある人のベッドだ。普通に考えれば、地域で住まいを確保し、その病床を削減すればよい。なのに、最初から「長期入院精神障害者の住まいの確保が難しい」と結論づけた上で[*8]、「「生活の場」に近い病床、患者が退院した病床をどうするか」と、既得権益保持者のご都合を心配する。そして5月29日の検討会では、このストーリーを「具体化」する為に、厚労省は「これまでの議論を踏まえた整理」なるものを提示した。

[*8] 「長期入院精神障害者の住まいの確保が難しい」というのが、医療関係者の思い込みであることは、実は本文でも引用した5月20日の作業チームに参考人として呼ばれた、「不動産屋のおばちゃん」阪井ひとみさんの資料を見れば一目でわかる。彼女は、アパートの大家という福祉専門家ではない「民間」の立場から、生活保護を利用する元入院患者が安心して暮らせる居住支援の仕組みを創り上げ、岡山で450人の精神障害者に住宅提供を行ってきた。こういうイノベーションが全国に広まれば、住まいの場の確保は格段に進むはずである。

<不必要となった病床の有効活用について>

不必要となった病床の有効活用については、以下の場合が考えられるが、ここでは、(2)のアについて議論してはどうか? (略)

(2)医療等を提供する施設以外としての活用  ア、居住の場

不必要となった病床を削減し、病院資源を医療等を提供する施設以外の居住の場として有効活用する場合、どういう条件を設定することが適切か?

ワープロ業者が「食べていけるような裏付け」として、使われなくなった敷地の「有効活用」まで、国がご丁寧に考えてくださる。そんなことは普通の業界ではあり得ない。故にこの「政策誘導」には、かなりの「配慮」と「恣意性」が見られる。

「不必要となった病床を削減」=Aとし、「病院資源を医療等を提供する施設以外の居住の場として有効活用」=Bとしよう。国の論理は、「A and Bの条件は?」という問いである。だが、AとBは本来、全く違う問題である。もちろんAについて国は責任を持つべきだが、Bについては、本来なら民間事業者の敷地の「有効活用」にまで、国が親切に段取りするべき問題ではない。なのに、国はAとBのセットを暗黙の前提にしている。ここからは、民間病院の病床削減には、「病院資源の有効活用」=「食べていけるような裏付け」が必要不可欠だ、という厚労省の「配慮」や「恣意性」を感じる。

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