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エジプトの大統領選挙(若干の感慨)

エジプトでは3日ムルシ―大統領の圧倒的勝利が公式に発表されましたが、同時に一部の政党(勿論ムスリム同胞団は含まれていない)は議会選挙のボイコットの議論や、新しい議会での連携の議論を始めたとal arabiya net 等が報じていました。

シーシ統治下のエジプトは軍の支持と支援を背景に、圧倒的に強力な大統領が支配し、無力な野党(今後シーシも与党の結成など図るのでしょうね?)がぶつぶつと愚痴るという、ナセル大統領以来の伝統的な政治が復活することが想定されますが、取り敢えずこの歴史的な??日に当たり、若干の感慨など記しておきます。

我ながら如何にもパンチのないコメントだと思いますので、お暇な人以外は読み飛ばされる方が良いかもしれません。

軍を背景にした強力な大統領と言う点では、ナセルからムバラクまでの歴代のエジプトの政治と比較できるが、若干の点で矢張り独自の特徴があるように思われる。

先ず、ムスリム同胞団を非合法化し、死刑判決を含む苛烈な弾圧を加えているところは、ナセル時代のエジプトを想起させられるが、この様なムスリム同胞団に対する敵視政策は、次のサダトの下で、徐々に緩和され、先ずは社会活動が認められ、次いで政党の結成は認められないが、同胞団員が他の政党の一員として立候補することは認められることになり、正確な時期は忘れたが、サダトの末期かムバラク時代になって、政党としても政治活動も認められる方向に動いていき、ムバラク政権崩壊後はムルシ―政権ができるまでに至った。

その意味で、現在の政権が同胞団を非合法化し、徹底的に弾圧する姿勢を示していることは、いわばナセル時代に里帰りしたわけであるが、特にその後の政権が同胞団を敵視するだけでは、まともな政治が行えなく、ある意味では同胞団をエジプトの政治プロセスに組み込もうとした、歴史が完全に無視されているように思われる。

もし、過去の歴史が何らかの教訓となるのであれば、恐らく今後うよ曲折の揚句、シーシかその後継者も同胞団を政治プロセスに組み込む必要性を感じる時期が来るのではないか?

もちろんそのような時期まで、同胞団と言う組織がなんらかの形で存続して行くことが前提ではあるが、ナセル時代にサイイド・コトブ等が処刑され、20000人以上の団員が刑務所に入れられていたにもかかわらず、しぶとく生き残り、社会活動等を通じて同胞団が復活したこと、又貧困層には根強い支持があること(今回もこれだけ痛めつけられながら、以前よりは活動に参加する人間が減ったとはいえ、これまでも抗議運動を続けていられることは、その根強い力を見せているように思われる)が前提だが、現在のエジプトのみならずアラブ世界に見られるイスラム回帰現象に鑑みれば、今後ともその影響力は残ると考えた方が良いと思われる。

現在までのところ、政権側の主張にもかかわらず、同胞団関係者がansar beit al maqdis のメンバーであったり、具体的なテロ行動を行っているとの具体的証拠は出てきていないように思われるが、同胞団に関しては、むしろ今後同胞団の過激分子が組織を離れて過激派組織を作ったり、過激派組織に参加する危険性の方が大きいように思われる。

これもまた歴史的前例があり、同胞団が政治活動を通じてのイスラム国家の樹立という路線へ傾いて行ったことに反発した、強硬な連中が同胞団から離れて過激組織を結成し、エジプト内で激しいテロ活動を行い、当局と激しい闘争を繰り広げたことはよく知られている。

次に政権と軍部との関係だが、現在の政権を支えているのは基本的に軍部であると思われる。
これにムバラク時代からの司法組織、警察組織、旧与党の組織がこれを支え、その周辺には都市の上流、中流階級、インテリ階級があると思われるが、実力を有する組織をしては軍であり、軍が支えているから、その他の組織、人間もシーシの周りに集まっているという構図になっている者と思われる。

現在、旧与党組織がどうなっていて、彼らがどの程度実質的活動をしているかは不明であるが、ムバラク時代にも基本的には独裁者としてのムバラクの行動にお墨付きを与える役割程度を果たしていた、旧与党がクーデター後のエジプト政治で主導的役割を演じているとは考えにくい・

要するに現在のエジプトは軍部(彼らはナセル時代以来、知事、与党等を通じて政治掌握するとともに、無数の軍関係企業を通じて経済さえ支配している)がシーシと言う独裁者を支える、と言うナセル以来の伝統的なスタイルであることは否定できないと思われる。

しかし、軍が直接政治の隅々まで差配することは困難で、何らかの形での政治組織が必要となることは、これまた歴史が示している通りである。
このためナセルは一党独裁のアラブ社会主義連合arab socialist union を作り、それを統治の機構としたが、一党独裁の例にもれず、非常に独善的かつ非能率で、統治機構としては不十分であったので、その後サダトの時代を通じてunion は政党に衣替えして、又種々の試行錯誤を通じて、多党制へ移行しようとしていた。

但し、ムバラクの末期になってもエジプト政治が、まともな多党制になったわけではなく、あくまでも強大な大統領とそれを支える与党、貧弱で無力な野党という組み合わせの独裁政治体制であった訳で、それがムバラク政権の崩壊をもたらした最大の要因ではないかと考えられる。

生涯軍人であったシーシが、本当に民主主義政治を指向していると言う兆候は、(少なくとも現在のところは)見当たらず、恐らく従来のエジプトの伝統に従って、軍を背景にした強力な大統領と無力な議会と言うコンビを、選んでいくものと考えられるが、それにしても何らかの形での政治組織としての政党を必要としている。

一番手っとり早いのは旧与党を活用することであるが、それでは革命エジプトと言う建前に反するので、名前とか代表的な人物を差し替えながらも、実質的に旧与党を活用すると言う方向に行くのではないでしょうか。
その際、名前は政党であっても、何しろ実質的に現在のエジプトではシーシが絶対唯一の権力ですから、本質はナセル時代のASUのような存在から始まるのではないでしょうか?

ナセル時代のエジプトとの最大の違いは、対外関係だろうと思います。
最大の親ソ国であったエジプトはサダト時代に180度転換して、親米の代表になりましたが、クーデター後若干のぎくしゃくはあっても、エジプトが今後とも親欧米の国である可能性は強いと思います。

それよりも重要なことは、ナセルの時代には特にサウディやイランの様な湾岸の現状維持、金持ち、親米勢力と敵対していたエジプトが、今やサウディ等の現状維持勢力のアイドル的存在となって、その莫大な経済的支援を期待し得る立場にあることです。

又、このことはイスラム過激派との関係から言ってもエジプトにとっては極めて重要な所かと思います。
現在のエジプト政権は、クーデター問題やら人権問題などで米国とヒッチを起こし、ロシアに色目を使ったりしていますが、イスラエルとの平和条約の維持を含めて、エジプトの国益から見た合理的な対外関係を進めていく限り、現在のエジプトの立場はナセル時代のそれに比べたら、はるかに良いものと思われます。

確か、ブッシュ(父)大統領が湾岸戦争で見事な外交手腕を見せたにもかかわらず、選挙でクリントンに負けた時に、クリントンが「Stupid ! It's economy!!」と言ったと伝えられますが、矢張り人間最大の問題は食うこと、すなわち経済の良否です。

その点で、エジプトは金持ちの湾岸のお友達に恵まれているとはいえ、山積する経済の難問(失業問題等の社会問題も入るか・・)を抱えています。
今後シーシ政権が安定した船出をできるかどうかは、まさしく経済economyにかかっているのだろうと思います。

経済さえうまく回復させられれば、長期的な同胞団の影響力はともかく、取り敢えずのところは同胞団からの挑戦も物の数ではないと思われます。
逆に経済政策で失敗すれば、96・7%だったかの支持を集めたシーシも短命に終わる可能性も出てくるのではないでしょうか?

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