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サッカーワールドカップはナショナリズムの決戦場 - スポーツライター 熊崎敬

※本シリーズは、5月27日発売の「文藝春秋SPECIAL」との共同企画です。本誌掲載記事の一部を4週にわたって配信いたします。(BLOGOS編集部)
<テーマ:サッカーワールドカップ 僕らが「日の丸」に感動するのはなぜなんだろう>

世界最大のスポーツイベント、サッカーワールドカップ
国の威信を賭けた戦いは、本物の戦争を引き起こしたことも


スポーツライター 熊崎敬

 四年に一度開催されるサッカーのワールドカップは、単独競技の大会として世界最大の規模、人気を誇る。二〇〇六年ドイツ大会の全世界でのテレビ視聴者は、のべ三百億人超。これは夏季オリンピックを大きく上回る数だという。

 ワールドカップはかつて、「サッカー世界一を決める最高峰の大会」だった。かつてというのは、その座をすでにチャンピオンズリーグに明け渡したからだ。ヨーロッパのクラブ王者を決めるチャンピオンズリーグとワールドカップを比べると、試合としてのレベルが高いのは間違いなく前者だ。クラブチームは優秀な外国人を数多く補強でき、常時トレーニングしているのだから当然だろう。

 それでも、ワールドカップの熱気が衰える気配はない。それはこの大会が、ナショナリズム発揚の場となっているからだ。代表チームの戦いは国の戦い。だからこそ日頃、サッカーに興味のない人までもが過剰に反応する。

 とりわけ戦火を交えた国同士が対戦すると、ナショナリズムが剥き出しになる。

 この例で有名なのが、一九八六年メキシコ大会の準々決勝で実現したアルゼンチン対イングランド。大会四年前にフォークランド紛争を戦った両国は、試合前から激しい舌戦を繰り広げた。

 当時、アルゼンチンの主将だったマラドーナは、次のように語っている。

「イギリス人がマルビナス諸島(フォークランドのアルゼンチンでの地名)で、大勢のアルゼンチン人を殺したことは事実だ。あいつらは、小鳥を殺すように俺たちの同胞を殺した。いくらスポーツと戦争は別物だといっても、これは復讐以外の何物でもないんだ」

 マラドーナだけではない。アルゼンチンの人々は「この試合に勝ったら、優勝なんていらない」と語るほど燃え上がっていた。

 試合は二対一でアルゼンチンに凱歌が上がった。勝利の立役者は二ゴールを決めたマラドーナ。どちらも歴史に残るゴールだった。五一分の先制点はゴール前での空中戦の最中、審判を欺き左手でボールを押し込んだもの。「神の手」と騒がれたこのゴールにイングランド人が激怒すると、三分後に「これなら文句ないだろ?」とばかりにドリブルで五人の敵をごぼう抜きにして二点目を決める。ワールドカップ史上、もっとも有名な「五人抜きゴール」だ。

 アルゼンチンは七八年アルゼンチン大会と、この八六年メキシコ大会で世界一になっているが、同国のサッカー史上でもっとも偉大な勝利は、この二度の決勝ではなく、フォークランドの復讐を果たしたイングランド戦の勝利なのだ。アルゼンチンの人々がマラドーナを英雄視するのは、サッカーが抜群に上手かったからというだけではない。敗北の許されない大一番で神業をやってのけ、鼻持ちならないイングランド人のプライドを粉々に打ち砕き、国中を狂喜させたことが大きい。

多くの国々と因縁を抱えるドイツ

 歴史上、長く戦争が繰り返されたヨーロッパには、遺恨試合が無数にある。セルビア対クロアチア、イングランド対スコットランド、トルコ対ギリシャ……。中でも、もっとも多く遺恨試合を持つのがドイツだろう。イングランドやオランダなど、この国との対戦に闘志を燃えたぎらせる国は少なくない。二度の大戦での忌まわしい記憶が残っているからだ。

 ドイツとオランダがワールドカップのような大舞台で対戦すると、メディアはサッカーに限らない過去の因縁を蒸し返す。国境付近の町や村には緊張が走り、暴動すら起きることがある。

 ピッチ外が過熱すると、その熱は確実にピッチ上に伝播する。西ドイツ(現・ドイツ)が優勝を飾った九〇年イタリア大会の決勝トーナメント一回戦の対戦でも、ひと悶着あった。西ドイツが二対一でオランダを退けたのだが、オランダのライカールトと西ドイツのフェラーが揉めて、両者は退場。ピッチを退く際、ライカールトがフェラーの顔に唾を吐きかけるというスキャンダルに発展した。

 ライカールトはなぜ、ドイツ人に唾を吐きかけたのか。試合後、オランダのメディアは事の真相を追い続けたが、はっきりした答えは出なかった。ライカールトはスリナム人の血を引く移民選手であり、白人のオランダ人ほどドイツ人を憎む明確な理由が見当たらなかった。周りに煽り立てられて、魔が差しただけだったのかもしれない。

 いずれにしろ、こうした因縁が積み重なっていくことで、両国の対戦は確実に遺恨試合であり続ける。ワールドカップでイングランドとアルゼンチン、オランダとドイツが対戦するたび、サッカーに限らない過去の映像が嫌というほど繰り返し流され、戦争を知らない若い世代にも自然と敵愾心が受け継がれていく。

 ナショナリズムを掻き立てる遺恨試合は、ワールドカップの本大会より地域予選に多い。というのも本大会が「遠くの他人」と戦う場合が多いのに対して、予選は「隣人」と争うことになるからだ。

 数々の遺恨試合の中で、極めつけといえるのが七〇年メキシコ大会の予選で行なわれたエルサルバドルとホンジュラスの対戦だろう。元々、国境や移民、貿易などを巡って衝突を繰り返していた両国は、ピッチでの戦いを迎えて異常な過熱ぶりを見せた。ホーム&アウェーの第一戦を落としたエルサルバドルでは、女性ファンが敗北に悲観して拳銃自殺し、第二戦ではサポーター同士の衝突によってホンジュラス人二人が死亡。ホンジュラスに暮らすエルサルバドル人一万二千人が本国に避難する事態となった。

 結局、この戦いはエルサルバドルが勝利を収め、ワールドカップ初出場を果たしたが、この試合によって両国の関係は修復不可能なほど悪化。試合後に本物の戦争、いわゆる「サッカー戦争(別名、百時間戦争)」が勃発した。それがすべての原因ではないとはいえ、サッカーが戦争の引き金を引いたのである。

イランでは政府の陰謀説が囁かれている

 ワールドカップの勝敗はあくまでスポーツの勝敗に過ぎず、もちろん民族の優劣を決めるものでもない。だが、ナショナリズムの強さゆえに、スポーツの勝敗だと割り切れない国も存在する。サッカーの伝統国や国際的に孤立した国、経済的に豊かではない国に、こうした例が多い。

 例えばアメリカがワールドカップで負けても、幸か不幸か胸を痛める国民は少ない。他に誇るべきものがいくらでもあるからだ。サッカーが国技ではないアメリカは、ワールドカップとナショナリズムがもっとも縁遠い国だろう。

 だがイランになると、そうはいかない。この世界から孤立した国に暮らす人々は、ワールドカップをスポーツの祭典というより、イランの強さや優秀さを喧伝し、確認する舞台だと捉えている。政治、経済では欧米の大国と対等に勝負することはできないが、武器を持たない十一人同士の戦いでなら、同じ舞台に立つことができ、勝つことができるかもしれないからだ。

 イランにとって最大の勝利、それは九八年フランス大会のグループリーグでアメリカを一対〇で下した試合だろう。イランのテレビではいまでも頻繁に、このときの勝利の映像が流されている。荘厳な音楽が流れる中、肩を落とすアメリカ人を尻目に、イランの選手が国旗を広げてピッチを走り回る。その映像は、大河ドラマのクライマックスを見るかのようだ。この映像を見るたびにイラン人は誇りを覚え、「大悪魔」アメリカへの憎しみを新たにする。

 もっとも、この偉大な勝利は政治を司る宗教指導者たちに、一種の恐怖心をも植えつけたらしい。アメリカに勝った瞬間、イランは国中が収拾のつかない騒ぎとなり、警官は公務を放棄、女性も頭髪を覆うブルカを脱ぎ捨て、通りで踊り狂った。それは複数の人々が集まって、のど自慢をすることさえ禁じられたイランでは、起きてはならない事態だった。この騒ぎに乗じて、だれかが政府打倒を叫び出したら……。そのことを宗教指導者たちは恐れたのだ。

 四年後の日韓大会にイランの姿はなかった。彼らは予選で敗れていた。だがイラン人のほとんどは、予選敗退が騒乱の再現を危惧した政府の陰謀だと信じて疑っていない。

「(予選敗退が決まった)カタールとの試合は、あまりにも不自然なプレーが多かった。多くの選手がなぜか、歩くようにプレーしていた。これは政府が負けるように命じたからだ。そうとしか考えられない」

 こういう話を、私はテヘランで幾度となく聞かされた。イラン人にとってのサッカーは、政治と複雑に絡み合っているのだ。

 六月に開幕するブラジル大会で、二〇回目を迎えるワールドカップ。その初代王者であるウルグアイにも独特のナショナリズムが息づいている。彼らは自国開催した三〇年の第一回大会を制し、五〇年ブラジル大会でも優勝した。初代王者の称号と敵地でブラジルを破った奇跡的な勝利は、この国の人々にとって心の拠り所となっている。

 ウルグアイのユニフォームには、左胸のエンブレムの上に四つの星があしらわれている。これはワールドカップの優勝回数を意味する。実際には三〇年ウルグアイ大会と五〇年ブラジル大会の二回のはずだが、ウルグアイ人はなぜか、四回だと主張している。かつて私は、このことについて同国の重鎮記者に懇々と説明されたことがある。

「二回じゃない、四回だ。一九二〇年代、サッカー単独で世界選手権を開催する能力がなかったFIFA(国際サッカー連盟)は、オリンピックのサッカー競技をワールドカップだと認定していた。そのときのオリンピックで二度優勝した我々は、つまり四度世界一になっているのだ」

 彼はFIFAの公式資料を持ち出して、延々と主張した。

 ウルグアイではワールドカップの予選の大一番になると、スタジアムの応援席に「5つ目の星をつかめ」などと書かれた横断幕が張り巡らされる。これは優勝四回というのが国民の常識となっているからに他ならない。

 ウルグアイが世界を制した時代、サッカーはまだ世界中に普及していなかった。ところがやがて、日本やアメリカといった大国を含む多くの国が、真剣にサッカーに取り組むようになった。この激しい競争の中で、人口三四〇万の小国の代表チームが勝ち続けるのは至難の業。だが二〇一〇年南アフリカ大会で準決勝に進出したように、ウルグアイは強国であり続けている。それはこの国に生まれると「我々は初代王者だ」、「ブラジルでも優勝した」、「四度も頂点に立った」……「だから負けるはずがない!」という強烈なプライドが自然と芽生えることになるからだ。華麗さには欠けるが、ウルグアイ代表はとにかく勝負強いことで知られている。

ワールドカップ優勝でフランスが見た夢

 ワールドカップ優勝という偉業は、それを成し遂げた国民の意識にも大きな影響を及ぼす。九八年フランス大会で初優勝を飾ったフランスでは、そのことが顕著だった。

 当時のフランス代表は、アルジェリア系のジダンを筆頭に、ガーナ、セネガル、ギアナ、ポルトガル、アルメニア、バスク、アルゼンチン、カリブ海、オセアニア地域と多種多様なルーツを持つ選手たちによって構成されていた。白人のフランス人は、レギュラークラスにはブラン、デシャン、バルテズのわずか三人しかいなかった。

 フランスにおけるサッカーは、主に移民社会で人気がある。というのも移民の多くは都市郊外のスラムに生まれ育ち、サッカーを貧困を抜け出すための手段として考えているからだ。ジダンも例外ではない。アルジェリア系の彼は、マルセイユ郊外の悪名高いアラブ人団地に生まれ育った。二〇〇一年、私はジダンのルーツを探ろうと、この地で取材をしている最中、強盗に遭ったことがある。

 フランスは長く移民問題に揺さぶられてきた。不況によって失業率が高まるたびに、四〇〇万人を超える移民の排斥を要求する声が高まる。また差別や貧困にさいなまれる移民が起こす暴動は、社会問題となってきた。

 だが、ワールドカップでフランスを初の世界王座に導く原動力となったのは、その歓迎されない移民たちだった。決勝でブラジルを破ったその夜、シャンゼリゼ大通りには一五〇万人が繰り出し、歓喜に酔いしれた。凱旋門には決勝で二ゴールを決めたジダンの雄姿と、「ジズー(ジダンの愛称)、愛してる」という文字が浮かび上がった。肌の色や出身地、階級に関係なく、フランスに暮らすすべての人々が、この素晴らしい勝利を祝福した。それはサッカーがもたらすナショナリズムによって、フランスが移民問題を乗り越えた美しい瞬間だった。

 フランス代表は、ひび割れた多民族国家をひとつにした。友愛の精神に満ちあふれたチームは、国民の意識を変えたのだ?。多くの人々が、そう確信した。

 しかし、それは幻想だった。〇一年、フランスは自国にかつての植民地アルジェリアの代表チームを迎えて親善試合を行なったが、試合前に流されたフランス国歌はスタジアムを埋め尽くしたアルジェリア移民たちの非難の口笛でかき消された。しかも興奮したアルジェリア人の乱入によって、試合は七六分で打ち切りとなった。

 友情を確認するはずの試合が、敵意と憎しみに包まれた。このことはフランス人に衝撃を与えた。ワールドカップの優勝はフランスを変えたようで、実は何も変えていなかった。そのことが明らかになったからだ。

 ワールドカップはナショナリズムを刺激する。日本も無縁ではない。二〇〇二年日韓大会のグループリーグでロシアに勝った夜、渋谷のスクランブル交差点は日本代表の青いユニフォームを着た若者たちによって埋め尽くされた。国の名を叫びながら公道を練り歩く若者たち……。それはいままでの日本にはなかった新しい現象であり、以降、伝統となった。この六月も、日本代表が勝つたびに渋谷や六本木は「ニッポン!」と叫ぶ若者たちであふれ返ることだろう。この高揚感は、いったいどこへ向かうのだろうか。

(同じテーマの記事を読み比べる:なぜ「日の丸」を背負うと変わるのか - サッカー解説者・元日本代表 秋田豊

プロフィール

熊崎敬
くまざき たかし 1971年岐阜県生まれ。明治大学卒業。サッカー専門誌の編集者を経てフリーに。面白そうなスポーツネタを求めては、世界各地を渡り歩いている。著書に『ゴール裏で日向ぼっこ』(駒草出版)、『JAPANサッカーに明日はあるか』『日本サッカーはなぜシュートを撃たないのか?』(ともに文春文庫)などがある。

「文藝春秋SPECIAL」編集長から


自分の頭で考える人の新しい雑誌をつくりました。
世界はいま、大きく変わりつつあります。イデオロギーの砦の中にいれば、深く考えなくても暮らせる時代は終わりました。われわれは目の前の課題をいちいち議論し、解決していかなくてはならない、実に"面倒な"時代を生きているのです。
こんなとき、簡単な"正解"が示されると、ついそれに飛びついてしまう。しかし、本当にそれで問題は解決したのでしょうか。 この雑誌は、正解を求めません。ひとつのテーマについて、あらゆる角度から最良のテキストを集め、読者のみなさんに提供します。正反対の意見でも、読むに足るものならどちらも掲載します。正解はみなさん自身の頭で考えてほしいのです。
簡単な正解の代わりに、簡単に読める工夫をしました。忙しい現代人の生活スタイルにあわせ、一本の論考を四ページから六ページにしてあります。ちょっとした移動時間でもまるまる一本読めてしまう分量です。さらに深く知ることができるように関連書籍も示しました。
みなさんが自分自身の正解へたどちるくための思考の補助線になればと願っています。



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