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- 2014年06月01日 05:52
トルコ首相の対ネット強硬策の背景に熾烈な政争 -デモから1周年でまた混乱も
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トルコでは、昨年春、イスタンブール・ゲジ公園で大規模な反政府デモが発生した。5月31日には、そのデモから1周年ということでタクシム広場に集まった市民に警察が催涙ガスを発射し、大きな混乱状態となっている。
BBCの報道によれば、エルドアン首相は「広場に集まらないように」と警告していたようだが、治安維持のために警察官2万5000人が配置され、送られてきた映像は衝突の衝撃を映し出す。
反抗するから押えつけるのか、押えつけるから反抗するのかー。エルドアン政権への不満が一気に噴出しているようだ。
トルコといえば、今年3月末、政府が大手ソーシャルメディアの国内での利用を遮断する動きに出たことで大きな非難を浴びた。人権擁護団体「アムネスティー・インタナショナル」は遮断を「表現の自由へのかつてないほどの攻撃」と呼び、米政府は焚書になぞらえた。
5月29日には、トルコの憲法裁判所が、通信当局による動画投稿サイト「ユーチューブへの接続遮断は、憲法が保障する表現の自由などの権利を侵害しているとの判断を示している。
ゆくゆくは欧州連合(EU)加入を目指すトルコ。こんなことで加盟の夢は実現するのだろうか?
エルドアン首相のネット弾圧への批判はもっとも(何しろ、憲法裁判所が遮断を憲法違反としているのだから)だが、なぜそんなことをしたのかということも視野に入れておきたい。一義的にはネット上に都合の悪い情報がどんどん出たからだが、旧態依然とした手法(接続を遮断)を使ったことには切羽詰った事情もあった。
こうした点について、月刊冊子「メディア展望」(新聞通信調査会発行)5月号に執筆した。記録の意味もあって、以下に若干編集したものを記してみたい。
2002年からはイスラム系の与党・公正発展党が政権を担当してきた。
昨年春のイスタンブール・ゲジ公園での大規模な反政府デモに対する、政権の強圧的な対応がいまだ人々の記憶に新しいが、抜本的な構造改革で経済を立て直し、この10年余でGPDを大きく増加させたことで評価されてきた。トルコは中東諸国の中でも成功した国として認識されるようになり、EUに加盟するために、少数民族の処遇の改善や民主化に努めてきた。
そんなトルコがなぜネットの遮断という荒療治に出たのだろうか。
BBCの報道によれば、エルドアン首相は「広場に集まらないように」と警告していたようだが、治安維持のために警察官2万5000人が配置され、送られてきた映像は衝突の衝撃を映し出す。
反抗するから押えつけるのか、押えつけるから反抗するのかー。エルドアン政権への不満が一気に噴出しているようだ。
トルコといえば、今年3月末、政府が大手ソーシャルメディアの国内での利用を遮断する動きに出たことで大きな非難を浴びた。人権擁護団体「アムネスティー・インタナショナル」は遮断を「表現の自由へのかつてないほどの攻撃」と呼び、米政府は焚書になぞらえた。
5月29日には、トルコの憲法裁判所が、通信当局による動画投稿サイト「ユーチューブへの接続遮断は、憲法が保障する表現の自由などの権利を侵害しているとの判断を示している。
ゆくゆくは欧州連合(EU)加入を目指すトルコ。こんなことで加盟の夢は実現するのだろうか?
エルドアン首相のネット弾圧への批判はもっとも(何しろ、憲法裁判所が遮断を憲法違反としているのだから)だが、なぜそんなことをしたのかということも視野に入れておきたい。一義的にはネット上に都合の悪い情報がどんどん出たからだが、旧態依然とした手法(接続を遮断)を使ったことには切羽詰った事情もあった。
こうした点について、月刊冊子「メディア展望」(新聞通信調査会発行)5月号に執筆した。記録の意味もあって、以下に若干編集したものを記してみたい。
強硬手段の背景に熾烈な政争
トルコは人口のほとんどがイスラム教徒だが、共和国としての建国時(1923年)から政教分離を国是とし、政治的には世俗主義勢力とイスラム系勢力のせめぎあいが続いてきた。世俗主義の「守護者」としての軍部が数回に渡りイスラム系政権をクーデターで倒してきた過去がある。2002年からはイスラム系の与党・公正発展党が政権を担当してきた。
昨年春のイスタンブール・ゲジ公園での大規模な反政府デモに対する、政権の強圧的な対応がいまだ人々の記憶に新しいが、抜本的な構造改革で経済を立て直し、この10年余でGPDを大きく増加させたことで評価されてきた。トルコは中東諸国の中でも成功した国として認識されるようになり、EUに加盟するために、少数民族の処遇の改善や民主化に努めてきた。
そんなトルコがなぜネットの遮断という荒療治に出たのだろうか。



