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[李登輝・特別寄稿]日台の絆は永遠に〔1〕

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はじめに

台湾の学生が立法院を占拠するという出来事が起こってから、1カ月余りが経った。台湾の将来を担う学生が警察に殴打される映像をみたとき、私の心は激しく痛んだ。これらの問題に対し、私の立場は一貫している。指導者は引き続き彼らの声に耳を傾け、人民の苦しみを理解すると同時に、具体的かつ誠意をもって解決の道を探るべきである。

本稿は、台湾の学生が立法院を占拠する前に編集部の求めに応じてまとめたものである。そのため、現在台湾で起こっている問題について、直接答えたものではない。しかし、台湾にどんな問題が起ころうとも、「日台は生命(運命)共同体」「日台の絆は永遠のもの」という私の主張に変わりはない。失われた部分も多いとはいえ、日本社会はまだまだ社会的規範を維持している。東日本大震災の際の節度ある行動は、記憶に新しい。台湾にとって日本は、依然として偉大な兄なのである。

映画『KANO』のこと

3時間5分の上映時間のあと、私は泣いていた。隣には長年連れ添った妻がいた。映画『KANO』のことである(2015年・日本公開予定)。KANOこと嘉農は正式名称を嘉義農林学校といい、1931年、台湾代表として甲子園に初出場、準優勝を果たす。映画はこの史実を基にしている。当初は弱小だったチームを生まれ変わらせたのが近藤平太郎監督である。映画では日本の俳優、永瀬正敏さんが演じていた。日本人、本島人(台湾人)、そして原住民からなるチームを一つにまとめ上げた近藤監督は、指導者として立派な人物であると思う。

台湾人が好んで用いる言葉に、「日本精神(リップンチェンシン)」というものがある。これは日本統治時代に台湾人が学び、日本の敗戦によって大陸から来た中国人が持ち合わせていない精神として、台湾人が自らの誇りとしたものである。「勇気」「誠実」「勤勉」「奉公」「自己犠牲」「責任感」「遵法」「清潔」といった精神を表す。『KANO』をみて、私はあらためて妻と「日本の教育は素晴らしかったね」と語り合った。『KANO』のおかげで、かつての自分や家族のことにしばし思いを馳せることができたのである。

『KANO』は台湾で大ヒットしているが、「日本の植民地時代を美化しすぎている」という批判も起きた。しかし、台湾が中国に呑み込まれようとしている現在、台湾人が顧みるべきは、この映画で描かれているような「日本精神」である。この「日本精神」に触れることを通して、台湾人は中華思想の呪縛からあらためて脱し、「公」と「私」を区別する武士道的な倫理に基づいた民主社会を確立しなければならない。だから私は映画館を出たあと、記者たちにいったのだ。

「台湾人はこの映画をみるべきだ!」

「なぜ台湾をお捨てになったのですか」

映画に登場する嘉農高校の遊撃手(ショート)の陳耕元氏(日本名:上松耕一)は実在の人物で、台湾原住民のプユマ族の出身である。1993年、作家の司馬遼太郎さんが台湾を訪れた当時、総統を務めていた私の紹介によって、司馬さんは陳耕元選手の次男、健年氏に会っている。陳健年氏はのちに台東の県長(知事)を務めた人物である。

司馬さんは、この陳健年氏の家族と会食の機会をもった。陳耕元選手の夫人で、健年氏の母にあたる蔡昭昭さんも一緒である。司馬さんの『街道をゆく 台湾紀行』「千金の小姐」によれば「1921年生まれ」とあるから、彼女は現在91歳の私より2歳年上ということになる。司馬さんと会ったとき、すでに70歳を超えていた。

宴が終わるころ、司馬さんは彼女から二度も「日本はなぜ台湾をお捨てになったのですか」と問われ、答えに窮してしまう。「たずねている気分が、倫理観であることは想像できた」と司馬さんはお書きになっている。

今日、台湾が世界一の親日国であることを否定する人は誰もいないだろう。日本統治を経験したいわゆる日本語世代のみならず、若者のあいだでも親日家は多い。しかし、こうした台湾人による日本への思いは、長いあいだ「片思い」にすぎなかったのかもしれない。2011年の東日本大震災時、多額の義援金を日本に寄せたことによって、台湾人による「片思い」の時代は終わった。だがそれにしても、日本の敗戦によって台湾が辿ることになった苦難を思えば、日本人の台湾に対するそれまでの態度は冷淡であったというほかない。とくに日本統治を経験した日本語世代のなかには、了解できないわだかまりを抱えている者がいるのも確かである。

本原稿では、私が「日本人」として生きていた時代のことを語ってみたい。戦前の歴史は、戦後や現代の日台が直面する問題とやはりつながっていると思うからだ。

「いかに生きるべきか」という悩み

1923年(大正15年)1月15日、私は台北の北部にあたる淡水郡の三芝庄に生まれた。日清講和条約によって台湾が清国から日本に割譲されてから、28年が経っていた。

警察官であった父の転勤にしたがい、私は公学校(小学校)時代に4回の転校を経験した。そのため友達がなかなかできず、独りで読書やスケッチをするのが好きな、ひどく内向的で我の強い子供になってしまった。学校で友達と喧嘩することもあったが、弟だからといって私をかばわず、逆に相手を慰めて私の悪いところを叱ってくれたのが、2歳上の兄・李登欽である。

公学校4年生のとき、台北への修学旅行があった。その前夜、私はなかなか言い出せなかった頼みを父に恐る恐る言ってみた。「父ちゃん、台北で小学館の『児童百科事典』と数学の本を買いたいんだけど」。当時の金で4円はしたと思う。下級公務員の月給が3円という時代だ。父からは「こんな夜に頼まれても、そんな大金はすぐ用意できない」といわれ、私は諦めるしかなかった。

その翌日、私はバスに乗り出発を静かに待っていた。すると、窓をコンコンと叩く音がする。見ると、父ではないか。「父ちゃん、どうしたんだい?」。こう尋ねると、「おまえが本を買うための金を持ってきたんだ」と答える。父は親戚中を回り、お金を集めてきてくれたのである。そのときの天にも昇るような嬉しさは、いまでもはっきり思い出すことができる。この話をある本に書いたとき、自分も同じようなことがあったと、たくさんの日本人が手紙をくれた。当時の日本の教育熱を物語っていよう。

父が買ってくれた百科事典を私は隅から隅まで読んだ。すると「自分は何でも知っている」「級友たちは大したことはない」という驕りの気持ちが生じてきてしまった。知識を蓄えることによって、肥大化した自我意識が私を苦しめるようになったのである。

公学校高学年になっても、母は私を膝に乗せて話すほど溺愛していたが、私の脳裏には次第に「堕落」という言葉がよぎるようになった。そこで両親に「こんな田舎の学校にいては中学校に進めないから、淡水の街に行かせてくれ」と頼み、自宅から15km離れた淡水公学校に転校することになったのである。私は先生や友人の家で下宿生活を送り、「居候3杯目にはそっと出し」という悲哀を舐めながら、自己形成に努めた。

淡水公学校を卒業した私は、淡水公学校高等科に進んだ。その後、台北市国民中学に入学したが、1年生のときにチフスにかかってしまい、半年間、学業の休業を余儀なくされた。私の将来を心配した校長の松田先生は、プロテスタント系私立学校の淡水中学校の2年生に編入する手続きをとってくれた。

このころになると、「私は誰か」「人間とは何か」「いかに生きるべきか」という疑問がますます私を悩ますようになった。救いとなったのは兄・李登欽の存在である。兄は地域の青年団に入っていた。青年団の活動の一つに座禅を組むというものがある。私は兄の影響で鈴木大拙などの本を読むようになり、座禅を組んで苦行に身を晒すことで自我を克服しようとした。

便所掃除のような人の嫌がる仕事も率先してやった。朝6時に学寮の起床の鐘が鳴るや、朝食時間の7時までの約1時間のあいだ、便所掃除をするのである。こういった修練を学校時代に積んだことは、のちに指導者となった際、貴重な経験として生きた。

中学生のころ、私は絵描きになることを夢見ていた。水彩、油絵、版画。どれも一生懸命に取り組んだ。これをジュディ・オングさん(台湾出身の歌手)に話したら、彼女が制作した大きな版画をプレゼントされたことがある。

絵描きになるなら学歴は必要ないと考えていたが、あるとき受験勉強の本に出合う。この本には「しっかり勉強したいなら、旧制高校から帝国大学に進みなさい」という受験生に対する励ましの言葉が書いてあった。素直にこれを受け止めた私は、旧制台北高等高校(文科甲類)を受験することになった。試験は当然、日本語で行なわれたが、小学生のころから日本語の百科事典に親しみ、中学生時代には『古事記』や『源氏物語』、『玉勝間』といった主要古典はもちろん、夏目漱石の全集を愛読していた私にとって、国語や漢文の試験はまったく苦にならなかった。台湾人の私が両科目の試験で満点を取ったことで、先生たちも驚いていたようだ。

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