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「クリミア併合」の裏側:「中国」「ウクライナ」の接近を恐れたロシア - 名越健郎

 5月20日上海で行われた中露首脳会談は、翌日天然ガスの大型供給契約に合意するなど成果があったが、プーチン大統領と習近平国家主席は終始険しい表情だった。中露首脳会談は常に、「両国関係は史上最良」と称え合うのに、首脳同士はいつも緊張に満ちた表情が目立つ。今回、習主席はその直後、ナザルバエフ・カザフスタン大統領との会談で終始笑みを絶やさなかっただけに余計違和感があった。背後には、習主席が提唱した「新シルクロード計画」が、ロシアのクリミア併合で潰されたことへの不満があったかもしれない。

新シルクロードの起点

 習主席は昨年9月、カザフスタンのナザルバエフ大学で演説し、「人口30億人のシルクロード経済ベルトの市場規模と潜在力は他に例がない」と述べ、太平洋からバルト海に至る陸路の物流大動脈の整備を訴えた。習主席は今春の欧州歴訪でも「新シルクロード計画」を売り込み、中央アジアから南コーカサスを経て欧州に向かう輸送回廊を築くよう訴えた。陸路の物流整備は、中国製品の欧州市場進出を狙っている。

 中国が新シルクロード構想のハブと考えたのが、ウクライナのクリミアだった。中国はウクライナ企業と組んで、総額100億ドルを投じてクリミア大改造を計画していた。うち30億ドルを投じて、セバストポリ北方にあるサキ付近に深さ25メートルの大型港を建設。同港をハブとして鉄道網を整備し、西欧や北欧を結ぶ方針だった。他の70億ドルで石油精製施設や空港、液化天然ガス(LNG)工場も計画。ロシア海軍黒海艦隊本拠地のセバストポリ港の「漁港再建」も含まれていた。

 昨年12月初め、キエフの反政府活動が高まる中、ヤヌコビッチ前大統領が訪中し、習主席との間で友好協力条約に調印した。親露派の同大統領は「新シルクロード計画」を全面支持し、関連プロジェクトを討議した。中国は10億ドルの緊急融資を発表。100億ドルのクリミア改造計画は、中国国営企業などがその際発表した。

核の傘も提供

 中国・ウクライナ関係は近年急拡大し、昨年の往復貿易は100億ドルで、ウクライナにとって中国はロシアに次ぐ第2の貿易相手国。人民解放軍系企業はウクライナ東部で、200万ヘクタールの農地を50年間租借し、中国にとって最大規模の海外農場を建設する交渉を進めていた。租借対象には、クリミアの農地も含まれていた。中国は将来の食糧不足をにらみ、穀倉地帯・ウクライナからの食糧調達を計画していた。

 ウクライナの武器輸出先のトップは中国で、昨年は21%を占めた。中国は昨年からクリミアの軍需工場で生産されている世界最大級の揚陸用ホバークラフトを購入しているが、クリミア改造計画には同工場など軍事企業近代化も含まれていた。

 中国・ウクライナ友好協力条約には、ウクライナが核の脅威に直面した場合、中国が相応の安全保障を提供するとの一節があり、事実上中国がウクライナに「核の傘」を提供したとも読める。中国とウクライナは水面下で同盟関係に発展しつつあったのだ。

中国の野望潰しが狙い?

 中国のウクライナ浸透は、北大西洋条約機構(NATO)の進出と同様に、ロシアにとって危険極まりない。「新シルクロード計画」はロシアを迂回した地政学的構想であり、シベリア鉄道や北極海航路といったロシアの回廊構想を弱体化させる。中国がウクライナを取り込めば、ウクライナがロシア主導のユーラシア連合に参加することは不可能になる。放置すれば、「ロシア固有の領土」(プーチン大統領)であるクリミアが中国マネーによって浸食されかねなかった。

 ロシアの軍事専門家アレクサンドル・フラムチュヒン氏は独立新聞軍事版(5月16日付)で、「ロシアのクリミア併合は、中国のウクライナやクリミアにおける利権への重大な打撃となった。新シルクロード計画も深刻な後退を強いられる」とし、「ロシアによるクリミア併合の最も重要な目的は、この中国の構想を潰すことにあった」との見方を伝えた。

 米ジョンズ・ホプキンス大学中央アジア・コーカサス研究所のジョン・デーリー研究員も同研究所のサイトで、「中国のウクライナへの大規模な進出は、ロシア・ウクライナ間の経済プロジェクトを挫折させる。新シルクロード計画も、旧ソ連南部へのロシアの影響力を奪うものだ」とし、「中国の進出排除も、すべてではないにせよ、プーチン大統領がクリミア併合を決めた背景の一部になった」と指摘した。

 中国はクリミア問題で中立を保ち、自らの利権喪失には一切言及していない。一方で、ロシア高官は中国が計画していた新港湾計画を「環境問題を悪化させる」として一蹴した。クリミアが一転して係争地となったことで、欧州向け陸路輸送のハブにするとの習主席の構想は、見果てぬ夢となってしまった。肝いりのプロジェクトを潰された習主席にとって、プーチン大統領への恨みが残ったに違いない。

(名越健郎)

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執筆者:名越健郎

1953年岡山県生れ。東京外国語大学ロシア語科卒業。時事通信社に入社、外信部、バンコク支局、モスクワ支局、ワシントン支局、外信部長を歴任。2011年、同社退社。現在、拓殖大学海外事情研究所教授。国際教養大学東アジア調査研究センター特任教授。著書に『クレムリン秘密文書は語る―闇の日ソ関係史』(中公新書)、『独裁者たちへ!!―ひと口レジスタンス459』(講談社)、『ジョークで読む国際政治』(新潮新書)、『独裁者プーチン』(文春新書)など。

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