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ヨーロッパが注目するスウェーデンの市民性教育――民主主義の危機と民衆教育の課題 - 澤野由紀子 / 教育学

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2013年12月15日、筆者が在外研究のために滞在していたスウェーデンの首都ストックホルム市では、日暮れの早い街並に家々の窓辺からクリスマスを迎える飾り付けが優しい光を放つ季節に、反人種差別を訴える市民のデモ行進が行われていた。ストックホルム中心部からメトロで15分ほど南の住宅街シャルトルプでのことである。

その2ヶ月ほど前から、このシャルトルプ地区では「スウェーデン抵抗運動」と名乗るネオナチの行動が目立つようになり、高校の校舎や駅ビルなどにナチスのハーケンクロイツのマークや人種差別的ないたずら書きがスプレーされたり、若者がネオナチからいわれのない暴行を受けたりする事件が発生していた。

小雨の降る土曜日の昼前から行われたこの日のデモは、この地区でのこうした動きを憂慮した「反人種差別ライン17」という活動家のネットワークが、ソーシャルメディアを通じて参加を呼びかけたもので、子どもから高齢者まで700人前後が参加していた。デモが始まって20分ほどすると、約30人のネオナチの集団がデモ隊に突然襲いかかり、瓶や爆竹、石などを投げつけ、警官を含む4人が病院に搬送される事態となった。

この様子はテレビやインターネットで繰り返し報道され、スウェーデン中に衝撃が走った。平和的な市民の抗議行動が、このような形で妨害を受けたのはスウェーデンでは初めてのことであったという。次の週末、クリスマスも間近の12月22日、同じシャルトルプに約1万6千人もの市民が集まり、警察による厳戒態勢のなかで、野外コンサートも交えた人種差別反対の集会とデモ行進が行われた[*1]。

[*1] http://jp.reuters.com/article/topNews/idJPTYE9BM01V20131223

スウェーデンといえば、経済の競争力や豊かさの国際ランキングだけでなく、民主主義や平等を示す国際指標においても、同じ北欧のフィンランド、ノルウェーやデンマークと並び常に世界の上位に位置している。スウェーデンの民主主義を支えてきたものとして、19世紀末から盛んになった社会変革のための民衆運動から派生した民衆教育の伝統がある。本稿では、21世紀に入った今もなお、その存在意義が高まっているスウェーデンの民衆教育の実態を明らかにし、民主主義の危機ともいえる最近の極右勢力の台頭にどのように対応していこうとしているのかをみていきたい。

北欧の「民衆教育」がヨーロッパで注目されるわけ

「北欧」地域は、スウェーデン、ノルウェー、デンマーク、アイスランド、フィンランドで構成されており、2012年の総人口は約2490万人であった。そのうちスウェーデンの人口は約952万人(近年は難民を中心に毎年6万〜10万人の移民を受け入れているため人口は増加傾向にある)で北欧の中では一番規模が大きい。いずれも小国であるため、東西冷戦の時代にはどちらの陣営にも組みせず、北欧5カ国一丸となって国際社会で発言力を行使してきた。

1995年までにデンマーク、フィンランドとスウェーデンがEUに加盟したことから、20世紀末には北欧地域のみの協力関係を維持することの意義は希薄になっていくことが予想されていた。しかし、北欧諸国が一体となって民主主義を基調とする政治や社会の「北欧モデル」を他のEU諸国に広めていこうとする動きは21世紀になった現在も盛んである。生涯学習の分野には、こうした傾向が顕著に現れている[*2]。

[*2] 詳しくは、生涯学習研究e事典所収の澤野由紀子「北欧の生涯学習支援」を参照されたい。http://ejiten.javea.or.jp/content.php?c=TWpReU5qRTQ%3D

「生涯学習」とは、乳幼児期から高齢期までの生涯のあらゆる段階において、生活の全般において生じる幅広い学びを表し、保育所・幼稚園・学校・大学といった定型化された学びの場だけでなく、地域の図書館、博物館、青少年施設、コミュニティーセンター(日本の公民館、生涯学習センター等)や職場などにおける不定型な学び、家庭生活や私的な体験を通した偶発的学びを含む概念である。スウェーデンの場合は図のような教育機関における学びから自己学習までを含めて「生涯学習」と呼んでいる。

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図1.

北欧各国には、学校教育体系と並行して、様々な年齢の市民を主体とする学びの場が豊富にある。スウェーデンではこれを民衆教育(folkbildning)と呼んでいる。Folkはフォークソング、フォークロアなどのフォークと同じで、一般の人々を指す。bildningはドイツ語のbildung(人間形成、陶冶)をスウェーデン語に翻訳した言葉である。

同様の民衆教育の伝統があるデンマークでは、民衆の集団による啓発を表す「フォルケオプリュスニング(folkeoplysning)」が用いられている。オプリュスニングは、自らの内面や仲間同士を「蝋燭の灯火で照らす」というようなニュアンスの言葉であるという。ここには、19世紀にラテン語による古典をひたすら暗記させるような、書物中心の「死んだ言葉の教育」を批判し、対話による「生きた言葉の教育」を提案したデンマークの宗教家、文学者、詩人で教育者のグルントヴィ(1783-1872)の影響が感じられる。英語には直接対応する用語がないこれらの言葉を、最近のスウェーデンやデンマークでは「能動的市民性を培う学び(learning for active citizenship)」と英訳して国際社会にアピールしている。

能動的市民性(active citizenship)は、ヨーロッパでは民主主義の維持と発展のために能動的に行動する市民の素養として位置づけられ、1990年代後半からEU(欧州連合)の生涯学習政策においてすべてのヨーロッパ市民が身につけることが目標とされてきた。2002年にEUの欧州理事会が定めた、2010年を目標年とするヨーロッパの教育改革の方針を示す「教育・訓練2010(ET2010)」では、13の目標のなかの一つに「能動的市民性の向上、機会の平等ならびに社会的結束の促進」が含められた。さらに2009年に「教育・訓練2010」のフォローアップとして定められた「教育・訓練における欧州協力のための戦略的枠組(ET2020)」では、2020年を目標年とする戦略的目標が設定されたが、能動的市民性の育成は4項目の戦略的総合目標のうちの一つに格上げされている[*3]。

[*3] 澤野由紀子、2013 「アクティブ・シティズンシップとヨーロッパ」近藤孝弘編『統合ヨーロッパの市民性教育』、名古屋大学出版会、pp.41-56)

EUの生涯学習政策といえば、2000年にポルトガルのリスボンで開催された欧州理事会議長国決定により設定された、2010年までにEUを「より多くのより良い雇用の創出とより強固な社会的結束を伴う、持続的な経済成長を可能とする、世界で最も競争力がありダイナミックな知識基盤経済とする」という目標と密接な関係がある。2000年11月には、欧州委員会が、このリスボン・ゴール達成のために生涯学習社会を実現する方策についての議論をEU加盟諸国で巻き起こすことを目的に「生涯学習のメモランダム」を作成した。

「生涯学習のメモランダム」では、生涯学習には能動的市民性の促進と就労可能性の促進という、等しく重要な二つの目標があることが強調された。前者は生涯学習の社会的側面、後者は経済的側面とされ、ヨーロッパのほとんどの国では生涯学習の推進にあたっては後者が重視されてきた。経済共同体を前身とするEUも、金融危機や失業問題を背景に生涯学習の経済的側面に重点を置く傾向がある。

そのなかで生涯学習の社会的目標と経済的目標の双方を既に達成しているのが、民衆教育の伝統をもつスウェーデンをはじめとする北欧諸国である[*4]。

[*4] Kjell Rubenson 2013, Towards lifelong learning for all in Europe: Understanding the fundamental role popular education could play in European Commission’s strategy, in Edit. A. Laginder et.al.,Popular Education, Power and Democracy, NIACE, pp.14-31.

2013年10月に発表された2011〜12年のOECD(経済協力開発機構)「国際成人力調査」(PIAAC)(表1)をみると、北欧諸国はヨーロッパの参加国の中で上位を占める優れた成績を収めたことがわかる。北欧各国共通して若年層ほど成績が悪くなる傾向があるなど問題点も明らかになっているが、この調査によって集積されたビッグデータを分析し、北欧型生涯学習の成功の理由を見出し、ヨーロッパだけでなく世界に発信しようとしている。

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表1.
(資料)Antra Carlsen 2013, PIAAC—What does that mean for adult learning?
http://www.eaea.org/media/eaea/events/policy-events/brussels_3-12-2013_antra-carlsen.pdf
国立教育政策研究所編 2013、『成人スキルの国際比較:OECD国際成人力調査(PIAAC)報告書』、明石書店

このように生涯学習において優秀な成績を収めている北欧各国の民衆教育はヨーロッパで注目を集めているのである。次に、北欧型の民衆教育のスウェーデンにおける実践の実態を紹介したい。

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