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AKB48テロで考える「無敵の人」の行き先

岩手県警本部と盛岡消防本部に入った情報によると、25日午後五時ごろ、岩手県滝沢市の産業文化センター「アピオ」で行われたAKB48の握手会で、メンバーとスタッフ合わせて3人が何者かに刺されてけがをした。
(NHKニュースweb)
この事件の犯人がネットスラングで言う「無敵の人」=安定した職やカネ、友人・縁者がなく、犯罪を犯すのに心理的制約のない人、かどうかはわからないが、それに近い位置にいる人物である可能性は高い。

社会的格差が広がっていく状況で、「無敵の人」によるテロは今後も減ることはないだろう。

「無敵の人」によるテロを封じるための即効薬はない。

もし、「無敵の人」を回収する簡単な装置があるならば、それは宗教的神秘体験をベースにした「オウム真理教」のようなカルトにしかならない。
(しかし、後述するように「無敵の人」は回収されない。)

この種の問題は地道に考察を重ね、解決の糸口を拾っていくしかない。

日本の場合、欧米とは異なり、「無敵の人」に至る道程に宗教的な連帯感や義務感が入り込むことは少ない。
(「オウム」のような即席装置は除く。)

宗教的連帯感よりも、サイバースペースへの耽溺が歴代の「無敵の人」の証言や調書から明らかになっている。

なぜ、こういった違いがうまれ、どこに問題が生じるのか?

精神科医の多くが指摘するように、欧米と日本の精神的変調の質には大きな違いがある。

欧米にはPTSDや多重人格の症例が多く露出されるが、日本では露出されにくく(そこまで行かずに)、ひきこもりのステージでとどまることが多い。
(因みにアメリカ精神医学会の診断マニュアルDSM-Ⅳで「ひきこもり」はsocial withdrawalと精神症状として記載されている。)

精神科医の斎藤環氏はこの傾向の背後に欧米における外面=ペルソナ(仮面)と日本における外面=キャラの質的な違いを見て取る。

以下引用。
「ペルソナ」と言ったとたん、その背後に唯一の、真実の主体のようなものが自動的に析出する。「背後にあるもの」は「主体の空虚」なので、我々は隠喩的な複数のぺルソナを持つことができる。ここでペルソナの複数性と主体の単一性とが必然的に確保される。それゆえ、主体とペルソナの関係は常に「一対多」の関係になる
一方、「キャラ」は背後に欠如を持たない。主体はいつでも「キャラ」になることができる。主体とキャラは、しばしば「多対多」の関係をとる
(「キャラクター精神分析」より 太字は筆者)
(欧米的な)ペルソナを取り換える場合、主体は完全にペルソナにのっとられるので、身体的変化も劇的で、嗜好(甘いもの好き、喫煙など)や知覚の変化はもちろん、利き手や血圧、脳波までも変化することがある。

一方、(日本的な)キャラは基本的には対人関係を保つためのインターフェイスとして使われるので、主体の劇的な身体的変化を伴わない。ネット上の掲示板やゲームにログインするときに利き手が変ることはない。

「キャラ」は日本的な社会風土が生み出したコミュニケーション・ツールであり、我々は否応なくこの装置=「キャラ」を連絡し合うコミュニケーション・マシーンに組み込まれている。

(意識的・無意識的は問わず)「キャラ」を操作することでコミュニケーションを成立させる場としては、匿名性の高いネット空間の相性が良いが、実際のリアルの場でも多くが「キャラ」操作の場と化している。

公共空間に限定しても、コーヒーショップやコンビニの店員、駅員、郵便局員、医師、営業マン、いずれも社会に認められた職業の「キャラ」を演じている。

言うまでもなく、これは普遍的な現象ではない。

今の日本でも田舎では「キャラ」が浸透していない地域もある。

私が週何回か行っている田舎では、個人経営のコーヒーショップがまだあるし、そこでは客と店員のやりとりは「キャラ」の連絡=「いらっしゃいませ」「**円お預かりします。」といったものではない。

私が勤める薬局でも、都市部とは違い、患者に対する応対はかなりバラつきがある。
(歌ったり、踊ったりするじいさんもいるし、期限切れ商品を所望してくるおばちゃんもいる。)

しかし、真の問題はこういった公共空間における「キャラ」の浸透ではない。
(公共空間における「キャラ」の操作はそれほど難しくない。)

私的空間における「キャラ」の浸透が「無敵の人」排出の母体になっている可能性、言い換えれば、コミュニケーションの画一化が「無敵の人」の孤立を招いている可能性ーこれが「無敵の人」テロの遠因の一つだと推測できる。

少し先を急ぐが、しかし、こういった「コミュニケーションの画一化」を(評論家の内田樹氏や脳科学者の茂木健一郎氏のように)嘆いても仕方がない。

むしろ、ここからどう出発するのか、を考えなければならない。

現在の私的空間はネット空間でもリアルでも多様な「キャラ」によって隙間なく構成されている。

まさに窒息しそうなくらい。

元お笑い芸人の瀬沼文彰の「キャラ論」に吉本興業に入ってから「キャラ」作りを考える下りがある。
「そのきっかけは、先輩芸人や構成作家、社員からキャラを作れ、それが売れる早道だ、とアドバイスされたことです。同期とも『あいつはうまくキャラを使ってるな!』という話をしたり、『どんなキャラなら空きがあるか』とまるで、起業家が隙間産業でも狙うかのように、テレビに出ていないキャラを探していました。つまり、芸人にとって『キャラ』は重要で、売れるか売れないかの鍵だと言っても過言ではありませんでした。」
お笑い業界ほどではないにしろ、現在の私的空間にも似たような圧力は見受けられる。

現在におけるコミュニケーション強者とは、異なったコミュニケーション空間(学校、職場、バイト先、ネット、家族、友人)で、その都度場面の空気に従ってキャラをつくりだし、微調整する才能に恵まれた人たちで、逆に弱者はキャラをつくりだすことに失敗した結果、「自己イメージ」が固まって、孤立していく。

後者が引きこもり化し、否定的な自己イメージに浸食された「無敵の人」になってしまう危険性を今回はとりあげているが、実はコミュニケーション強者が陥る病の罠も精神医療界ではよく知られている。

コミュニケーション強者は「キャラ」に対する親和性が高く、他者のキャラについてのイメージをしっかり持っているが、一方で、自分のキャラについては語りたがらず、「自己イメージ」を固めることに躊躇する傾向がみられる。
彼らは時を経るにつれて、「俺って何?」という疑惑にとらわれる。

具体的には、自傷行為に走ったり、カルトにはまったりするのはこのタイプである。
(オウム真理教の麻原や新見や村井ら知られている幹部にはほとんど「ひきこもり」の傾向はない。むしろ体育会系的アゲアゲな雰囲気がある。)

コミュニケーション強者は自己イメージの貧困に、コミュニケーション弱者は否定的な自己イメージの浸食に健全な精神を冒される。

いや、健全な精神などという固定的なモノがどこかにあるわけではない。

我々のうちにある攻撃性を飼い馴らす檻、これが破たんした状態がコミュニケーション強者バージョンの「カルトへの転落」であり、弱者バージョンの「無敵の人テロ」である。

「キャラ」の連絡・交換マシーンとしての現在日本社会で、どのように健全な自己イメージを築き、攻撃性の檻を構築するのか、はもっと深く考察されるべきだろう。

その際、ネット空間でのコミュニケーションの在り方は重要なカギとなる。

現状、ネット・コミュニケーションはリアルでのキャラ交換を強化する役回り、あるいは書き換え可能なネット上のキャラを強化する役回りのみを与えられているように見えるが、それでは「無敵の人」を止めることは出来ない。

固有の自己イメージをどこに定位するのか?

この問題を解決しない限り、先には進まないように思える。

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