- 2014年05月25日 23:54
“反日教育”を受けた人民解放軍「青年将校」の怖さ
台湾南部での取材を終え、今日、台北まで帰って来た。ネット環境が悪く、ブログも更新できないままだった。バシー海峡を隔てて遥かフィリピンと向かい合う鵝鑾鼻(ガランピー)と猫鼻頭(マオビトウ)という二つの岬を中心に台湾最南地域を取材してきた。
バシー海峡に向かって「南湾」と呼ばれる穏やかな湾を包み込む鵝鑾鼻岬と猫鼻頭岬――地元の言い伝えでは、「鵝鑾」は、台湾先住民のパイワン族の「帆」を意味する言葉が訛(なま)ったものであり、「猫鼻頭」は文字通り、岬の形が蹲(うずくま)った猫の姿に似ているところからつけられたものだという。
この二つの岬は、太平洋戦争末期、日本人の悲劇を見つめた場所でもある。“輸送船の墓場”と称されたバシー海峡で、多くの日本兵を満載した輸送船がアメリカの潜水艦や航空機の餌食(えじき)となった。
犠牲となった日本兵の正確な数は、今もわからない。だが、少なくとも十万人を超える兵士たちが、この“魔の海峡”で深く蒼い海の底に吸い込まれていったと言われている。
その犠牲者たちの遺体の一部が流れついたのが、二つの岬に囲まれた台湾最南部の海岸である。この地の古老たちにとっては、流れついてきた日本兵たちの遺体を運び、荼毘に付した経験は、70年という気の遠くなる年月を経ても、鮮烈な記憶としてまだ残っていた。
バシー海峡をめぐる壮絶な体験を持った人々のノンフィクションの取材は急ピッチで進んでいるので、ご期待いただければ、と思う。
さて、私がバシー海峡、そして南シナ海に向かう台湾最南端の地で取材していた時、東シナ海では、一触即発の事態が起こっていた。昨日5月24日、東シナ海上空で、自衛隊機に中国軍機が相次いで“異常接近”したのである。
それは、日本の防空識別圏に大きく踏み込む形で中国が昨年11月に一方的に設定した空域でのことだ。中国機は、日本の海上自衛隊機と航空自衛隊機に対して、それぞれ、およそ50メートル、30メートルまで「並走するように近づいてきた」というのである。
言うまでもないが、30メートルから50メートルまで近づけば、パイロットはお互いの顔がはっきりと見える。つまり、相手の表情を見た上で、「おい、やるか? やるならやってみろ」と、事実上、“喧嘩を売ってきた”ことになる。
幸いに自衛隊機はそんな挑発には乗らなかった。日本の防空識別圏に重なる形で中国は一方的に新たな防空識別圏を設定したのだから、中国にとってそこはあくまで「自国の空域」である。要するに彼らには、「日本が中国の防空識別圏に侵入してきた」という論理になる。
勝手に「設定」して、勝手に自国の領空(領海)だと「主張」し、そして相手には「有無を言わせない」。戦後、周辺国(周辺地域)と紛争を繰り返し、国内でも粛清と弾圧ですべてを支配し、さらにはここ10年で4倍に国防予算を膨張させた中国の面目躍如というところかもしれない。「政権は銃口から生まれる」という毛沢東の言葉通りの国家方針である。
中国の実質的な国防費は日本の防衛予算のおよそ「3倍」と言われる。世界のどの国よりも軍事大国化を押し進める中国は、「地域の現状を一方的に変える」ことに、いささかの躊躇もない。21世紀の現在、そんなことは国際社会では認められないが、世界中を敵にまわしても中国はそれを押し進めるだろう。それが「中国共産党」が持つ特性だからだ。
小野寺五典防衛相は本日、報道陣に対して「ごく普通に公海上を飛んでいる自衛隊機に対して、(航空機が)近接するなどということはあり得ない。完全に常軌を逸した行動だ」「中国軍の戦闘機には、ミサイルが搭載されていた。クルーはかなり緊張感を持って対応した」と、緊迫の状況を説明した。
それは、昨年1月、中国のフリゲート艦が東シナ海で海上自衛隊の護衛艦に火器管制レーダー(射撃用レーダー)を照射した事件を彷彿させるものである。だが、予想通り中国側は、即座に、そして激しく反論した。中国の国防部が、「中国の防空識別圏に“侵入”し、中ロ合同演習を偵察、妨害したのは日本の自衛隊機である」と発表したのだ。
両国の防空識別圏が重なる部分は、当初から航空自衛隊の関係者たちによって「ここが日・中の戦端が開かれる“Xポイント”になるだろう」と懸念されていたところである。実際にそれが現実になる「時」が刻一刻と近づいていることを感じる。
勝手に「自分の領土(空域)だ」と設定して、そこを力づくで「自分の領土(空域)」として実力行使をするのは、ベトナムやフィリピン相手の西沙諸島・南沙諸島での強引な資源掘削と建造物建設の実態を見れば、よくわかる。
日米安保条約第五条の規定によって、日本に対して “何か”をおこなえば、即座に米軍が乗り出してくることは中国もわかっている。それでも中国は「挑発をやめない」のである。
私が懸念するのは、人民解放軍の若手将校たちだ。彼らは、江沢民時代以降の苛烈な反日教育を受けて育った世代である。ただ日本への憎悪を煽る教育をおこなってきた影響は、彼ら青年将校たちにどの程度あるのだろうか。
中国の若手将校の動向が話題になることは少ない。しかし、ちょうど今週、アメリカ企業にハッカー攻撃を仕掛けたとして、米司法省が、中国人民解放軍の若手将校「5人」を産業スパイの罪で起訴したことが発表された。私にはこの事件が象徴的なものに見えた。
米司法省のホルダー長官の発表によれば、「中国人民解放軍の将校5人が、5つのアメリカ企業と労働組合にサイバー攻撃を仕掛け、機密情報を盗んだ。司法省は彼らをサイバー攻撃の疑いで起訴した。このハッカー攻撃は、アメリカ企業を犠牲にして、中国の国営企業など、中国に利益をもたらすために行われたものだ」という。
しかし、中国の外交部は例によって「中国は、アメリカによるサイバー攻撃の被害者である。これは捏造だ。中国は、アメリカに関連事実を説明し、行動を停止するよう求める」と反発した。何を指摘されようと、絶対に非は認めず、反対に「相手に罪をなすりつける」のが中国の常套手段だ。
彼ら若手将校は、肥大化する人民解放軍の中でもエリート集団であり、同時に「怖いもの知らず」だ。文革や貧困時代の中国を知らず、大国となって傍若無人の振る舞いをする中国しか知らない。
どの国でも青年将校は怖い。かつての日本がそうであったように、血気盛んな若手のエリート将校は、時として歯止めがきかなくなる場合がある。理想論を闘わせ、やがてそこに向かって突き進もうとする者が出てくるからだ。
今、中国は「日本が(世界の)戦後秩序を破壊しようとしている」と、世界中でキャンペーンを張っている。日本による「戦後秩序への挑戦」が、彼らのキャッチフレーズなのだ。彼らには、日本が本当に“悪”にしか見えず、それは“憎悪の対象”でしかない。視野の狭い若手将校がどんな考えを持っているかは、容易に想像がつく。
もともと中国国内のツイッターでは「敗戦国が何を言うか」「いっそ原爆を日本に落とせ」と、盛んにやり取りされている経緯がある。日中国交回復以後、3兆円ものODAを中国につぎ込み、さらには民間レベルでの「技術協力」によって、ひたすら中国のインフラ整備に力を注いだ日本。しかし、そのことを全く知らない青年将校たちの「時代」が中国に訪れていることを忘れてはならないだろう。
私はそのことに言い知れぬ恐怖を覚える。苛烈な反日教育には、史実にそぐわない一方的な“日本悪者論”に基づくものが数多い。それを真に受けた世代が、いま前面に出ているのである。
かつて日本の青年将校は、「アジアを解放する。有色人種をアングロサクソンの差別と支配からなんとしても解き放つ」という理想に燃え、そしてその過程で「自分たちには何でもできる」と思い込んでいった。
そんな理想の中で、いつの間にか、「自分たちがその欧米諸国と同じようなことをアジアに対しておこなっていた。ある時、私はそのことに気づきました」と、元山航空隊の元特攻隊員で、零戦搭乗員でもあった大之木英雄・海軍少尉が私にしみじみ語ってくれたことを思い出す。
自分たちの論理で、より過激な道を歩もうとする若手将校たちほど怖いものはない。。「“小日本”に核ミサイルをぶち込め」という意見がネットで氾濫する中国で、徹底した反日教育を受けた人民解放軍の青年将校たちは、今後、軍をどう導いていくのか。
操縦桿を握っているのは、彼らエリート意識に溢れた青年将校たちである。何百回、何千回とつづいていく「スクランブル(緊急発進)」の中で、「いつ」「いかなる」不測の事態が勃発するのだろうか。
私には、そのことを考えると深い溜息が出てくる。多くの日本の若者の命を呑みこんだバシー海峡を見てきた直後だっただけに余計、そう感じるのかもしれない。平和ボケしたわれわれ日本人も、不測の事態への「覚悟」だけは持っておくべき時代が来たことだけは間違いない。



