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- 2014年05月24日 20:28
交渉学から見たロシア・天然ガス大型商談の実相
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契約の詳細は、この文書を書いている現時点では、ほとんど明らかになっていない。ロシア側が中国に求めていた、開発プロジェクトのための投資協力(「頭金」の支払い)についても、中国が受けたのか拒絶したのか、互いに相矛盾した発言が、別々の情報源から聞こえてくる。
ただ、ガス価格については、ロシア側の希望に近い線で妥協できた模様だ。International Oil Daily紙によると、ロシアは$9.75/MMBtuを最低条件と言ってきたが、投資採算性を考えて$11を希望したらしい。他方、中国はトルクメニスタンからの輸入価格と同じ$9以下を要求したが、最終的にはそれ以上を払うことを合意したというのだ。この値段から逆算すると、かりに中国が投資協力するとしても、かなり限定的であることがうかがえる。
ちなみにこの商談、じつは10年以上前からロシアと中国の間で続けられてきた。しかし、ずっと折り合わなかった。主な意見の相違点は、無論、価格だ。最近の報道を見ていると、
「合意は近い」
「(プーチンが上海を訪問する)5月までには決まるだろう」
「価格以外の条項については、全て合意できた」
「上海で調印するらしい」
ときたが、肝心の上海二日目の夜になっても合意発表はなく、今回も決裂かと思われた。だが、帰る予定の日の朝4時(!)にとうとう合意に達した。いかにギリギリの決断だったかわかるだろう。
金額以外の項目は、すでに事前合意に達していた。すなわち、石油価格に連動するフォーミュラ(方程式)でガス価格を調整するとか、テイク・オア・ペイ条項がある、といた事である。
(テイク・オア・ペイ条項というのは、天然ガス契約によく出てくる条件で、製品を引き取らなくても、金を払わなければいけないという、一見非常識な契約である。食べ物屋にたとえれば、お食事に手をおつけにならなくても、代金はいただきます、ということになる。天然ガスはパイプラインで運ぶ場合も液化して運ぶ場合も、相当の先行設備投資が必要なので、このような条項が出てきたのだ。いわば、100人前の宴会を用意していたのだから、急に宴会やめましたと言われても、それなりのお代はいただきます、という論理である。)
そして結局、価格交渉だけが残った。しかし、大きな案件の交渉をした経験がある人はお分かりと思うが、「お金だけが討議事項」という状況は、交渉戦術上、最も避けるべきことなのだ。なぜなら、交渉とはすなわち天秤の両側にいろいろな果実の重りを置いて、両者が納得できる均衡状態を作ることだからである。そのためには、金額以外に提出できる手持ちの駒が、多ければ多いほどいい。値段の代わりに、保証期間だとか利用権だとか保険だとか頭金(支払タイミング)だとか、あれやこれやを置いてみる。
交渉論の分野に、BATNA (Best Alternative to Negottiated Agreement)という概念がある。最低限譲れない線を割り込んだ場合に、とるべき別の選択肢をいう。これを心の中に持って、交渉の席に着く。ロシア側にとって譲れない線が$9.75だったとしよう。もし価格がそれを割り込んだ場合、中国側から出してもらうべき別の交換条件が、何か必要だ。ところが、他の契約条件にすべて事前合意してしまっていたら、打つ手がなくなる。
結局、プーチンの持ち出した最後の手は、税金の緩和だったらしい。この契約は一応、ガスプロム社と中国CNPC社との企業間契約である。だが、もはやガスプロム社のレベルには、手駒が残っていなかったのだろう。いくら国営企業だといっても、税金までは決められない。だから、プーチン自身も、朝の4時まで交渉を見届けていたのだと思われる。まったく独裁者というのも、楽な商売ではない。
ただしこの結果は、ロシアの交渉戦術の失敗だけで生じた、というより、もともとそれだけ不利な闘いだったと見るべきだろう。交渉の基本的な優劣は、せんじつめると、双方がどれだけたくさんBATNAを持ちうるかで決まる。中国も確かに石油・ガスの一大輸入国だが、選択肢(売り手)は世界中に探しうる。しかしロシアが抱えるシベリアのガス輸出の選択肢(買い手)は、どう見ても地理的に限られているからだ。交渉戦術だけで、この差をひっくり返すのは難しい。むしろ、今は「金額」より「合意のタイミング」の方が重要だ、と考えて決断したプーチン大統領はさすがである。
もっともここまで読んだ方の中には、「お前は結局、何が言いたいんだ」とイライラする人もおられるかもしれない。プーチンをほめてるのか、けなしてるのか。ロシアと中国は親密なのか疎遠なのか。いったいどっちなんだ!?
別にどちらでもない。わたしはプロジェクト・アナリストとして、シベリア天然ガス開発というメガ・プロジェクトの一局面を、限られた情報からザッと分析してみたまでだ。ちょうど、株式アナリストが企業のニュースから、業績の上下を予測するように。今後、取引の詳細が明らかになるにつれ、この分析の当否も明らかになるだろう。
リーダーの人格論や好き嫌いだけで、仕事の成果を評価するやり方は、わたしはとらない。株式アナリストが、経営者の人柄や会社への好き嫌いで株価を予想しないのと同じである。
人格論や好き嫌い、仲の良しあしといった、人間関係のアナロジー(類比)で国家レベルの事案を解釈するのは、たしかに素人にもわかりやすい。しかし予測には適さないと、わたしは考える。現実はもっと複雑だからだ。大企業間の交渉や国家間交渉というのは、握手しながら、同時に空いている方の手で、互いにスキあらば殴り合っているようなものだ。たとえばそれは、最近の中国とイランの石油をめぐる関係を見ればわかる。だが、例によって長くなりすぎた。この話は、次回書こうと思う。
(追記:直近のニュースによると、ガスプロム社のメドヴェージェフ副代表は、中国は頭金として2.5兆円を払い込む約束だと行っている。ただし、このプロジェクトには、ロシア側だけで5.5兆円、さらに中国側パイプライン等でさらに2.2兆円を必要とする。だからロシアは制裁で苦しい中を、さらに資金調達に走らなければならない訳だ。なお、ガス価格については相変わらず口をつぐんでいるが、専門家の間では$10.7という観測も出ている--International Oil Daily紙による)
ただ、ガス価格については、ロシア側の希望に近い線で妥協できた模様だ。International Oil Daily紙によると、ロシアは$9.75/MMBtuを最低条件と言ってきたが、投資採算性を考えて$11を希望したらしい。他方、中国はトルクメニスタンからの輸入価格と同じ$9以下を要求したが、最終的にはそれ以上を払うことを合意したというのだ。この値段から逆算すると、かりに中国が投資協力するとしても、かなり限定的であることがうかがえる。
ちなみにこの商談、じつは10年以上前からロシアと中国の間で続けられてきた。しかし、ずっと折り合わなかった。主な意見の相違点は、無論、価格だ。最近の報道を見ていると、
「合意は近い」
「(プーチンが上海を訪問する)5月までには決まるだろう」
「価格以外の条項については、全て合意できた」
「上海で調印するらしい」
ときたが、肝心の上海二日目の夜になっても合意発表はなく、今回も決裂かと思われた。だが、帰る予定の日の朝4時(!)にとうとう合意に達した。いかにギリギリの決断だったかわかるだろう。
金額以外の項目は、すでに事前合意に達していた。すなわち、石油価格に連動するフォーミュラ(方程式)でガス価格を調整するとか、テイク・オア・ペイ条項がある、といた事である。
(テイク・オア・ペイ条項というのは、天然ガス契約によく出てくる条件で、製品を引き取らなくても、金を払わなければいけないという、一見非常識な契約である。食べ物屋にたとえれば、お食事に手をおつけにならなくても、代金はいただきます、ということになる。天然ガスはパイプラインで運ぶ場合も液化して運ぶ場合も、相当の先行設備投資が必要なので、このような条項が出てきたのだ。いわば、100人前の宴会を用意していたのだから、急に宴会やめましたと言われても、それなりのお代はいただきます、という論理である。)
そして結局、価格交渉だけが残った。しかし、大きな案件の交渉をした経験がある人はお分かりと思うが、「お金だけが討議事項」という状況は、交渉戦術上、最も避けるべきことなのだ。なぜなら、交渉とはすなわち天秤の両側にいろいろな果実の重りを置いて、両者が納得できる均衡状態を作ることだからである。そのためには、金額以外に提出できる手持ちの駒が、多ければ多いほどいい。値段の代わりに、保証期間だとか利用権だとか保険だとか頭金(支払タイミング)だとか、あれやこれやを置いてみる。
交渉論の分野に、BATNA (Best Alternative to Negottiated Agreement)という概念がある。最低限譲れない線を割り込んだ場合に、とるべき別の選択肢をいう。これを心の中に持って、交渉の席に着く。ロシア側にとって譲れない線が$9.75だったとしよう。もし価格がそれを割り込んだ場合、中国側から出してもらうべき別の交換条件が、何か必要だ。ところが、他の契約条件にすべて事前合意してしまっていたら、打つ手がなくなる。
結局、プーチンの持ち出した最後の手は、税金の緩和だったらしい。この契約は一応、ガスプロム社と中国CNPC社との企業間契約である。だが、もはやガスプロム社のレベルには、手駒が残っていなかったのだろう。いくら国営企業だといっても、税金までは決められない。だから、プーチン自身も、朝の4時まで交渉を見届けていたのだと思われる。まったく独裁者というのも、楽な商売ではない。
ただしこの結果は、ロシアの交渉戦術の失敗だけで生じた、というより、もともとそれだけ不利な闘いだったと見るべきだろう。交渉の基本的な優劣は、せんじつめると、双方がどれだけたくさんBATNAを持ちうるかで決まる。中国も確かに石油・ガスの一大輸入国だが、選択肢(売り手)は世界中に探しうる。しかしロシアが抱えるシベリアのガス輸出の選択肢(買い手)は、どう見ても地理的に限られているからだ。交渉戦術だけで、この差をひっくり返すのは難しい。むしろ、今は「金額」より「合意のタイミング」の方が重要だ、と考えて決断したプーチン大統領はさすがである。
もっともここまで読んだ方の中には、「お前は結局、何が言いたいんだ」とイライラする人もおられるかもしれない。プーチンをほめてるのか、けなしてるのか。ロシアと中国は親密なのか疎遠なのか。いったいどっちなんだ!?
別にどちらでもない。わたしはプロジェクト・アナリストとして、シベリア天然ガス開発というメガ・プロジェクトの一局面を、限られた情報からザッと分析してみたまでだ。ちょうど、株式アナリストが企業のニュースから、業績の上下を予測するように。今後、取引の詳細が明らかになるにつれ、この分析の当否も明らかになるだろう。
リーダーの人格論や好き嫌いだけで、仕事の成果を評価するやり方は、わたしはとらない。株式アナリストが、経営者の人柄や会社への好き嫌いで株価を予想しないのと同じである。
人格論や好き嫌い、仲の良しあしといった、人間関係のアナロジー(類比)で国家レベルの事案を解釈するのは、たしかに素人にもわかりやすい。しかし予測には適さないと、わたしは考える。現実はもっと複雑だからだ。大企業間の交渉や国家間交渉というのは、握手しながら、同時に空いている方の手で、互いにスキあらば殴り合っているようなものだ。たとえばそれは、最近の中国とイランの石油をめぐる関係を見ればわかる。だが、例によって長くなりすぎた。この話は、次回書こうと思う。
(追記:直近のニュースによると、ガスプロム社のメドヴェージェフ副代表は、中国は頭金として2.5兆円を払い込む約束だと行っている。ただし、このプロジェクトには、ロシア側だけで5.5兆円、さらに中国側パイプライン等でさらに2.2兆円を必要とする。だからロシアは制裁で苦しい中を、さらに資金調達に走らなければならない訳だ。なお、ガス価格については相変わらず口をつぐんでいるが、専門家の間では$10.7という観測も出ている--International Oil Daily紙による)



