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経済雇用形態の大いなる転機

リーマン・ブラザーズの破綻から5年という歳月が経過しているが、世界経済は新たな危機に直面している。これまでに各国中央銀行は、景気浮揚を目指して大規模な金融緩和を実施し、市場に溢れるリスク商品に幅広いサポートを提供してきた。だけど世界全体が大不況に襲われたことで、債務を無限に拡大させることはもはや不可能だと実感され、各国の財政問題が欧州を中心として世界経済に大きな打撃を与えている。政策選択を誤れば、世界経済が、デフォルト発生から大不況という悪循環に突入する可能性も十分にあるのだ。だけど債務削減(デレバレッジ)は遅々として進まず、先進国合計の債務残高は、依然としてGDP比300%前後となっている。こうした債務問題は何も金融危機だけが原因ではなくて、政府の放漫経営と厄介ごとの先送りという人間の本質ともいうべき性格的なものも要因としてあげられるかもしれない。いずれにせよ何世代にもわたって積みあがってきた債務は、簡単に解消することができないし、多数の先進国では、既に債務が維持不可能なほど莫大なものとなっている。そうした国では高水準の債務を抱えて緊縮財政を強いられ、それに伴う低成長を余技なくされるだろう。

政府は構造改革を短期間で実施することが求められ、多くの企業は収益基盤を確保するために経営方針の大きな見直しを迫られている。いつ市場からレッドカードを突きつけられるか、国も企業も怯えている。先行きは不透明で、人々の不安や怒りは今にも爆発しそうだ。人口構成の変化やグローバル競争の激化は、政府財政や雇用情勢をさらに逼迫されていて、各国の賃金の引き下げが生産性の向上によって競争力を回復させる必要があることは明らかだ。

一般的に労働市場の調整には、労働コスト調整、競争力と経済成長強化、または雇用流動性向上(労働者が雇用見通しの優れた地域や職業に移転する)のいずれかが必要なことは広く知られている。すでに経済危機を背景に、欧州では経済情勢が比較的安定している諸国に、アイルランド、スペインから移民が流入しているし、雇用市場の柔軟性が高い国では労働コストが低下している。でも多くの国では、現実問題として抜本的な構造改革を実行する余裕がないのが実情だ。

この不況の一番の煽りを食っているのが若者や低スキル労働者だろう。資本主義の世界において、企業は最小のコストで最大の利益を追求することが求められる。こうした環境下では、景気後退時において、企業は最も単位労働コストが高い(生産性が低い)人員を削減し、収益を維持しようとするに違いない。だけど厳しい規制や制度がある雇用流動性の低い国では、新たな雇用を抑制する形で調整が図られているのが現状だ。こうした国では労働人口が減少すると同時に、若年層が大学や大学院にとどまる傾向が強くなっていて、ひいては全般的に就業率は低下する。日本における正規社員と非正規社員という枠組みによる採用方針に構造的欠陥が隠されていることは世界的にも認知されているけれど、非正規社員を削減することによって雇用維持を図る方法は、これからも益々増加していくだろう。

長期的な不況により失業期間が長くなればなるほど、雇用者にとっては、その労働者を雇うインセンティブは低下する。つまり一度労働市場から退出をせまられた低スキル労働者は、職場復帰がさらに困難になり、就業経験の浅い若年層の失業率は高止まりすることになるだろう。でも単純に解雇規制を緩和して、雇用流動性を高めることだけが、この問題の最適な解ではないのだ。

いまや外資系金融機関が、厳格な解雇規制も、年功序列も存在しない超競争組織であることは広く知られている。資本主義の最先端ともいうべき組織で生き残るための指標はとてもシンプルだ。それは、「日々収益に貢献しているか否か」ということだけで、プロセスではなく、純粋に結果が求められる。だから理論的には、年齢、性別、人種といったあらゆる枠組みを越えて、能力をフェアに評価されることになる。でもこうした組織で退出を迫れれる人材は、大方の予想を裏切り、年配社員ではなく、大抵ジュニアクラスと呼ばれる若者世代が中心となる。

多くの外資系金融機関では、欧州債務問題や規制強化に伴い、新卒採用を実施することを取りやめたり、一定の補償金を支払って内定を取り消したり、就業経験が5年未満の若者世代を大量に解雇した。経歴も能力もぴかぴかな優秀な人材が、厳しい就職戦線をくぐりぬけて、晴れて正規社員で採用されたにも関わらず、解雇されたことによって、次のキャリアでは非正規社員として勤務しているケースも増えてきている。

また企業によっては、上位層の学生に、「結果さえ残せば絶対に正社員になれる。当然キミだったら大丈夫だ」といった甘い口約束のもと、一定年数非正規社員として採用し、高品質な人材だけを正規社員として新たに雇用契約を結びなおすといった方針をとっている。これは世界中で総じて失業率が高く、余剰労働力が歴史的な高水準になっていることも原因となっているけれど、高度資本主義組織では、こうしたことが起きるのは当たり前だ。

「解雇規制を緩和しろ、老人を退場させろ」と大合唱する学者や評論家にとって意外かもしれないけれど、これは紛れもない事実なのだ。だから「若者を守るために解雇規制を緩和せよ」というスローガンは、さらに彼らからチャンスを奪い、苦しめることになるだろう。ではなぜここでも若者が選択されてしまうのだろう。

一般的な企業は短期的且つ永続的に利益を生み出すことが求められる。だから多少高いコスト(人件費)を払っても、確実な販売網や長期的な経験から得た高いスキルをもった人材を雇用したり、保護したりするインセンティブをもっている。そこで解雇規制が緩和されれば、コストが高くつくまえにジュニアクラスを切り捨てるのは、企業として当然の選択だ。さらに若年層の人材は有り余っているから、有能な人材を比較的容易に雇用することができてしまう。

こうして考えていくと、ある意味で厳しい解雇規制は硬直性を高め、一部の若者から機会を奪っているのと同時に一部の若者を保護しているという奇妙な状態を作り出しているといえる。

最近毎年のように学生の就職活動に伴うミスマッチが報じられている。ワークス研究所が公表している大卒求人倍率(民間企業への就職を希望する学生の1人に対する、企業の求人状況を算出したもの)を見ると、13年卒業予定の大卒求人倍率は1.27倍となっており、就職氷河期と呼ばれた00年(0.99倍)と比較してもかなり良い数字であることが読み取れる。だけどSNSやインターネットの普及により、情報非対称性が解消されたため、大企業をはじめとした人気企業では競争が激化し、「中小企業に学生が集まらない」といったいわゆる「就職ミスマッチ」の状況が確かに生じている。こうした現状をうけて、マスメディアはこぞって、バブル時代の黄金の人生設計であった「いい大学にいって、いい企業に就職する」といった図式をなぞる学生たちを冷ややかに論評している。

日本は東日本大震災という未曾有の大災害を経験し、大きな犠牲を払ってきた。サプライチェーンは寸断され、電力問題も災いして製造業は致命的な被害を被った。ここに長期的な円高、高税率、少子高齢化といった数々の問題が加わって研究開発・販売におけるマザー機能を海外に移転する企業が続出した。黒田緩和により為替は一定程度戻ってきたとはいえ、日本の人口動態の問題は解決せず、エネルギー輸入が増大し、財政問題が深刻な日本に今一度機能を戻すかどうかは定かではない。

2012年、三菱商事の金属資源トレーディング部門が本社をシンガポールに移転させることを発表したことは記憶に新しい。シャープは、海外工場を売却することで、最終的に一万人超の「リストラ策」の実行をしたことでスリム化され、コスト削減による、収益の回復を実現した。またソニーは生産規模に応じた製造拠点の統廃合や更なる業務効率の向上を通じ、大掛かりなリストラ策を打ち出している。

今まで必死に積み上げてきたスキルを担保として、ハイレベルなリスクを取って外資系企業を目指しても、リスクに見合うリターンが得られないばかりか、次のキャリアに繋がるに足る経験も得られない。高倍率な就職戦線に赴き、死に物狂いで生き残り、運よく大企業に入社できたとしても、部門移転や大規模なリストラにさらされる可能性は増大した。はたまた将来的な成長企業を見出し、切磋琢磨してみても、グローバリゼーションの影響もあって、この産業構造の変化が目まぐるしい世界では、いつ入社した企業が衰退産業に陥るか分からない。つまり昔のように「企業に勤めれば一生安泰」といった神話が崩壊し、就職における安定的な進路は失われてしまったのだ。この正解が見えない世界で、若者は迷走し、右往左往しながら、もがき苦しんでいる。

世の中のほとんどの人は働くことによって生計を立てている。つまり社会という枠組みでいきるぼくたちは、好むと好まざるとに関わらず、お金を稼がなくてはならない。この当たり前の社会システムがいまや定式化されなくなり、より複雑になってきているのだ。だからきっとこれからもこの大いなる問いかけに対する確かな解答が見つかることはないだろう。でもこの残酷な世界で生き残るための糸口くらいは存在するに違いない。ぼくたちは苦しい道のりを選択することを迫られているのだ。このちょっと魅力を失った不透明な世界で。

参考文献
グローバリゼーション・パラドクス: 世界経済の未来を決める三つの道 画像を見る
国家はなぜ衰退するのか(下):権力・繁栄・貧困の起源 画像を見る
日本の失業率の裏に隠された真実

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