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「忘れられる権利」先取りしたEU最高裁判決の衝撃

グーグルは「過去」記事のリンクを削除せよ

欧州連合(EU)の最高裁判所にあたるEU司法裁判所(ルクセンブルク)は13日、ネット大手グーグルの検索結果としてすでに問題が解消された「過去」記事のリンクの削除を求める男性の訴えを認める画期的な判決を言い渡した。

ビッグデータ活用をめぐるサイバー空間の「プライバシー保護」と「表現の自由」をめぐって、欧州と米国は激しく火花を散らしている。

米国家安全保障局(NSA)の無制限かつ無差別的な情報収集と市民監視をさらけ出したスノーデン事件以降、欧州はサイバー空間の「米国一極支配」にあからさまなアレルギー反応を示してきた。

それだけに、EU最高裁の判決は世界のサイバー勢力図を一変させるインパクトを持つ。グーグルは数百万人にのぼる欧州の利用者からリンク削除を求められた場合、最悪シナリオでは対応コストが膨れ上がり「欧州撤退」という選択肢もちらつく。

サイバー空間は、グローバル・コモンズ(世界の共同利用地)になるどころか、米国、欧州、中国、ロシアなどに引き裂かれ始めている。ビッグデータ活用やサイバーセキュリティをめぐる日本の政策決定に与える影響も計り知れない。

「サジェスト機能」が生み出すプライバシー侵害

訴えていたのはスペインの男性で、16歳だった1998年に社会保障費の滞納で自宅が競売にかけられた。問題はすでに片付いているのに、自分の名前をグーグルで検索すると、当時の記事のリンクが表示されるのは、「プライバシー侵害だ」と訴えていた。

日本でも同じような裁判が起こされている。グーグルに自分の名前を入力すると犯罪を連想させる単語が自動表示されるのは「プライバシー侵害」として、男性がグーグルに表示差し止めを求めて仮処分申請を起こした。

男性は突然、会社を解雇されたり内定を取り消されたりするのを不審に思って調べたところ、グーグルの「サジェスト機能」でまったく身に覚えのない、犯罪を連想させる単語が表示され、複数のサイトに自分を中傷する内容が書き込まれていることに気づいたという。

一審は表示差し止めと30万円の賠償を命じたが、今年1月、東京高裁は一転、男性の逆転敗訴を言い渡した。グーグルのサジェスト機能による人格権侵害は認めたものの、「表示は抜粋にとどまり、名誉を毀損したり、プライバシーを侵害したりしているとはいえない」と判断した。

男性の不利益より、公共の利益を優先した判断だった。

採用や勤務評価の際、会社の人事部がインターネットで掲示板やソーシャルメディアをチェックするのは半ば常識になっている。

しかし、掲載されている内容が事実かどうかわからず、すでに償っている前科や過去の交際相手、住所や電話番号などプライバシーが暴露されているケースもある。

EU最高裁の判断は

日本の男性は「虚偽内容」、スペインの男性は「すでに片付いた過去の記事」という違いがあるものの、EU最高裁はグーグルのリンク自動表示にどんな判決を下したのだろう。

「不適切な、意味のない、または、もはや意味がなくなった、行き過ぎた」内容について、個人はデータ(個人情報)・コントローラー(今回の場合はグーグル)に削除を求めることができるという内容だ。

個人は各国のデータ保護局に申請し、データ保護局がプライバシー保護と知る権利、表現の自由のバランスを慎重に判断した上で、データ・コントローラーに削除を命じることになる。

欧州では、フランスで2011年、若いころ一度だけ撮影したヌード映像が30万を超えるホームページに転載された女性がホームページのリンクを自動表示するグーグルを相手取り情報の削除を求めて訴え、勝訴した。

世界で初めてインターネット上の個人の「忘れられる権利」を認めたケースとして注目を集めた。

「忘れられる権利」を先取りした狙いは?

EUの行政執行機関、欧州委員会は12年1月、1995年のEU個人データ保護指令を改定したEU個人データ保護規則案を発表、この中に、個人が、データを収集した企業や提供先に個人情報の消去を求められる「忘れられる権利」も明記された。

20年近く前のEU個人データ保護指令は国内法として効力はなく、加盟国がそれぞれ国内法を整備してきた。このため、加盟国間に法律のばらつきが生じ、企業がデータを域内でやり取りする妨げになってきた。

欧州議会の専門委員会は2013年10月、EU個人データ保護規則案を可決。「指令」を、加盟国において即時に効力を有する「規則」に格上げし、ばらつきの解消を図ろうとしている。

昨年のスノーデン事件で、「個人データの保護」は強化された。EU個人データ保護規則案では、検索エンジンやソーシャルメディア、クラウドなどのサービスを提供する企業は、EU域外の政府からEU域内の個人情報の提供を求められた場合、データをEU域外に持ち出して良いかどうか、EU域内のデータ保護機関の承認を得なければならなくなった。

NSAの情報収集プログラムへの対抗措置だ。

こうした規則を破った企業は、1億ユーロ(約140億円)または全世界売上高の5%のうち高い金額を上限とする罰金が課せられる。

個人データ保護規則案は14年中に適用する予定だったが、EU首脳会議で英国のキャメロン首相が慎重論を唱え、15年まで先送りされた。背後で、欧州とは異なる思惑を抱く米国の意向が働いているとみて良いだろう。

EU最高裁は、1995年のEU個人データ保護指令を根拠に「忘れられる権利」を先取りして認めることで、まとまらないEU首脳の背中を押したと言えるだろう。

しかし、法的に「忘れられる権利」がどう取り扱われるのか、今回のEU最高裁判決だけでははっきりしない。

グーグルはすでに著作権の主張があった場合、削除に応じるなど対応している。しかし、不特定多数の個人からのリンク自動表示の削除要請に対応できるシステムの開発を迫られるネット企業が果たして、莫大な順守コストに耐えられるのか。また、ネット企業による事実上の検閲を助長する危険性も払拭できない。

その一方で、政治家など「公人」の過去が「自分にとって不都合」という理由で削除されることはあってはならない。

欧州のグーグル・アレルギー

欧州はプライバシーにうるさい。ドイツはその中でも、最もプライバシー保護に厳格な国の1つとして有名だ。

グーグルは2007年、世界中の町並みを360度のパノラマ写真で表示する「ストリートビュー」のサービスを開始した。プライバシー対策として通行人や住民の顔や車のナンバープレートにぼかしを入れた。

しかし、欧州はこの措置に不満を唱えた。欧州の個人データ保護機関はストリートビューを撮影する車が走行する前に、住民に告知することを義務付け、ぼかし前のナマ画像を保存できる期間を限定した。

ドイツではさらに、自分の家にぼかしを入れるようグーグルに要求する権利まで認められた。10年にドイツ主要都市のストリートビューが公開されたとき、対象850万世帯の約2.9%に当たる24万4千世帯が自宅の画像を取り除くよう求めた。

さらに、グーグルがストリートビューを撮影する際、無線ランのアクセスポイント情報だけでなく、暗号化されていない通信内容まで収集していたことが発覚。

13年、ドイツ当局は、グーグルの刑事責任こそ問わなかったものの、14万5千ユーロの罰金を課した。罰金の最高額は15万ユーロから引き上げられるべきだとの見解も示された。

グーグルに対するこうした動きは今後、欧州全域に広がるとみられている。欧州ではスノーデン事件を契機に、グーグルは自分たちのプライバシーを食い物にしているという被害意識が一層強まっている。

激化する欧州VS米ネット企業の攻防

欧州委員会は今年2月、グーグルに対するEU競争法(独占禁止法)違反容疑の調査をめぐり、同社が提案した改善策を評価し、受け入れる方針を明らかにしたばかり。

米国とEUの「環大西洋貿易投資連携(TTIP)」交渉で、米企業は「国境を越えた自由なデータのやり取り」を要求。ドイツのメルケル首相は個人データ保護のルールをTTIPに盛り込むよう主張した。

しかし、欧州委員会は「個人データ保護のルール策定を条件にすると交渉を脱線させる恐れがある」とメルケル首相の主張を退けた。

個人データを保護するためインターネットに国境を設けることも、自国民への監視プログラムをむやみに強化することも、インターネットの最大の長所である開放性を損なう恐れがある。

ビッグデータをめぐって「個人が識別できない匿名化データは活用する」という認識は日米欧で共通する。しかし、企業の「自主規制」に委ねる米国と、個人のプライバシーを重視した統一ルールを定めようとする欧州のミゾは深いことを今回のEU最高裁判決は改めて際立たせた。

(おわり)

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