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中野区長はなぜ、多選自粛を定めたのか

 首長の多選は禁止すべきかどうかーー。こんな論争が盛り上がりつつあります。きっかけは多選自粛条例を制定した現職首長が、自らその規定を撤回し、4選を目指して区長選に出馬すること。この問題を考えるには、そもそもなぜそのような条例が制定されたのか、その経緯をたどる必要があります。

 「活力ある区政運営を実現するため、区長の職にある者は、連続して3期(各任期における在任期間が4年に満たない場合もこれを1期とする。)を超えて在任しないよう努めるものとする。前項の規定は、立候補の自由を妨げるものと解釈してはならない」

 東京の下町風情が残る中野区。2005年に施行した「中野区自治基本条例」には最近まで、こんな一文が掲げられていました。4選出馬を明確に禁止してはいないものの、努力義務として自粛するよう区長に求める内容です。

 この条例をつくったのは現在、3期目の現職区長である田中大輔氏。ところが次の選挙が迫った今年3月、この規定を削除するよう議会に提案し、自民党や公明党などの賛成多数で可決されました。条例の縛りから解き放たれた田中氏は、6月8日に行われる区長選に4選を目指して立候補すると表明しています。

 この条例が作られたのは、田中氏が多選の弊害を批判したのがきっかけでした。田中氏は初当選時の選挙公報に「区長の任期は2期8年まで」と明記。直後の区議会で、多選について「惰性に流れ、政策に偏りやゆがみができる」と訴えました。

 中野区の歴代区長を調べてみたところ、田中氏の前任者は昭和61年から平成14年まで、4期16年にわたって区長を務めました。田中氏は当時、区の職員。前任区長の仕事ぶりを間近でみたうえで、実感をもって「多選は政策の偏りやゆがみを生む」と判断したのです。

しかも、わざわざ条例にまで多選自粛を盛り込んだのは「権力者は自らの権力を縛れない」ことを理解していたからに違いありません。田中氏は制度によって権力に箍(たが)をはめるべきだと考え、実行に移したのです。

 米国では合衆国憲法で大統領の3選禁止を、36の州で州憲法により州知事の多選禁止を定めています。国会図書館によると、その主な理由は①権力の濫用の抑制②利益誘導型政治の防止③公共のニーズに応える政治行政の実現④政治行政の実績の確保⑤職業政治家への反発⑥選挙における競争性の確保⑦新しい人材と新鮮な考え方の取り入れーーとしています。

 ロシアでも憲法で大統領の連続3期当選を禁じていますが、その最大の理由は権力行使の乱用防止です。大統領に権限を集中させる一方、権力乱用を防止するために多選を禁じたのです。

 2000年、2004年と連続当選したプーチン大統領は、2期目の終盤でこの憲法を改正すべきかどうか悩みました。支持率が高く、議会にも3選出馬を求める声があったためです。

 しかし、結局は断念し、大統領の椅子からいったん降りました。結果的には傀儡であるメドベージェフ氏を一期だけ務めさせ、再び大統領に返り咲きましたが、独裁者とされるプーチン氏でさえ多選禁止は尊重したのです。後の時代に自分を超える独裁者が生まれるのを恐れたからかもしれません。

 日本の地方自治体も「大統領制」といわれるほど、首長に権限が集中しています。そのため政党も企業も団体も首長になびかざるをえず、選挙になればこぞって現職を応援します。だからこそ首長選は「現職が圧倒的有利」といわれ、再選を重ねるごとにさらにその権力基盤が強まるのです。

 問題なのは権力者がその椅子の座り心地に慣れてしまうことです。朝日新聞によると、田中氏は取材に「長くやれば権力基盤が強くなるという実感はない」と答えたそうです。当選前、権力に箍をはめるべきだと考えていた人の言葉とは思えません。

 もちろん多選には行政の継続性や安定性といったメリットもあり、多選がいいかどうか、制度によって箍をはめるべきかどうかは住民が選択すべきことです。しかし、今回の場合はいったん選挙によって住民が多選自粛を選択したという経緯を忘れてはなりません。

 権力の抑制をうたって当選しておきながら、いざ権力を握ると、その力を使って約束をひっくり返すーー。歴史を紐解くまでもなく、恐ろしさを感じます。

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