- 2014年05月08日 09:27
衆議院 文部科学委員会 2014年4月16日
3/4○細野委員 我々の案にもありますけれども、学校教育に住民が参加をする枠組みとしてやはり一番自然なのは、コミュニティースクールだと思います。私もかなりの数のコミュニティースクールを見ましたけれども、それは、極めて限定的な住民が例えば教育委員会に入るであるとか、そういう仕組みよりも、地域ですから、ちょうど子供が歩いて行ける範囲に学校はあるわけだから、そこにかかわるというのが住民参加の枠組みとして一番自然だと思いますので、何らかそれを、私も、一律どこでもきちっと同じようなものができるとは思っていないんです、相当過疎化しているところもありますし、静岡でもそうなんですよ。本当に数名しか子供がいない、一学年いない、もしくは、なかなかそれすらいないような学校もたくさんありますから、一律にということではないんだけれども、少なくとも、これだけ住民参加ということの必要性が言われている中において何ら法案に反映をされなかったというのは、残念だと思います。
もう一つ私が気になっているのは、今回のこの改正が出てきた一つの大きなきっかけは、これは、大津のあのいじめの問題があったことは事実ですよね。果たして今回のこのスキームというのは、いわゆる危機管理に適したものになっているのかということなんです。
大臣にちょっとまずお伺いしたいんですが、よくわからないのが、総合教育会議というものがどういう会議なのか。見方によっては、予算を執行する首長と実際に教育の執行をする教育委員会が合わさっているので、執行機関という見方もできる。ただ、一方で、現実的には教育委員会が日常的な教育についてはまさに執行機関なわけだから、そこに首長がかかわるという意味では、首長がそれをチェックをする機関というふうにも見ることができる。
また、総合教育会議のいろいろな項目を見ていると、非常に強調されているものとして、児童生徒の生命または身体に被害が生ずるとか、まさにいじめであるとか、さらには、例えば感染症のような問題、これは極めて深刻、こういった問題について対応するという意味では、ここが危機管理を担う会議に読めなくもない。
大臣、明確にこれがベストでこれ以外にないという案は、この仕組みはないと思うんです、我々も出してはいるけれども。それは完璧だとは言いませんよ。つまり相対的なものなので、それはわかった上で、この総合教育会議に一番期待している役割は何なんですか。
○下村国務大臣 まず、基本的な法の枠組みでありますが、この総合教育会議は、首長と教育委員会の意思疎通が必ずしも十分でないため、それぞれの役割を十分に果たすことができないとの指摘を踏まえて、これは、首長と教育委員会が協議、調整する場として設けられたものであります。
総合教育会議の設置により、首長と教育委員会が相互の連携を図りつつ、より一層民意を反映した教育行政の推進が期待をされます。
また、緊急事態が生じた場合には、首長が総合教育会議を随時招集することができることから、迅速な対応が可能であるというふうに考えます。
この総合教育会議は全ての教育委員が出席することが基本でありますが、緊急事態で教育委員を招集する時間の余裕もないという場合においては、同会議の定めるところによりまして、首長と教育長のみで会議を持つなど、柔軟で迅速な対応も可能であるというふうに考えます。
この総合教育会議において、例えば、いじめ問題に際し、緊急に予算措置を講じスクールカウンセラーを配置すること、災害に際し、授業の実施態勢の確保とともに児童生徒等の生活支援態勢を構築することなどの緊急措置について両者が協議し、迅速な対応をとることなどが考えられるということで、今までのシステムからすると、大津のいじめ問題なんかもそうですが、すぐ対応できるという仕組みとしての総合教育会議の役割が位置づけられると思います。
○細野委員 では確認ですが、この総合教育会議に、いじめの問題などの危機管理についても対応することを期待している、こういう理解でいいですか。
○下村国務大臣 はい、そのとおりです。
○細野委員 ちょっと恐縮なんですが、危機管理ということを考えると、こういう会議は一番向かないと思います。私は若輩なんですけれども、たまたま、危機管理のことについてはややいろいろなことにかかわってきた経緯があって、いろいろなものを見てきましたけれども、責任の所在が明確でない会議体で危機管理をやるのはやめた方がいいと思います。
例えば、調整ということをおっしゃったのでこの政府案も見てみたんですけれども、「構成員の事務の調整」というのが出てくるわけです。構成員というのは首長と教育委員会ですね。事務の調整という言葉はあちこちの法案で出てくるんですよ。
例えば文科省に関して言うと、ちょっと調べてみたんですが、所掌事務が書いてありますが、例えば科学技術、「関係行政機関の事務の調整に関すること。」と書かれている。総合科学技術会議もあります。内閣府には例えば宇宙とか海洋もある。ITなんか総務省もやっている。各省がいろいろな科学技術についてやっているのを、文部科学省は事務の調整をするということになっているんです。これは、予算のいろいろな調整は多少するけれども、権限は全てそれぞれのところにありますから、決定権限は何もないんですよ。
大臣にちょっとここは率直に、事務の調整という法律の文言しか与えられていないこの総合会議で危機管理が本当にできるというふうに思われますか。
○下村国務大臣 ぜひ整理して端的に質問もしていただきたいと思いますが、まずいじめ問題です、緊急問題。
これは先ほど申し上げたように、首長と教育長と二人だけでも緊急に対応するということが、これは可能だということを先ほど申し上げました。それから、あとは、首長が必要とあれば主宰をして総合教育会議でいろいろな話を、御指摘のようなこともすることもできます。
しかし、これはそもそも位置づけとして、決定機関ではないということを最初に申し上げました。これはあくまで調整機関ですから、実際は執行機関は首長が持っていて、それから教育長が持っているということですから、方向性のコンセンサスを決めるわけであって、この総合教育会議で全てを決定するということではないという、そういうたてつけになっているということについては御理解いただきたいと思います。
○細野委員 危機管理というのは、誰かが責任を持って最後決めるしかないんです。それを先延ばしできればそれは幸いなんですが、先延ばしできないケースもあり得る。いじめの問題もそうでしょう。感染症もそうかもしれない、例えば学校を閉鎖するかどうかとかそういうことも含めて。例えばですよ。そういったときに決定をする会議じゃないんですね、今大臣がおっしゃったとおり。招集は首長がするけれども、実際に執行するかどうかは教育長ですよね。
そういう、極めて緊急事態が発生をしたときに首長と教育長の意向が一致をしなかった場合はどうするんですか。
○下村国務大臣 教育における緊急事態というのは、児童生徒の生命等に影響を及ぼすような、そういうことであるというふうに思います。
本来、そのときに教育長が執行機関の責任者として判断をすればいいわけですけれども、それができないがために今回のような法律改正につながったという、これが大津の問題であったり、それから大阪市における高校生の、これはいじめというよりは、教師における体罰によっての自殺問題でありますが、いずれも教育委員会が、事件が起きる一年以上前から情報は入っていたにもかかわらず、適切な対応をしなかったということであるわけです。
これは首長がするということではなくて、権限としては教育長が持っているわけですから、地方自治体の場合はそういう情報が首長に入ってくる場合が多いですから、そのときに協議をして、実際にやるのは教育長ですけれども、しかし、教育長が即やれることだったらそれは教育長がやるということは当然のことだと思いますから、一々会議を開く必要は、緊急の場合はないわけであります。
○細野委員 ちょっと私の質問にそこは的確に答えていただいていないのですが、私は、この危機管理の、本当にここは判断をしなければならないという場面は首長の出番だと思います。むしろ、総合教育会議というのを設定してそこについて関与させるのであれば、そこだけは首長が指示をできるようにすべきだと思います。そこを、事務の調整という言葉で、決定権がない法律用語でおさめてしまったことによって、できない形になっていますよね。
では大臣、もう一回確認をしますが、そういう危機的な対応において首長の意向と教育長の意向が異なった場合、教育長が首長のやるべきだと考えていたことをやらなかった場合、これは首長は何かできるんですか。
○下村国務大臣 何をもって危機管理というふうに言うかということだと思うんです。
ですから、実際に、端的に首長がやるべき危機管理や教育長がやるべき危機管理はあると思います。それについては、一々総合教育会議を開かなくても対応を本来すべきことなんですよ、緊急の場合は。別に会議を開かなかったら対応できないということじゃなくて、それぞれの執行機関ですから、やるべきことだと。
それがなかなか決められないとか判断つかない部分については、緊急なことであっても、総合教育会議を開いて首長と教育長が協議をすることはできますけれども、本来はそれぞれの執行機関の責任において的確にやるべきことだと思いますから、総合教育会議を開かなくちゃいけないということではないわけです。




