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日本はそれでも「中国の掌(てのひら)」で踊るのか

2014年のゴールデンウィーク(GW)も終わった。昨夜は、大学時代のサークルの飲み会があり、夜中まで深酒した。帰路、酔い冷ましに午前2時を過ぎた都心をしばらく歩いたが、GWというのに3月から4月上旬の気温らしく、実に肌寒かった。当方のGWは、相変わらず世の中の休みとは無縁の仕事三昧の日々だった。今朝は、疲労困憊で職場に向かう連休明けのサラリーマンで電車が一杯になっていた。

GWというのは、国民の大型連休であると同時に、国会議員を筆頭に、議員センセイたちにとっては、貴重な“外遊”の時期でもある。地方議員には、「視察」と称されるこの海外旅行は最も大きな楽しみとなっている。一時期、税金の無駄遣いと批判が出たが、それでも今もつづく“年中行事”のひとつである。

今年、話題を集めたのは、自民党副総裁の高村正彦氏が会長を務める日中友好議員連盟の訪中だろう。私は当ブログで「真の“日中友好”をはかるためには、今は中国との距離を置くべき」と何度も書かせてもらっている。そのため、この訪中団の動向が気になっていた。

訪中前から「日中首脳会談の実現に向けた環境整備を図りたい」と、その目的が明らかにされていたからだ。「このメッセージが中国に利用されなければいいが……」と、私は思っていたのである。

いま日本側が「日中首脳会談」を開かなければならない理由は全くない。歴史問題を振りかざして世界中で“日本悪玉論”を展開している習近平・国家主席に対して「すり寄る」ような印象を世界に見せてしまっては、対中包囲網外交を展開している安倍外交そのものを「否定」してしまいかねない。さらに、当の中国に対しても誤ったメッセージを与えてしまうことになるからだ。

残念ながら、その懸念は的中した。報道によれば、高村会長は5月5日午後、中国共産党で序列3位の張徳江・全人代委員長と北京で会談し、「なんとか本来の戦略的互恵関係に戻したい。そのためには、日中首脳会談の実現を……」と伝えたという。予想通り、中国当局は、この“飛んで火に入る夏の虫”を逃さなかった。

張氏は「習国家主席に伝える」と述べるにとどまり、さらに高村氏が全人代と日本の国会の間で議会交流を行いたいとの意向を伝えると、「議会交流の再開が望ましい」と前向きな発言をした上で、「しかし、日本側が問題を取り除くよう態度で示して欲しい」と発言したのである。

会談から数時間後、中国外交部の女性報道官、華春瑩・副報道局長は内外の記者たちに、「日本の指導者は、歴史を直視して深刻に反省し、実際の行動で両国関係が正常な関係に戻れるよう真面目に努力すべきである」と、表明した。すなわち首脳会談をしたければ、「まず自ら態度を改めよ」というわけだ。勝ち誇ったような華報道官の表情が印象的だった。

私は、さまざまな思いが頭をよぎった。自民党副総裁の立場にある高村氏の発言は当然、安倍首相の意向によるものだろう。実際、張氏との会談の中で「これは安倍首相の気持ちです」と、首脳会談実現に対して注釈までつけたという。

連休前の4月24日に訪中した舛添要一東京都知事も、思惑を持った中国の掌で踊らされた。中国側の招きに応じて訪中した舛添氏は「北京市が数ある友好都市の中から一番最初に私をお呼びいただいたことは、中国国民、北京市民が本当に日中関係をよくしたいんだという思いが胸に響いています」と、都知事就任後初の訪中の感慨を披歴(ひれき)した。

しかし、中国側は日本との関係改善への意欲を示しながらも、「(日中間の)最大の問題は靖国神社参拝である」と釘を刺すことを忘れず、舛添氏は、「帰国して安倍総理とお会いする機会があれば正確にお伝えする」と、返答せざるを得なかった。

中国のやり方は、昔も今も変わらない。中国に招いて相手をおだて上げて有頂天にさせ、その上で、自分たちの主張をわからせ、さらにその要求を実現させるための“尖兵”に仕立て上げるのである。

中国に完全に取り込まれた小沢一郎氏が2009年12月、民主党議員143名を引き連れて訪中した例を見ればわかりやすい。訪中団の一人一人が「1人何秒」と注文をつけられた上で、胡錦濤国家主席(当時)と嬉々としてツーショットの記念写真に収まっていくさまが象徴的だった。

恥も外聞もない訪中団として歴史に刻まれたこの事例は別としても、相手が中国の場合、政治家は招待を受けた段階で、すでに「相手に取り込まれる」ことを認識しなければならない。

なぜなら、訪中して序列の高い人間と会えなければ、自分たちの価値は落とされる。政治家なら、それを避けたいのが人情であり、習性だ。そこが中国側の狙いどころなのである。日本の政治家が、まず地位の高い人間と会わなけれならないことが“第一”であることを中国側は熟知しているのだ。

そして、訪中の間に、地位の高い人間との会見が「可能になった」ということを告げ、その会見の実現自体に「感謝させる」のである。そして、会見の席上、中国側の言い分をありがたく“拝聴”させる。

知らず知らずの内に中国に対して膝を屈していく「土下座外交」の仕組みがそこにある。連休前に訪中した舛添氏も、そして今回の高村訪中団も、したたかな中国と中国人のやり方に乗せられたと言っていい。高村氏の場合、靖国問題で相当突っ込んだ議論をおこなったというのが唯一の“救い”かもしれない。

いま中国の内情はガタガタだ。ウィグル族による弾圧への抗議のテロが相次ぎ、大都市では、排気ガスや噴煙等による有害なPM2.5がまき散らされ、ばい煙による地球規模の環境破壊も一向に改善される兆しがない。

さらに中国は世界から孤立しつつある。ベトナムの排他的経済水域で海底資源の掘削を強引におこなっている中国に対して、アメリカは5月6日の記者会見で、国務省のサキ報道官が「中国の行為は挑発的であり、地域の平和と安定に役立たない」と、痛烈に非難した。

サキ報道官の言を俟(ま)つまでもなく、領土的野心を隠さなくなった中国と周辺諸国との摩擦はエスカレートしつづけている。尖閣や南沙諸島の奪取を目論んで、盛んに東シナ海、南シナ海を遊弋(ゆうよく)する中国艦船は、世界的な紛争が勃発する原因が「ここにある」ことを示している。

サキ報道官の会見があった翌7日、さっそく石油掘削作業をめぐって、作業を阻止しようとしたベトナム艦船と中国船が海上で衝突し、事態がエスカレートする懸念が高まっている。周辺諸国に対して挑発行為をつづける中国は、さまざまな場所で“一触即発”の状態にあることをはからずも世界に知らしめたのである。

アメリカは、この「仮想敵国・中国」に対して着々と手を打っている。オバマ大統領が連休前の4月28日、フィリピン訪問で、フィリピンへの米軍派遣拡大を図る新軍事協定に署名し、1992年にフィリピンから撤退していた米軍が20数年ぶりに「フィリピンに戻ってくる」ことが決められたのも、そのひとつだ。

オバマ大統領は、「アメリカのフィリピン防衛への関与は鉄板のように堅い。われわれは同盟国が孤立しないように関与を続ける。(領土にかかわる)論争は、平和的に、そして脅迫や威圧なしに解決されなければならない」と、国名の名指しこそ避けたものの、中国への痛烈な非難を含むスピーチをフィリピンでおこなったのである。

孤立を深める中国は、ウクライナ問題で同じように国際社会から孤立するロシアとの接近をはかるしかなくなっている。そんな中国に「首脳会談に応じてください」と日本側から懇願する必要はまったくない。

1970年代に、のたうちまわるような苦労の末に各種の公害を克服した日本からの援助を中国は喉から手が出るほど欲しい。そのために、世界中で対中包囲網外交を繰り広げる安倍政権にさまざまなルートを通じて「揺さぶり」をかけているのである。

今は、自治体の首長や政治家たちが訪中する時期ではない。行くこと自体が孤立感を深めつつある彼らを「勇気づかせてしまう」からだ。これまで何度も当ブログで書いてきたように今は我慢に我慢を重ね、臥薪嘗胆で中国との「距離」を置かなけれならない。

そうすれば、放っておいても、中国側から日本にすり寄ってくる。これまで「舐められていた」日本が着々と進める対中包囲網外交によって、日本への「対応の変化」を説く動きがやっと中国に出始めたのである。

ここまで中国にバカにされながら、日本は返済義務のない無償資金協力(ODA)を現在も年間およそ300億円もおこなっている(外務省・平成24年版ODA白書)。いまやるべきは、訪中してご機嫌を伺うことではなく、「貴国は、すでにわが国を上まわる経済大国となりましたので、謹んで無償資金協力を終了させていただきます」と、告げることである。

1972年の日中国交回復の際、周恩来首相は田中角栄首相に「言必信 行必果」(言必ず信、行必ず果)という孔子の言葉を書いた色紙を贈ったのは、あまりに有名だ。これは、いまだにその意味をめぐって論争が絶えない言葉である。

この言葉だけを見れば、「言うことは必ず偽りがなく、やるべきことは必ず結果を出す」という意味だ。だが、孔子の言葉には後段があって、「硜硜然 小人哉」(こうこうぜんとして しょうじんなるかな)とつづく。

これは、「それだけしかできないとしたら、それは小さな人間だ」という意味である。つまり、「言ったことには必ず偽りがなく、やるべきことは必ず結果を出す。だが、それだけしかできない人間は、小物である」という意味になる。

国交回復の当事者として訪中した日本の総理に対してすら、そんな言葉を色紙に書いて贈るのが中国の指導者である。それから42年という長い年月が経過し、日本はその間に「3兆円」を超える円借款をおこない、ひたすら中国の近代化のためのインフラ整備に力を注いだ。それがどれだけ「日中友好」に寄与したのかと思うと、深い溜息が出るのは私だけではあるまい。

もう、中国の掌で踊るのはやめ、「中国と距離を置く」必要性を噛みしめ、アジアの民主国家として毅然として中国と対峙すべきではないのか。その方が真の意味の日中友好への「近道」であることを政治家たちには理解してもらいたいものである。

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