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憲法9条の成立過程について

古関彰一教授は、著書の「新憲法の誕生」(中央公論社・1989年)と「『平和国家』日本の再検討」(岩波書店・2002年)の中で、日本国憲法制定過程を実証的に記述されています。特に、憲法9条の成立過程は公開記録等に基づき極めて実証的で説得的です。これに基づいて憲法9条制定過程をまとめてみました。
なお、「日本国憲法の誕生」(岩波現代文庫・2009年、「新憲法の誕生」改訂版)が必読です。

■日本国憲法制定のスタート

1945年(昭和20)年10月にマッカーサーが近衛文麿に自由主義的な憲法改正を示唆し、当時の幣原首相は、近衛に先行されないように、10月25日に憲法問題調査委員会(松本烝治委員長)を設置しました。ここから日本国憲法制定がスタートです(後記年表)。

早くも、12月28日に、民間研究者(高野岩三郎、鈴木安蔵等)による「憲法研究会」が民主的・自由主義的な「憲法草案要綱」を発表しました。GHQは同月30日には、この憲法草案要綱の英訳を作成しています。この憲法研究会の草案が後のGHQ憲法案に大きな影響を与えます。

■憲法9条の発案者

1946年1月24日、幣原首相がマッカーサー(M)と面談しました。そのとき、幣原が、戦争の放棄が理想であると語ると、Mがこれに強く賛意を示しました。 そして、Mは、次のように述べます。

極東委員会(FEA)では天皇にとって不利な情勢がある。しかし、日本が戦争放棄を世界に宣言すれば天皇制は存続できるであろう。


幣原首相が、友人である枢密院顧問官大平駒槌に語った内容を、大平の娘である羽室三千子が、上記の内容を記録しています(羽室メモ)。


■憲法問題調査委員会の松本私案がスクープされる

2月1日、秘密裏に検討されていた内閣の憲法問題調査委員会の「憲法改正試案」(「松本案」)が毎日新聞にスクープされた。この松本案は、大日本国憲法(明治憲法)に少し手を加えたものにすぎませんでした。憲法研究会の憲法草案とは大違いです。

■マッカーサー三原則

2月3日、Mは、憲法改正の次の3原則をGHQ民政局長ホイットニーに指示しました。

①天皇制の維持。天皇は職務及び権能は憲法に基づき行使される。

②国権の発動たる戦争は廃止する。

③日本の封建制度は廃止される。皇族を除いて貴族・華族は廃止。


2月4日、ホイットニーは、GHQ民政局行政部に憲法改正案を1週間で策定することを指示します。

これほどGHQが急いだのは、2月26日には極東委員会(FEA)が発足して、この極東委員会が動き始めれば、ソ連・中国・オランダ・オーストリアらの強硬派(天皇制廃止・天皇戦犯訴追)の圧力が強まる。そこで、それ以前にGHQの下で天皇制を維持する方向の憲法をつくっておきたかったのです。

■GHQの戦争放棄条項案

当初、GHQ民政局は、戦争の放棄を憲法前文に書くつもりであったが、途中でMの指示で本文に記載することになりました。

GHQ案
第1条(後に第8条となる)
 国権の発動たる戦争は、廃止する。
 いかなる国であれ他の国との紛争解決の手段としては、武力による威嚇または武力の行使は、永久に放棄する。
 陸軍、海軍、空軍その他の戦力を持つ権能は、将来も与えられることはなく、交戦権が国に与えられることもない。


■GHQ案の受け入れの閣議決定

日本政府は、2月8日、内閣の憲法問題調査委員会の「憲法改正要綱」(松本案)をGHQに提出しました。しかし、GHQは、これを無視して、2月13日、日本政府にGHQ案を手渡します。

2月21日、Mは、幣原首相と面談します。そして、Mは、戦争の放棄に不安を示す幣原首相を励まします。さらに、Mは、極東委員会は日本にとって極めて不快な問題を論じている。戦争放棄と象徴天皇制が要点である旨を述べます。

幣原首相は、翌22日、上記会談内容を報告して、GHQ案の受け入れを閣議決定しました。

要するに、天皇制を維持するためには、戦争放棄を呑むしかないとの判断です。この機会を逃すと、極東委員会が活動を開始して、天皇制廃止や天皇訴追に至りかねないと考えたからでしょう。この経過については、芦田均厚相(当時)のメモが残されています。

■日本案の作成

2月27日からGHQ案を日本側が日本語化する作業を開始しました。その日本語化作業は、憲法1条や憲法24条等々について、GHQと日本側との間で、色々なドラマというか、騙し合いというか、法戦というか、興味深いものがあります。9条についても紆余曲折をたどります。

■戦争放棄条項の紆余曲折

GHQの原案は次のとおりです。

GHQ案8条
 国権の発動たる戦争は、廃止する。いかなる国であれ他の国との紛争解決の手段としては、武力による威嚇または武力の行使は、永久に放棄する。
 陸軍、海軍、空軍その他の戦力を持つ権能は、将来も与えられることはなく、交戦権が国に与えられることもない。


これの日本案は次のとおりです。

日本案第9条
 戦争を国権の発動と認め武力の威嚇又は行使を他国との間の争議の解決の具とすることは永久に之を廃止す。
 陸海空軍その他の戦力の保持及び国の交戦権を之を認めず。


日本語案は3月2日に完成し、3月6日に幣原内閣が「憲法改正草案要綱」として発表しました。そして、4月10日に総選挙を経て、帝国議会での憲法改正を審議することになります。

■憲法制定議会の要求や総選挙の延期要求

3月14日、社会党や共産党、知識人が憲法制定には憲法制定議会を設けるべきとの声明を出していました。

他方、3月20日には、極東委員会(FEA)は、Mに対して、余りに早い憲法改正手続を憂慮して、総選挙を延期して憲法問題については慎重にすすめるようにと文書で要求しています。

ところが、Mは、極東委員会の総選挙延期要求を断固拒否すると回答しました。(もし、M のごり押しがなかったら、極東委員会が活発化して、天皇訴追、憲法制定議会の招集、天皇制廃止もあり得たかもしれません。)

■日本国憲法草案の発表

4月10日に総選挙の結果、幣原内閣は退陣して、吉田茂内閣に交代します。総選挙の後になって、日本国憲法草案が初めて全文が発表されました。

■帝国議会での「自衛権」論争

憲法9条について帝国議会での論争がなされました。次のような有名な自衛権論争があります。

●共産党の野坂参三衆議院議員
第9条は、我が国の自衛権を放棄して民族の独立を危うくする。侵略戦争のみを放棄する規定にすべきである。

吉田茂首相の答弁
第9条2項において、一切の軍備と国の交戦権を認めない結果、自衛権の発動としての戦争も、また交戦権も放棄したものであります。従来近年の戦争は多く自衛権の何において戦われたものであります。満州事変然り、大東亜戦争又然りあります。


現在はまったく真逆になっているのが皮肉です。

その後、9条はまさに内閣や内閣法制局によって「解釈改憲」されたのです。ちなみに、吉田首相の「完全非武装主義」の解釈は、一年前には鬼畜米英と言っていた保守派議員から理想的だとか素晴らしいとかで圧倒的賛成を得ているのも皮肉です。吉田首相の自衛権放棄論を聞いたうえで憲法に賛成しているのです。しかし、私個人としては野坂参三議員の意見が真っ当であると思います。

■芦田修正問題

帝国議会では、6月28日に憲法改正特別委員会(芦田均委員長)が設置されて、条文の審議が行われます。その結果、政府案は委員会案に次のように修正されます。

政府案
 国の主権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、他国との間の紛争の解決の手段としては、永久にこれを放棄する。
 陸海空軍その他の戦力は、これを保持してはならない。国の交戦権は、これを認めない。

委員会案
 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。


「芦田修正」とは、委員会案の2項の「前項の目的を達するため」という条項を追加したことです。この修正の意図を、芦田氏は「国際紛争を解決する手段として」の場合にのみ戦力・交戦権を放棄したことを明示し、自衛のための戦争は放棄していないというのです。

■実は、芦田修正ではなく、「金森修正」という古関教授の指摘

しかし、古関教授は、この「芦田」修正は歴史的真実ではないと資料を駆使して論証されます。他方、この「修正」は「金森国務大臣」の意向だとされます。

特別委員会の憲法9条を審議する小委員会で、芦田の当初の「修正案」は次のようなものであったのです。

(芦田修正案)
① 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際紛争を誠実に希求し、陸海空軍そ の他の他の戦力はこれを保持せず、国の交戦権は、これを否認することを宣言す る。
② 前項の目的を達するため、国権の発動たる戦争と武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。


この芦田の修正案は現在の9条の1項、2項を入れ替えたものです。これだと、第1項で一切の限定なく戦力不保持、交戦権を否認しており、絶対非武装を定めることになります。2項の「前項の目的を達するため」も国際紛争を解決する手段に限定するものにはなっていません。

これに異議を唱えたのは、金森国務大臣だというのです。小委員会議事録には掲載されていないが、入江法制局長官の記録では金森は次のように述べたとされています。

将来国際連合との関係において第2項の戦力を保持しないということについてはいろいろ考え得べき点が残っているのではないか。


結局、芦田は金森の提案を受け入れました。芦田自身は、「前項の目的」とは、「国際平和を希求」ということを指すものでどちらでも構わないと述べたそうです。

そしえ、前記のとおり委員会案が決まり、GHQ案と異なり、9条第2項に「前項の目的を達するため」が挿入されました。

当時、この修正の重大さに気がついていたのは、佐藤達夫法制局次長でした。修正後、GHQにこの案を示したら反対されはしないかと一抹の懸念を抱いたというのです。これは同氏の「日本国憲法誕生記」(中公文庫137頁)でも書かれている。

司令部(GHQ)は、こういう条文があると、前項の目的云々を手がかりとして、自衛のための再軍備をするとの魂胆があっての修正ではないかと誤解しやしませんか、ということを芦田先生に耳打ちした


■GHQも極東委員会(FEA)も修正の意味は気がついていた

このことに気がついたのは、内閣法制局の官僚だけではなかったのです。GHQのケーディス(民政局)は、占領終了後にインタビューを受けて次のように答えている。

修正によって、自衛権が認められることを知っていた。日本は、国連の平和維持軍の参加を将来考えているのだろうと推測した。


さらに極東委員会(FEA)の中華民国代表S・H・タンは次のように指摘していた。

この修正によって、9条1項で特定された目的以外の目的で陸海空軍の保持を実質的に許すという解釈を認めていることを指摘したい。・・・日本が、自衛という口実で軍隊を持つ可能性がある。


■「文民条項」を復活させた極東委員会

オーストラリア代表のプリムソルは、「文民条項」(大臣は軍人であってはならないと禁止する条項)の必要性を次のように強く訴えました。

将来必ず日本は軍隊を保持する。その際、日本の伝統で現役武官が陸海軍大臣に就くことになる。その際の歯止めとして文民条項は必ず定めるべき。


その結果、極東委員会がGHQに文民条項(現憲法66条2項)がの勧告によって挿入されたのです。いったん削除されていた文民条項が、極東委員会の勧告で復活したことになります。日本に被害をあった中国やオーストラリアは、日本を信用していなかったために、この条項を用いて、必ず日本が自衛のための軍隊を設けることを正しく見通していたわけです。

■憲法9条の意義

上記のとおり、憲法9条の制定過程を見ると、現憲法下でも、自衛のための戦力を保有すること自体は論理解釈としては成り立ちます。

もちろん、吉田首相が帝国議会で述べたとおり、完全非武装で、自衛戦争も放棄したと解釈することも論理的に可能です。

しかし、自衛のための戦力さえ完全に放棄する「非武装主義」は非現実的でしょう。野坂参三議員が指摘するとおり民族の独立を危うくするものだと思います。

そして、現時点においては、結局、国民の多くは、「専守防衛」という範囲で自衛隊を容認しているということでしょう。この法意識を無視することはできない。

ただし、現実の「自衛隊」が「専守防衛」の範囲内にあるかどうかは別問題です。
おまけに、「集団的自衛権」容認に踏み出すとなると、もはや「自衛権」の範疇を超えてしまいます。「集団的自衛権」は、他国の「防衛」のために戦力を行使する概念ですから。この点は、長くなったので踏み込まないようにします。

■「押しつけ憲法」論

上記の経過を見れば、圧倒的に占領軍(GHQ)の圧倒的影響下で、日本国憲法が制定されたのは事実です。そこで、「押しつけ憲法」という非難の声があがります。でも、現憲法には憲法研究会の民間憲法草案やワイマール憲法なども大きな影響を与えています。

他方、大日本帝国憲法は、伊藤博文が「ドイツ帝国憲法」を「猿まね」して、ごく一部の政治家・官僚が秘密裏に作成して、国民(=臣民)に押しつけた欽定憲法です。

当時、自由民権運動の中、民主的・自由主義的な「私擬憲法」がたくさんありました。有名なのは五日市憲法です。これらは一切、参考とされませんでした。

その意味では、国民にとって、迷惑な「押し付け憲法」は大日本帝国憲法の方でしょう。
今や押しつけかどうかが問題ではなく、その憲法の内容が妥当かどうかこそが問題なのだと思います。
戦後70年近く国民に支持されてきた現憲法に、今さら「押しつけ」との非難はもはや意味を持たないでしょう。

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