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シリア国内で暮らす友人たちの現状

弾丸日程でのヨルダン・レバノン訪問を終え、今日、無事に日本へと帰ってきました。

国内避難民となってしまった友人Nに会って経済的な支援を届けるのが今回の訪問の目的でしたが、残念ながら、今回は友人Nには会えませんでした。

詳しい事情までは分からないのですが、政府が突然、今月だけ公務員が国外に出ることを禁じたらしいのです。(友人Nは公立学校の教員のため、その対象者なのです)

一時はお金を渡すことも諦めかけましたが、現地で友人と連絡を取り合い、最後に機転を利かせて、彼の甥っ子兄弟にレバノンまで来てもらい、彼らにお金を託すことができました。

ただ、シリアの首都ダマスカスとレバノンの首都ベイルートの間にはなんといまは30箇所以上の検問所があるそうです。最後までどうなるか不安でしたが、つい先ほど友人Nと電話して、無事に彼の手元にお金が届いたことを確認できました。

今回まず渡すことができたのは、生活費の半年分の支援金。これで友人家族の生活が少しでも楽になればと思います。

ひとまず、これでミッション完了です。

ちなみに、「お金も嬉しかったけど、一緒に渡してくれた写真を見て、幸せな気持ちになれた。ありがとう」とのこと。4年ほど前に妻と一緒に彼の村を訪れたときの写真や、去年生まれた娘の写真を、とても喜んでくれたみたいです。

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さて、今回レバノンまで来てくれた友人Nの甥っ子2人。

兄のK(24歳・写真右)は、今回が国外に出るのは初めての経験。本当によく来てくれたなぁと思います。

弟のM(21歳・写真左)は、12歳の頃からよく知っています。当時からすごく利発な少年で、いつか検事になると言っていましたが、彼は初志貫徹して自分の夢を追いかけ続けて、いまは名門ダマスカス大学の法律学科で学んでいます。

彼らとの感動の再会を果たし、ベイルートの海辺のレストランで夕食をご馳走しながら、久しぶりに色々なことを語り合いました。本当に格別な時間で、今回来てみて本当に良かったと心底思いました。

ただ、こうして再会を喜ぶ幸せな時間の中でも、彼らとの会話には、当然のように内戦の悲劇と彼らの複雑な思いとが垣間見えました。

印象的だった話を、2つだけ書いておきたいと思います。


宙に浮いた若者たちの将来


ダマスカス大学で学ぶ弟のM。彼の兄弟たちは、彼のために出稼ぎをして、学費の仕送りをしたりしているそうです。検事を目指す優秀な彼は、文字通り「一家の希望」なのです。

ただ、本来であれば大学4年生になっているはずの彼は、いまもまだ3年生の過程を勉強しています。内戦の影響で授業が休講になったり、試験が受けられないといった事態が頻発していて、学生たちは過程通り進学できないのです。

なお、シリアの他の大学は壊滅的な状況になっていて、少しでも機能しているのはダマスカス大学くらいだそうです。そのため、ダマスカス大学には全国から大学生が集まってきて、学生数は従来の2倍以上に。混乱は更に広がるばかりだそうです。

M自身も、自分が来年卒業できるかどうかも分かっておらず、その後の検事になるための試験や司法修習などがどうなるかの見通しも立たず、不安でたまらないと嘆いていました。

彼自身は言っていませんでしたが、そもそも、シリアという国や、その国の法律がどうなっていくのかも分からない状況です。

そんな状況の中で彼は必死に法律を学ぼうとしていて、家族たちは「一家の希望」である彼を必死で支えています。

理不尽すぎる状況と、希望を持つ人間たちの強さ。僕には、彼らにかける言葉は何もありませんでした。


揺るぎない土地への想いと「難民」の辛さ


友人Nや甥っ子兄弟が住んでいたギルギスという村は、シリア南部クネイトラ県にある人口3,000人くらいの小さな村でした。

農業や牧畜を営む人々がのどかに暮らし、牛や羊たちの群れが行き来し、少し歩けばオリーブの木々も生い茂る、本当に美しい村でした。

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↑僕が2005年に撮影したギルギス村の風景


「見てみろ、ダイチ。この村には何でもあるだろう!」

僕が青年海外協力隊としてこの村に赴任した時、どの村人たちもそんな風に村の自慢をしていたのが、昨日のことのように思い出されます。

そして僕もまた、お金とかモノとかそんなものは何にもないはずなのに、確かにこの村には全部必要なものがありそうだと、何となく思えていました。

しかし、状況は一変してしまいました。

ギルギス村はいま、政府軍と反政府軍との交戦の主戦場となっています。なんでも、オリーブの生い茂る森は格好の戦場になるのだそうです。(この話を教えてくれた時の彼らの辛そうな顔が忘れられません...)

3,000人の村民のうち、いま村に残っているのは50人程度だそうです。既に全員が避難しているものだと僕は勝手に思っていたのですが、一部は村に残ることを選んだのです。そして、その多くは高齢者です。

「もうすぐ死ぬ自分たちは、生まれ育ったこの村で死にたい。」

きっと、それが彼らの気持ちなのだと思います。なお、僕の友人や甥っ子兄弟はこの数カ月間は村に入ってもいないため、村に残った人たちがどうなっているのかは全く分からないとのことでした…。

この国の人々の土地に対する想いは、かくも強いのです。

それだけに、彼らがいま自分たちの故郷を離れて生きなければならず、そして、いつその故郷に戻ることができるかも分からないという状況は、彼らにとっては身も心も引き裂かれるような辛いことなのだと思います。

内戦が激化してから友人Nと電話をしていて、「早く安全なところに移り住んだ方がいい」とずっと主張していた僕は、「難民」になることの辛さを、きっとこれっぽっちも理解できていなかったんだと思います。


ベイルートでの食事中、甥っ子兄弟たちは「次はギルギス村で会おう」「村の羊や野菜で、最高のご馳走をする!」と、村で僕をもてなすことを、何度も何度も約束してくれました。

この約束が1日も早く実現することを、僕も心の底から祈りたいと想います。


+++


最後になりましたが、乱文だらけの一連のシリア関連の記事を読んで下さった方々、本当にどうもありがとうございました。

日本でのシリアへの関心はあまり高くないと思って書いていたのですが、実はこの1週間のブログへのアクセス数は、僕がブログを始めてから最高を記録しました。そのことに、僕自身も大いに励まされました。

僕も明日からは通常の日本での生活に戻るわけですが、今回の訪問で感じたこと・考えたことを忘れないよう、日々を過ごしたいと思います。引き続き、自分にできることを、地道にやっていくことを誓います。

なお、何人の方から「日本にいる自分にもシリアのためにできることは?」といった質問を頂きました。そうした方のために、簡易的ではありますが
「シリア難民のために日本でできることの一覧」
を作成してみたので、もしよければ参考にして頂ければと思います。

それでは皆さん、今回は本当にありがとうございました!

NPO法人クロスフィールズ
小沼大地(@daichi0715

※ 当記事はNPO法人クロスフィールズ代表小沼の個人的著述です。

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