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竜田一人『いちえふ 福島第一原子力発電所労働記』

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『いちえふ』のあやうさ

 ぼくが竜田『いちえふ』について危惧するのは、この点である。「プレイボーイ」では、本作品が記録としてすぐれていることを高く評価したうえで、「危うさ」についても書いた。

 脱原発運動への敵愾心が先に立ち、客観的な記録を逸脱したり、ふみこむべき問題にふみこんでいないのではないか、という恐れである。

 竜田『いちえふ』の1巻の終わりには、まわりの労働者が「明るい」ということが描かれる。まわりの労働者はバカ話をしながら、ギャンブルや下ネタを連発しているのだ。作者竜田はどんな悲惨な現場だろうかと覚悟してきたが、わわれれの日常と変わらぬ「普通」さがそこにあるということを描こうとしている。

 しかし、ギャンブルと下ネタが連発するのは、30年前に書かれた『原発ジプシー』を見てもまったく同じだ。なのに、『原発ジプシー』を読むと、それは刹那的な生き方として見えてくる。要は同じ事実をどう受け止めるのかの違いだろう。

 1巻では、「ブラック企業」まがいだと主人公が言う「黒森建設」社長が登場する。かなりいい加減な労務管理、ろくに払われない手当などの問題が登場するものの、それ以上にふみこむのかどうかは、1巻だけではわからない。2巻の予告をみると黒森建設から脱出を図るとあるし、「多重下請構造」についても書かれていて、今後の展開を予想させるものはある。

 なので、今後こうした問題にも触れられていくことを期待する。もし触れないのであれば、竜田は余計な構造問題には口出しせずに、淡々と客観描写に徹することを期待したい。

 ぼくが「プレイボーイ」で危惧を表明したのは、経験・調査の範囲を逸脱して、その外の問題にうかつにふれてしまおうとする、竜田の態度だったのだ。

再稼働を主張する竜田

 しかし、2014年4月29日付の「朝日」を読んだとき、その危惧についてさらに深めざるを得なかった。

 同日付に竜田一人は登場し、「再稼働し『職人』絶やすな」と題する主張を展開していた。

 いま日本の原発は全部止まっていますが、私は原発作業の技術と人員を確保するために、当面、安全な原発の再稼働は必要だと感じています。稼働する原発があれば、1Fで線量がいっぱいに近づいた技術者や作業員は線量が少ない他の原発で働いて食いつなげるし、若手を連れていって修業もさせられます。(前掲「朝日」、強調は引用者)

 廃炉要員の技術継承と員数確保のためだけに再稼働しろと読める、この議論にはかなり無理がある。

 第一に、技術継承と員数確保のためだけなら、再稼働ではなく、老朽化原発の廃炉を進ませてその作業をさせてもいいではないか。たとえば5月1日付の「朝日」には「『廃炉検討』言及相次ぐ 老朽化原発、負担見極め 電力4社」という記事があった。

http://www.asahi.com/articles/DA3S11113020.html

 記事にあがっている30~40年近い老朽炉は、18もある。なぜわざわざ再稼働なのか。

 第二に、仮に第一のような措置をとらなくても、停止中の点検という方式もある。プラント停止中でも、ポンプ・熱交換器・空調などの点検や取り替えは行われている。

 第三に、仮に実際に原発で作業しなくても、国や東電の責任で報酬を支払う訓練方式での教育もあるではないか。報酬を支払って訓練させておくなら、被曝もせず、人員を確保し、技術を継承することもできる。

 この問題に関連していっておけば、作業員の確保がなされていないのは、端的に報酬の低さだろう。

 布施『ルポ イチエフ』では、事故後の福島第一原発の作業で絆を実感した作業員と、実感できない作業員について取材している。その差について、絆を実感できないという作業員はこう答えている。

「ないっすね。多分、もらえるものをもらっている人は、テンション高いんじゃないですか。もらえるものをもらっていれば、割り切れると思う。(理由は)それだけじゃないかもしれないけど、それが関係ないかって言ったら、やっぱり関係あると思う」(布施p.113)

 布施は「この答えは、胸にすっと落ちた」(布施同前)と言う。

 標準の報酬に加えて危険手当2万円が福島の高線量作業では出ることになっているが、それが行き渡っていない問題は、公契約法・条例*2のようなものをつくるか、もしくは国や東電の直接雇用にしてしまうかするのがいい。そうすれば確保できるのではないか。

 2万円では集まらない、ヤバい業者が絡んでいる*3からこそその価格で人が集められるというのであれば、さらに手当を上げることで集めるしかないだろう。

 第四に、これがもっとも本質的な問題なのだが、そもそも竜田のこの主張には、再稼働することのリスクが何も織り込まれていないということだ。よく言われるように過酷事故が再発する確率は「低い」のかもしれない。しかし、いったん起こってしまえば、時間的・空間的・社会的に取り返しのつかない問題をひきおこすという、「異質の危険(異常な危険)」をはらんでいる。

加藤尚武『災害論 安全性工学への疑問』 - 紙屋研究所 リンク先を見る

 竜田は「安全な原発」とナイーブな前提をおいている。「国境なき医師団の継承者がいなくなると困るので、安全な国境紛争や飢餓はたやすべきではない」という主張に似た不自然さをおぼえる。

 再稼働とリンクさせることが難しい問題を、かなりアクロバティックな主張で結びつけている印象が強い。そこに竜田の政治性、もしくは激しい市民運動への敵愾心を見るのである。

「現場」の運動への冷ややかな視線は竜田の専売特許ではない

 布施の『ルポ イチエフ』には、その終わりの章に、原発作業員が、脱原発運動をどう見ているかというインタビューが載っている。

 総じて手厳しい。

 たとえばこうだ。

「原発が爆発した点だけを見て、そこで飯を食っているうちらのような人間もいることとか他の面を見ていないような気がします。もちろん東電や政府の肩を持つつもりは、まったくありません。事故が起こったのは事実だし、彼らの責任も大きい。その責任をしっかりとらせて、安全対策もきちんとやった上で、再稼働すべきだと思います」(布施p.183)

 竜田ほど入り組んではいないが、驚くほど似ていることがわかる。

 他の人たちも、脱原発運動の「地に足のついてなさ」というか、現実と格闘している自分たちとのギャップを感じている様子が伝わってくる。

 ただ、布施のインタビューでは、にもかかわらず、そこで“仲たがい”している場合じゃない、として、デモへの理解をしなければならないと自分に言い聞かせる作業員も登場する。おそらく布施自身はそこに一つの希望を見いだしたのだろう。

 いずれにせよ、竜田の感情は決して「東電に洗脳された政治主義」というわけではなく、ごく自然な感情の一つだということができる。「現場」の運動への冷ややかな視線は竜田の専売特許ではないのだ。

 そして、くり返しになるが、ぼく自身は、このマンガを、客観的なイメージの記録として高く評価するものである。

*1:ちなみに、「プレイボーイ」での書評は今回で終了。約3年間お世話になった。読んでいただいた方々と担当の編集の方に感謝したい。

*2:行政が発注する公共工事などで働く人の賃金水準を確保することを義務づける法・条例

*3:布施は「中間の暴力団が絡んできます」「いまも入ってますよ」(布施p.128)という労働者を送り込む会社の社長の証言を載せている。

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