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- 2014年04月27日 17:59
テレビドラマは、崖っぷち〜なぜ新作は刑事物ばかりなのか?
例年通り4月から各キー局ではテレビドラマ(以下“ドラマ”)の新作が開始された。で、その視聴率は朝ドラの「花子とアン」を除き軒並みパッとしない。もはや言うまでもないことだが、情報ソースの多様化、とりわけスマートフォンによるインターネット環境の遍在化によって、人々のメディア摂取パターンが多様化した結果、テレビはかつてのように「メディアの王様」的な立場を降りてこれら諸メディアの一つとなったために、視聴率が全般的にどんどん低下している(もっとも視聴率を測定する方法にも問題もあるのだが)。なので、ドラマの視聴率低下も致し方ないということになるのだが。
しかしながら、こういったテレビの「構造不況」的な側面だけでは、ドラマの視聴率の低下は説明し尽くせるものではないだろう。その傍証が昨年の「半沢直樹」で、ドラマはダメだダメだと言われながらも最終的に40%を超えるトンデモ視聴率をたたき出してしまったのだから。 今回は、新しく始まったドラマのカテゴリーに焦点を当て、現在のテレビドラマが抱えている視聴率低下の原因についてメディア論的に考えてみたい。
(刑事・捜査物)
(それ以外)
こうやってざっとカテゴリーをみてみると、やっぱり「なんだかな~」という感じがする。新味がないのだ。というか、全然工夫が感じられないのだ。「焼き直し」「使い回し」といった表現がピッタリだ。
まず、とにかく刑事物・捜査物が全体の半分を占めていることに驚く。で、よく見てみると、もしあなたがこのカテゴリーが好きだったら、ほぼ一週間ぶっ続けで見続けることが出来るようになっている。ちなみに、これに「サスペンス劇場物」(これも刑事物・捜査物)が加わるんだから、その日のうちにハシゴも可能なこともあるというわけだ。
しかしながら、刑事・捜査物が幅をきかすのは納得がいく。もはやテレビを視聴するコア層は50代以上(いや60代以上かも知れない)。この世代は「非インターネット世代」、いいかえれば「テレビ第一世代」とそれ以前の世代。つまり「メディアと言えばテレビ」という認識で人生を過ごしてきた層。そして、もはや高齢であるので新しいものに関心をあまり向けない。となると旧態依然とした「刑事・捜査物」がやっぱり落ち着くのだ。
そして、この層はテレビを見捨ててネットに走らず、ずっと死ぬまで付き合ってくれる「お得意様」。だから、刑事物をやっている限りは、ある程度の視聴率を稼ぐことが出来る。実際「それ以外」のカテゴリーに比べると視聴率にバラツキがない。ここにあげた視聴率は初回のものだが、おそらくこれ以降も大して上下することなく視聴率は続くのだろう。ちなみに帯ドラマの「花子とアン」も高視聴率を維持しているが、これも、こういったコア層をがっちり捕まえようとするベタな展開だ。
ところが「刑事・捜査物」以外のカテゴリーもパッとしない。こちらも、実に過去の遺産での食いつなぎという感じがする。橋田壽賀子、池井戸潤作品、トレンディドラマの残党?的なキャスティング、あまちゃんキャスト大挙出演なんてのがその典型で、どこをみてもそこに新味が感じられない「パッチワーク」。これでは、後続世代はこれまで以上にメディアアクセスをインターネットに向けていくのではなかろうか。つまり、結局のところ僕が指摘したいのは、ドラマを制作する人間たちのイマジネーションの欠如なのだ。
「半沢直樹」の戦略は、複数の世代の顧客を同時にマーケットの対象とする手法。半沢直樹のストーリーは実にベタな勧善懲悪、つまり「水戸黄門」と代わるところはない。そのわかりやすさで保守的な高齢者層をゲットすることが出来る。だがその一方で、たたみかけるような早い展開は若年層にも歓迎される。また、舞台が銀行と言うことで、今度は30~40代の中年層にも支持される。それが結果として40%を超える視聴率を結果したと言えるだろう。「半沢直樹」は投手で言うならマー君のような超本格派剛速球投手なのだ。
一方、逆に顧客層をバッサリと切り落とし、それに一部の層の熱狂的な支持を取り付けたのが「あまちゃん」だ。昨年前半「あまちゃん」は大ブームとなったが、視聴率に関する限り、そのあとの「ごちそうさん」や現在放送中の「花子とアン」と大差がない。だから「あのあまちゃん騒ぎはなんだったんだ?」と首をひねりたくならないでもない。ところが、そうではない。「あまちゃん」と後の二つは戦略が違う、言い換えれば顧客層が違っているのだ。つまり「ごちそうさん」「花子とアン」が「テレビ世代の高齢者」をガッチリ掴み、「あまちゃん」が「インターネット世代」を掴まえた。で、「あまちゃん」がやたらに騒がれたのはネット上。なぜか?40代以下のインターネット層が「あまちゃん」を支持し、普段馴染んでいるTwitterやfacebookにどんどんコメントを書き込み、これをメディアが取り上げたためだ。また「あまちゃん」が作品的に受けたのは、朝ドラとしてはあり得ない数々の新しい手法をそこにギッシリと詰め込んだから。いわば変化球、あるいは魔球?を投げていたということになる。詳細に関しては以前に説明しているのでそちらを参照願いたいが(「半沢直樹とあまちゃんが示す、テレビドラマのあり方~二つの共通部分は?http://blogos.com/article/71252/)、一つだけ繰り返しておけば、一回見ただけだけでは消費できないほど多くの情報を詰め込み、視聴者はそれを解明しようと一日何回もテレビで再放送を見たり、ビデオ録画で繰り返し視聴したりした。「あまちゃん」は、いわば「オタク」的、今日的なメディア摂取スタイルに適合した番組構成だったのだ。で、こんなややこしい番組は「刑事・捜査物」が大好きな高齢者にはわかりっこない。だから年寄りがそっぽを向いた。そして「あまちゃん」終了とともに、かつての朝ドラ視聴者が戻ってきたというわけだ。だから視聴率はどっこいどっこいだったというわけだ。
で、当然ながら、テレビドラマというカテゴリーを存続させるためにすべきことは「あまちゃん」的な形で世代を入れ替えをやることだろう。もっとも、前述したように「あまちゃん」終了後の朝ドラが安定した視聴率を取っているので、実は「あまちゃん」はあれだけの視聴率を取ったとしても「時期尚早な社会実験」だったのかもしれないけれど。とはいうものの、いずれにしても未来は「あまちゃん」の方にあるだろう。
ちなみに、個人的にはこういった剛速球や変化球?魔球?を投げている番組、実はテレ東のドラマに見て取ることが出来る。「三匹のおっさん」「孤独のグルメ」なんてのは、実にスリリングだ。で、これが低予算で出来ているって言うのが、何とも皮肉な話なんだが……。
しかしながら、こういったテレビの「構造不況」的な側面だけでは、ドラマの視聴率の低下は説明し尽くせるものではないだろう。その傍証が昨年の「半沢直樹」で、ドラマはダメだダメだと言われながらも最終的に40%を超えるトンデモ視聴率をたたき出してしまったのだから。 今回は、新しく始まったドラマのカテゴリーに焦点を当て、現在のテレビドラマが抱えている視聴率低下の原因についてメディア論的に考えてみたい。
「刑事物とそれ以外」という二つのドラマカテゴリー
まあ最近の傾向なのだけれど、テレビドラマは「刑事・捜査もの」と「それ以外」というカテゴリーに大別することが出来る。4月以降の主要なドラマ21本(すでに視聴率が出ている番組)もご多分に漏れずこの二大カテゴリーに分けられる。以下、ズラっと並べてみよう。それぞれ1.タイトル、2.主人公の役どころ、3.主役、4.初回視聴率、さらに※は特記事項を記載した。(刑事・捜査物)
- ホワイトラボ:科研捜査官(北村一輝)、8.3%
- ビターブラッド:銀座刑事(佐藤健、渡部篤郎)、%
- チーム:管理官(小澤征悦)、9.1%
- 刑事110キロ:捜査一課課長つき刑事(石塚英彦)、9.7%
- MOZU:警視庁公安部(西島秀俊)、13.3 %
- スモーキング・ガン:民間科捜研調査員(香取慎吾)、10.3%
- トクボウ:警察庁生活安全局特殊防犯課(井原剛志)、5.8%
- ロンググッドバイ:探偵(浅野忠信)、7.6%
- マルホの女:保険犯罪調査員(名取裕子)、8.4%
- BORDER:殺人犯罪捜査刑事(小栗旬)、9.7%
- 極悪がんぼ:探偵(尾野真千子)、13.6%%
(それ以外)
- なるようになるさ:レストラン経営(浅野温子・舘ひろし)※橋田壽賀子家族ドラマ+トレンディ俳優の共演、9.4%
- サイレントプア:ソーシャルワーカー(深田恭子)、6.3%
- 花咲舞が黙ってない:銀行員(杏)※池井戸潤作品、17.2%
- ブラックプレジデント:会社社長(沢村一樹)、8.3%
- 銀二貫:侍・商人(林遣都)※時代劇、7.6%
- 最後から二番目の恋:TVプロデューサー・市役所観光課(小泉今日子・中井貴一)※トレンディドラマ俳優の共演、14.0%
- ファーストクラス:ファッション雑誌編集部インターン(沢尻エリカ)※ドロドロトレンディドラマ、6.5%
- アリスの棘:消化器外科新人医師(上野樹里)※病院もの、14.2%
- 死神君:死神(大野智)※ファンタジー、11.2%
- 弱くても勝てます:高校教師(二宮和也)※青春学園もの「あまちゃん」キャスト多数出演、13.4%
こうやってざっとカテゴリーをみてみると、やっぱり「なんだかな~」という感じがする。新味がないのだ。というか、全然工夫が感じられないのだ。「焼き直し」「使い回し」といった表現がピッタリだ。
まず、とにかく刑事物・捜査物が全体の半分を占めていることに驚く。で、よく見てみると、もしあなたがこのカテゴリーが好きだったら、ほぼ一週間ぶっ続けで見続けることが出来るようになっている。ちなみに、これに「サスペンス劇場物」(これも刑事物・捜査物)が加わるんだから、その日のうちにハシゴも可能なこともあるというわけだ。
しかしながら、刑事・捜査物が幅をきかすのは納得がいく。もはやテレビを視聴するコア層は50代以上(いや60代以上かも知れない)。この世代は「非インターネット世代」、いいかえれば「テレビ第一世代」とそれ以前の世代。つまり「メディアと言えばテレビ」という認識で人生を過ごしてきた層。そして、もはや高齢であるので新しいものに関心をあまり向けない。となると旧態依然とした「刑事・捜査物」がやっぱり落ち着くのだ。
そして、この層はテレビを見捨ててネットに走らず、ずっと死ぬまで付き合ってくれる「お得意様」。だから、刑事物をやっている限りは、ある程度の視聴率を稼ぐことが出来る。実際「それ以外」のカテゴリーに比べると視聴率にバラツキがない。ここにあげた視聴率は初回のものだが、おそらくこれ以降も大して上下することなく視聴率は続くのだろう。ちなみに帯ドラマの「花子とアン」も高視聴率を維持しているが、これも、こういったコア層をがっちり捕まえようとするベタな展開だ。
過去の遺産で食いつなぐ
ただし、こういった「刑事・捜査物」に依存するというのは、全くもって将来が暗いと言うことでもある。当然のことだが、時代とともにコア層はさらに高齢化し、先細りするからだ。だから、とりあえず急場しのぎ、その場しのぎでこういった作品を次から次へと打ち出してはいるが、これは最終的には自滅行為に至ってしまう恐れがある。やはり、新規顧客の創出、より明瞭に言えば下の世代を獲得する必要があるのだ。ところが「刑事・捜査物」以外のカテゴリーもパッとしない。こちらも、実に過去の遺産での食いつなぎという感じがする。橋田壽賀子、池井戸潤作品、トレンディドラマの残党?的なキャスティング、あまちゃんキャスト大挙出演なんてのがその典型で、どこをみてもそこに新味が感じられない「パッチワーク」。これでは、後続世代はこれまで以上にメディアアクセスをインターネットに向けていくのではなかろうか。つまり、結局のところ僕が指摘したいのは、ドラマを制作する人間たちのイマジネーションの欠如なのだ。
「半沢直樹」と「あまちゃん」の新奇性
じゃ、どうすればいいのか?さしあたりそのやり方を示したのが「半沢直樹」と「あまちゃん」だった。「半沢直樹」の戦略は、複数の世代の顧客を同時にマーケットの対象とする手法。半沢直樹のストーリーは実にベタな勧善懲悪、つまり「水戸黄門」と代わるところはない。そのわかりやすさで保守的な高齢者層をゲットすることが出来る。だがその一方で、たたみかけるような早い展開は若年層にも歓迎される。また、舞台が銀行と言うことで、今度は30~40代の中年層にも支持される。それが結果として40%を超える視聴率を結果したと言えるだろう。「半沢直樹」は投手で言うならマー君のような超本格派剛速球投手なのだ。
一方、逆に顧客層をバッサリと切り落とし、それに一部の層の熱狂的な支持を取り付けたのが「あまちゃん」だ。昨年前半「あまちゃん」は大ブームとなったが、視聴率に関する限り、そのあとの「ごちそうさん」や現在放送中の「花子とアン」と大差がない。だから「あのあまちゃん騒ぎはなんだったんだ?」と首をひねりたくならないでもない。ところが、そうではない。「あまちゃん」と後の二つは戦略が違う、言い換えれば顧客層が違っているのだ。つまり「ごちそうさん」「花子とアン」が「テレビ世代の高齢者」をガッチリ掴み、「あまちゃん」が「インターネット世代」を掴まえた。で、「あまちゃん」がやたらに騒がれたのはネット上。なぜか?40代以下のインターネット層が「あまちゃん」を支持し、普段馴染んでいるTwitterやfacebookにどんどんコメントを書き込み、これをメディアが取り上げたためだ。また「あまちゃん」が作品的に受けたのは、朝ドラとしてはあり得ない数々の新しい手法をそこにギッシリと詰め込んだから。いわば変化球、あるいは魔球?を投げていたということになる。詳細に関しては以前に説明しているのでそちらを参照願いたいが(「半沢直樹とあまちゃんが示す、テレビドラマのあり方~二つの共通部分は?http://blogos.com/article/71252/)、一つだけ繰り返しておけば、一回見ただけだけでは消費できないほど多くの情報を詰め込み、視聴者はそれを解明しようと一日何回もテレビで再放送を見たり、ビデオ録画で繰り返し視聴したりした。「あまちゃん」は、いわば「オタク」的、今日的なメディア摂取スタイルに適合した番組構成だったのだ。で、こんなややこしい番組は「刑事・捜査物」が大好きな高齢者にはわかりっこない。だから年寄りがそっぽを向いた。そして「あまちゃん」終了とともに、かつての朝ドラ視聴者が戻ってきたというわけだ。だから視聴率はどっこいどっこいだったというわけだ。
で、当然ながら、テレビドラマというカテゴリーを存続させるためにすべきことは「あまちゃん」的な形で世代を入れ替えをやることだろう。もっとも、前述したように「あまちゃん」終了後の朝ドラが安定した視聴率を取っているので、実は「あまちゃん」はあれだけの視聴率を取ったとしても「時期尚早な社会実験」だったのかもしれないけれど。とはいうものの、いずれにしても未来は「あまちゃん」の方にあるだろう。
要は創意工夫です!
なので、僕がテレビに訴えたいのは「もっと創意工夫しろ」ということ。バッティング投手、いや草野球投手レベルの棒ダマを投げていても、後続世代は面白いとは思わない。もっと剛速球、あるいはもっと変化球、いいかえればドキッとするような新奇性のあるものを提供すること。実はやっぱりこれが求められているんじゃないんだろうか。で、現在、それが出来なくなってしまっているのがドラマで、ところが視聴率の低迷をネットのせいにしているゆえに、自らの体たらくを振り返っていない。そんなふうに思えないこともない。ちなみに、今回は「刑事・捜査物」をやり玉に挙げたけれど、これが問題なのは「こぞってこのジャンルばっかりやる」ことにあるのであって、「刑事・捜査物」それ自体が悪いというわけでは決してないことをお断りしておく。前述したように創意工夫すればいい、ドラマの新しい側面をみせればよい、新しい世代を掘り起こせればよい、複数の世代をターゲットにできればよいのだから。90年代後半、サラリーマンとお笑いの要素を入れて刑事物に新たな風を吹き込み、多くの視聴者獲得を成功した「踊る大捜査線」のように。ちなみに、個人的にはこういった剛速球や変化球?魔球?を投げている番組、実はテレ東のドラマに見て取ることが出来る。「三匹のおっさん」「孤独のグルメ」なんてのは、実にスリリングだ。で、これが低予算で出来ているって言うのが、何とも皮肉な話なんだが……。



