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一億総びびり症

 このところ漂う第一の問題は、専門家の不足。第二の、そしてより大きな問題は、ここ10年以上、日本に蔓延する「一億総びびり症」です。縮み指向、とも言う。まずいことが起きると、じゃやめとこ、締めてしまおう、となる安全志向。超自粛モードです。そして自縄自縛で動きが取れなくなる。そんな情勢が続いています。
 
 震災後、被災地以外の土地で、集まりや遊びを自粛し、下を向いて歩くのが礼儀のような空気がたちこめました。テレビのCMもしばらく自粛されていました。復興に当たってはこれが最大の敵だと考え、ぼくが会長として5月にとりまとめた知財本部コンテンツ調査会の報告では、「自粛を自粛する」という文句を数度にわたり書き込みました。空気を換えたかったのです。

 この国、びびってるなぁと明確に感じたのは、姉歯問題。構造計算書偽造問題と記すべきでしょうか。地震などに対する安全性の計算を記した構造計算書を偽造していたことに始まる一連の事件です。2005年のことでした。この事件の内容はともかく、結局その後2006年、建築確認を厳格化すべく「建築基準法」が強化され、全国的に建設業が冷え込み、景気減速につながりました。これは建基法不況などと呼ばれ、2007年の経済成長率が下方修正された主な原因は建築基準法改正に基づくものだと当時の官房長官が表明するに至っています。

 同様の事態は金融でも生じました。投資家保護を重視するあまり、「金融商品取引法」で商品販売の際に過重な説明義務を課し、投資ファンドの日本離れを招いたことや、多重債務問題の解消と借り手保護を理由として「貸金業法」の規制を強化し、中小企業の資金繰りが厳しくなるという事態も発生しました。官製不況の事例です。

 医薬品をネットで売るのは危険、ということで対面販売以外で医薬品を販売することを禁止する「薬事法」の2009年改正も、ヤバいことはとりあえず締めとこう、という流れの結果なのでしょう。

 「青少年がケータイを使うのは百害あって一利なし。」2007年、福田首相の見解は、フィルタリング導入促進にとどまらず、「青少年インターネット環境整備法」の制定、そして地方自治体の条例による規制につながりました。ケータイは危険であり、使わせないのがよいという空気が漂いました。

 確かに出会い系やネットいじめなど、危ない事態も発生していました。しかし、若い世代はケータイで日々コミュニケーションを取り、楽しみ、学び、そして安全を確保している割合が圧倒的に高い。百利あって一害あり、なのです。にもかかわらず、やばいやばいと近視眼的な禁止政策でフタをしようとしたわけです。ケータイ産業という日本が強みを持っていた分野に凍え上がるほどの冷や水を浴びせました。

 食品偽装でも、2007年の赤福の消費期限や白い恋人の賞味期限などを巡り、そこまで危険か?と思えるほどヒステリックなまでの報道や消費者の対応が見られました。

 2009年のインフルエンザ流行も不思議な様相を呈しました。WHOがパンデミックであることを宣言、つまり世界的な流行とされながら、なぜか日本だけ、老若男女がみなマスクを着用する異様な光景を全国でみせ、海外からは日本はそんなに危険な状態なのかと受け止められました。

 「消費者を守る」ことを名分に法規制が強化されていきます。90年代には規制緩和を通じて産業を活性化する対策が多くの業界で採られましたが、安心・安全を求める声が上がるたび逆に過剰なルールが導入され、社会経済活動が萎縮して、かえって世の中が不安定になっている。そんな気がします。

 規制強化は、官が天下り先を増やすためだという論調もあります。それは違うでしょう。いまどき。官が動くのは、経済界やメディアの論調、それを背景とする政治の圧力がある場合です。天下り先を増やすのは、元の政策を動かす中で、ついでにチャンスがあるなら乗せてみるか、という順序です。天下り確保とか権限強化を目的として動き出すメカニズムは私が知る限りありません。日本の政府は独善で動く権限を持ち合わせていません。社会経済の要求があって初めて動けます。規制強化は社会経済全体の空気を反映したものであり、まずはその空気を問うべきだと思います。

 震災はそうした重く湿った空気のもとで発生しました。すぐさま全国的な服喪状態。祭りも飲み会も中止が相次ぎ、町内会のような震災と全く関係のない集まりでも冒頭のあいさつは被災者へのお見舞いの言葉から始まりました。

 不幸な事態を悔やみ、被災者を慮って頭を垂れることは麗しいことです。安心、安全を志向し、万全の対策を立てることは正しいことです。しかし、そのためにどれだけの社会コストをかけることが適正かということも心得ていなければ、縮こまりが進みすぎて、世間がコチコチに固まってしまいます。安心・安全にコストをかけることは今後の世界のモデルになり得ます。しかし、安心・安全すぎて身動きが取れないのは、新たな不安となります。

 マスクをすることが個々人にとって安心を増すことであったとしても、みんながマスクをしないと外出できないような空気が正常なのかどうか。景気が悪くなり、少子高齢化で国が衰え、政治も頼りにならなくなり、それからみんなが内向きに縮み始めた。成長していたころは、もっと大ざっぱで、おおらかで、不潔で、適応力や危機対応力があったと思うんです。

 不思議なのは、被災地のかたがたは冷静で、世界から賞賛が集まったように整然と事態に対処し、困難に立ち向かって行ったのに、自粛自粛自粛となったのはその他の地域だということ。当事者となれば耐性があるのに、周りが縮こまるのは、気合いを入れれば突き破れる程度の弱さ、しかしとても重たい空気が立ちこめているということなのでしょうか。

 ぼくが関わっているプロジェクトでも、地震直後にデジタルサイネージの点灯を自粛したり、デジタル教科書の推進に不安が表明されたりするのも、個別の理由の皮をむいていくと、結局「なんとなく」やめておこうよという根拠のない消極に突き当たります。

 空気を換えたい。特効薬はないかもしれません。ぼくにできることは、元気の出るプロジェクトを前に進めていくことだろうと思います。迷ったら、やってみようよ、そんな具合に。

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