- 2014年04月23日 12:01
息苦しい社会と、「集団的自衛権限定行使論」のひどい理屈 - 鈴木耕
2/2 では、「砂川事件」と、その「最高裁判決」とはどういうものだったのか。簡単に説明する。
現在、東京都立川市には広大な「昭和記念公園」があるが、ここはかつて米軍立川基地だった。1957年、米軍はこの基地を拡張しようと計画、基地の北側の砂川町(現・立川市)の用地接収を図った。これに対し住民や学生たちが抗議行動、一部が基地内に侵入し、そのうち7人が日米安保条約に基づく刑事特別法違反で逮捕・起訴された。これが砂川事件である。
1959年3月、東京地裁の伊達秋雄裁判長は「米軍の駐留は憲法9条に違反する」として、全員に無罪を言い渡した(伊達判決)。
驚愕した日本政府は検察に命じて高裁を外し、直接、最高裁へ飛躍上告。そして1959年12月、最高裁は「わが国が、存立を全うするために必要な自衛のための措置を取り得ることは、国家固有の権能の行使として当然」として「伊達判決」を破棄した。これが、高村副総裁が唐突に持ち出した「砂川事件最高裁判決」のいきさつである。
だが、この最高裁判決の裏には、そうとう胡散臭い事情が隠されていた。時の田中耕太郎最高裁長官が、判決の直前、アメリカのマッカーサー駐日大使と面談。この席で田中長官が「伊達裁判長が憲法上の争点に判断を下したのは、まったくの誤り」と述べたことを根拠に、米大使がアメリカ本国へ「裁判長は一審判決が覆ると思っている印象」と伝えた公電が、日本の研究者によって発見されたのだ。
最高裁長官とあろう者が、事前に評議内容を外部(それも重要な当事国)へ漏らしていたことが明らかであり、この最高裁判決には重大な疑義があると言われている。つまり、政治的圧力の臭いがするのだ。
このような疑義のある判決を基に、高村副総裁は「この判決を読む限り、必要最小限の集団的自衛権を排除していない」という珍妙な「集団的自衛権の限定的行使容認論」を唱え始めた。これに安倍が食いついた。
朝日新聞(4月20日付)が説明している。
(略)高村氏が公開の場で砂川判決に触れたのは3月31日。経緯をたどると、「限定容認」で行使を急ぐ安倍晋三首相の思惑が浮かび上がる。3月6日、安倍氏と高村氏は互いに「相談がある」と持ちかけ、首相官邸で30分ほど会談した。高村氏が「集団的自衛権を十把一絡げで全部認めるとか、だめだと言う議論は間違い」と話すと、安倍氏も「そうですね」と応じたという。(略)
つまり、安倍が急に「集団的自衛権の限定的容認」を言い始めたのは、決して持論ではなく、高村氏の入れ知恵だったようなのだ。まさに、利用できるものには、恥も外聞もなく乗っかるのだ。
だが、砂川事件判決には、どこにも「集団的自衛権」などという言葉は出てこない。それを高村氏のように「判決では集団的自衛権を排除していない」から必要最小限の集団的自衛権行使は許される、などと言うのは、あまりに常軌を逸したレトリック、暴論だろう。それに「必要最小限」という言葉がいつの間にか外されてしまうのは、自民党のお家芸の「言葉の自由な解釈」を考えれば、いずれ起きることが確実だ。
「書いていないから許される」のだとすれば、どんなことでも可能になる。弁護士資格も持っているという高村氏が、こんなリクツを正しいと思っているのなら、弁護士資格剥奪ものだ。
安倍という人に、この国の政治を任せておいてはひどいことになる。本気で、安倍内閣退陣の声を上げなければならない時期に来ていると思う。
東京新聞の半田滋記者が、「私説 論説室から」というコラムで、辛辣に安倍のデタラメさを指摘している(4月21日付)。
集団的自衛権の行使容認に踏み切ろうとする安倍首相は「わが国を取り巻く安全保障環境は一層厳しさを増している」と繰り返す。この言葉は「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」(安保法制懇を再招集した昨年二月の冒頭発言で示された。
おや…、第一次政権で最初に安保法制懇を招集した際の安倍首相の冒頭発言を見つけた。「わが国を取り巻く安全保障環境はむしろ格段に厳しさを増しており」(二〇〇七年五月十八日)とある。今の言葉と変わりない。
すると「わが国を取り巻く安全保障環境」は七年前から危機的だったことになる。この状況認識は奇妙というほかない。(略)
七年前から危機が迫っていたのなら、なぜ後任の福田康夫首相は憲法解釈の変更を勧めた安保法制懇の報告書を無視したのか。福田氏を含め自民党で二人、民主党で三人いた後任の首相はなぜ、憲法解釈の変更や憲法改正を目指さなかったのか。
安全保障環境をめぐる、安倍首相の奇妙な認識は、集団的自衛権の行使容認に踏み切る理由はどうでもよいという証しなのだろう。
半田記者の言う通りだと思う。安倍にとっては、理由なんか必要ない。ただただ「勇ましい戦争のできる国」に、岸信介じいちゃんの遺志を継いで、日本を捻じ曲げたいだけなのだ。
繰り返すが、「安倍内閣退陣」という声を上げなければならない時期に来ている…。



