- 2014年04月23日 07:00
「アラブの春」を契機に拡大した女性の公的領域と日常化する暴力 - 辻上奈美江 / 比較ジェンダー論
2/3女性の身体の解放は起こるか
女性の教育レベルは向上し、労働参加も拡大した。だが、そのことと女性の身体への管理が解けることには必ずしも常に相関関係があるわけではない。先述の自動車運転解禁運動では、自動車解禁運動を「煽動した」として逮捕され、むち打ち刑が確定した者も現れた。直後に国王の恩赦が認められたが、一度は実刑が確定したことの意味は重い。また、諮問評議会において提案された運転解禁の問題は、議論されることすら拒否された。
カンディヨティの表現を借りれば、ここでも「男性性の回復」が試みられるのだが、それを支持しているのは男性のみではない。女性のなかにもまた、女性の身体の管理を望む声がある。彼女らは、女性が行動の自由を獲得することによって、家族の名誉と密接に関連した女性の貞操が危険にさらされると考える。ナーディア・アル=アリーが「女性間の連帯はグローバルには広がり得ない[*3]」と落胆したように、女性たちは女性だからという理由だけで必ずしも連帯できるとは限らないのである。
いわゆる近代化によって女性の身体への介入が解けるわけではない。そして、より重要なことであるが、近代化と女性のヴェールの着用とは別の問題として捉えなければならない。9.11後のヨーロッパでは、イスラモフォビア(イスラームに対する嫌悪感)が高揚したが、ヴェールの着用は、ムスリムへの嫌悪感を示すための好材料となった。
2006年にジャック・ストロー元外相は「できればニカーブを被っていない女性と話したい。私の前ではニカーブを脱いでほしい」と発言した。ニカーブとは、目以外を隠すヴェールのことを指す。そして2009年には、当時のサルコジ仏大統領は「ブルカは、宗教的シンボルではない。隷属と屈辱のシンボルだ。われわれの国では、女性が網目の布の背後に収監され、社会から隔離され、すべてのアイデンティティを奪われている状況を受け入れることはできない」と発言している。なお、ブルカとは、アフガニスタンなどで着用されているヴェールの一種で、目の部分がメッシュになっているものを指す。2010年4月には公共の場所で本人確認ができないような服装を禁止する法案がベルギー下院を全員一致で通過し、7月にはフランス下院でも同様の法案が圧倒的多数で可決された。
エドワード・サイードは、代表作『オリエンタリズム』において、ヨーロッパの人びとは「東洋人(オリエンタル)は非合理的で、下劣で(堕落していて)、幼稚で、「異常」である[*4]」と見なしたと痛烈に批判しているが、ストローやサルコジは、このようなアラブ世界からの批判など全く意に介していないことがわかる。女性がヴェールを着用することによって社会から隔離されてアイデンティティを奪われていると断言したサルコジの発言は注目に値する。彼にとって、女性を隔離してアイデンティティを奪うような服装を強要する社会は、後進的、あるいはサイードの表現を借りれば堕落した異常な状況なのである。そしてそのような社会や価値観のもとにいる女性は救済されなければならない。
リンク先を見るカイロの市場ではニカーブ姿の女性も見られる(2013年1月、カイロにて筆者撮影)
ヴェール着用の新たな意味
では、社会が「発展」することによって、女性はヴェールから「解放」されるだろうか。結論から先に言えば、そうではないだろう。たとえばエジプトにおけるヴェール着用の変遷について調査した後藤絵美によれば、1950年代頃からヴェールを着用する女性は減少あるいは消滅する方向へと向かっていたが、1970年代以降になって再びヴェールの着用が盛んになった。この現象は1980年代、1990年代を通じて高まり、2000年代には急増した[*5]。この背景にいわゆるイスラーム復興があったことは間違いないが、女性の間でのヴェール着用が、地方ではなくカイロなどの都市において、大学生などの知的レベルの高い人びとの間で最初に広まったことは良く知られている。
ヴェール着用は他の要因によっても変化しうる。イラクのジェンダー関係を研究するナーディア・アル=アリーは、1990年から2003年までの制裁下のイラクにおける人びとの生活の困窮や信頼関係の欠如が、ヴェールによる服装の画一化を引き起こしたという。経済制裁によって人びとが非常に貧しくなったため洋服などにお金を使えなくなったなどの要因で、より多くの女性がヴェールを着用するようになったという[*6]。
リンク先を見るサウジアラビアでは、アバーヤは外出のための必須アイテムである(2014年4月、リヤドにて筆者撮影)
他方で、筆者自身はサウジアラビアのエリート女性たちの間で、「ハレのヴェール」の着用例があることを観察している。サウジアラビアでは、女性はアバーヤと呼ばれる黒くて長いコートを着用することが慣例となっているが、ショッピングモールにかならず数軒あるアバーヤ専門店では、スパンコールや刺繍、レースなどさまざまな装飾があしらわれたアバーヤが販売されており、数万円、数十万円の値がつくものもある。財界や政府機関で活躍する女性の間では、「ハレ」の日のための特別なアバーヤを数着用意しておくことが一般的となっていることが明らかになった。彼女らは、画一的と思われる服装規範のなかで、それぞれのファッションの差異化をはかろうとしているのである。エリート女性の中には、「自らの地位にふさわしい服装」としてヴェールを着用する者もいる。彼女らは、アバーヤを国内限定で着用しているが、自らの地位にふさわしい、名声を汚さない服装と位置づける。
[*3] Al Ali, Nadje. 2012. “Gendering the Arab Spring” Middle East Journal of Culture and Communication. 5 (2012): 29
[*4] サイード,エドワード『オリエンタリズム』(杉田英明監訳)1993年,平凡社ライブラリー, p. 100.
[*5] 後藤絵美2008「アムル・ハーリドと「信仰のヒジャーブ」―現代エジプトにおけるヴェール言説とその変化について」『日本中東学会年報』 23 (2), 2008年1月, pp. 89-118.
[*6] アル=アリー,ナーディア.2012. 「イラク人女性とジェンダー関係——差異の再定義」ザヒア・スマイール・サルヒー編『中東・北アフリカにおけるジェンダー—イスラーム社会のダイナミズムと多様性』(鷹木恵子ら邦訳)pp. 231-260.



