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「国際的な経済調整の政治経済社会学」『経済社会学ハンドブック』

Neil Fligstein, 2005, "The Political and Economic Sociology of International Economic Arrangements," Neil J. Smelser and Richard Swedberg (ed.) Handbook of Economic Sociology 2nd ed., Princeton University Press, 183-204.

国内市場の統合に関する歴史社会学的知見を、国際市場の統合と統治に応用した研究。組織場 (organizational field) 概念の国際市場への応用とも言えるか。一般に地域 A と地域 B の市場の統合とは、地域 A と地域 B で作られた商品やサービスをお互いの地域で流通させることだと思われる(特に定義されていないのだが)。

市場の統合には、消極的統合 (negative integration) と積極的統合 (positive integration) がある。消極的統合とは規制を緩和するだけで、あとは放任することである。積極的統合とは単に規制を緩和するのではなく、市場のルールを積極的に整備し、何らかの方法で市場を統治 (govern) することである。商品の品質のチェックや情報開示のルール、あるいは商品の統一規格 (USBとかHDMIとか)が市場のルールの例として思い浮かぶ(が、具体例は書かれていなかった)。EUがこのような積極的統合の典型であるが、 ASEAN や OECD のように強制力のある決定を行わない組織や国際標準化機構 (ISO) 、ロンドン国際調停裁判所も市場を統治する制度の例として挙げられている。歴史的にみると市場の統合は(程度の違いは様々であるにせよ)しばしば積極的統合という形をとるため、国際経済を考える上でも、経済活動の統治がどのように行われているのかを理解することは重要である。

このような国際経済統治はどのような条件下で実効性を持つのだろうか。国際的な場では、ルールを強制する上位の政府が存在しないため、統治がなされるためには、政府間あるいは企業などを含めた様々な組織間の合意が不可欠である。このような国際的な統治の成立を説明する理論がいくつかある。
  1. 新現実主義 (neorealism)。この理論は、国家という統一された合理的行為者と国益の存在を仮定し、国家の合理的選択の結果として市場の統合や国際統治を説明しようとする。例えばある二つの国が経済連携協定 (EPA) を結んだとすれば、それは EPA を結ぶことが両国の国益にとってプラスに働くと両国が判断したからだということになる。
  2. 政治経済学 (political economy)。ここでいう政治経済学では、国家という統一された行為者は存在しておらず、さまざまな産業や階級、企業などのメゾレベルの行為者の相互行為の結果、市場の統合や国際統治は実現したり、しなかったりすると考えられる。市場の統合は、輸出の容易な産業や企業にとっては利益になり、輸出の難しい産業や企業にとっては不利益になる。そのため、前者は市場の統合に賛成し、後者は反対する。また市場統合には、多国籍企業は賛成し、労働組合は反対することが多い(労働者は市場が統合されたからといって外国に働きに行くのは大変なので、あまり統合のメリットを得にくいというが、これはある程度経済発展した国の話であろう)。それゆえ、この政治経済学にとっては、「国益」とはアプリオリに存在するものではなく、対立する国内の行為者間の政治的対立や妥協の結果として作り上げられるということになろう。
  3. 新マルクス主義と世界システム論。マルクス主義の政治理論を国際統治に応用すれば、国際統治も資本家階級の利害を反映したものとなるはずである。特に覇権国家である米国の多国籍企業の利害が IMF や WTO にも強い影響を及ぼすことになる。こういった多国籍企業の所有者たちこそ、世界資本家階級 (world capitalist class) をなす。
  4. 構築主義 (constructivism) 。構築主義によれば、国益や企業の利益はアプリオリに定まっているものではなく、外交交渉やロビー活動の中で、構築されることになる。通常の構築主義では、構築された「現実」の非合理性や根拠のあやふやさが強調されることが多いと思うが、ここでいう構築主義では、そのようなトーンはなく、むしろ逆に、討議を通して構築された「現実」にもとづく政策判断はコミュニケーション的な合理性を持つと主張されることもあるという。このような現実の構築には、NGOや専門家のネットワークなど、政府のものの見方を変えようと努力する規範起業家 (norm entrepreneur) と呼ばれるような人々が重要な役割を果たすこともある。

Fligstein はこれらの諸理論は以下の点を見落としているという。まず、歴史的に積極的市場統合のための統治制度は拡大傾向にあるが、そのことをうまく説明できていない。次に、どのような内容のルールが合意に盛り込まれているのか、に注意を払っていない。それゆえ、国際的な統治/合意の類型論を展開できていないし、国際統治がどう変化しているのかも記述・説明できない。これに対して、Fligstein の提唱する市場の経済社会学は、市場の性質の理解から議論を出発させる。彼によれば、市場は組織場 (organizational field) の一種であり、企業の役割構造があり、権力やコントロールが働く。つまり、Fligstein にとっては市場とはレッセ・フェールの世界ではない。一般に市場の規模が大きくなると、市場統治に対する要求が企業や消費者から強まる。規格の統一や品質管理は、多くの場合、消費者だけでなく企業にとっても利益になるからである。
ナショナル・レベルの市場統一がなされる際には、こういった組織場の形成がなされていったことが知られており、類似の現象が国際的なレベルでも起きていると考えられるわけである。それゆえ経済のグローバル化が進めば、必然的に国際的な統治も拡大すると予測できる。Fligstein にとっては、消極的市場統合など短期的には存在し得ても、中長期的なスパンで考えれば存在し得ないのである。

ただし、国際的な統治には政府の関与が必要な場合がある。例えば関税や法律レベルでのすり合わせが必要な場合、政府の関与は避けられない。政府は国際市場に参加している企業の利害だけでなく、国内市場だけに参加している企業の利害の影響も受ける。また労働組合やNGOの影響力がある場合もある。それゆえ政府は常に市場の統合に積極的なわけではなく、国際的な統治にも消極的な場合がしばしばある。それゆえ、企業は、可能であれば企業間だけの合意にもとづいて国際的な統治を行おうとする傾向がある。これは国内でも、業界団体が法規制よりも自主規制を望むのと同じ理屈であろう。

国際的な統治の拡大は、各国の政府にとっては主権の相対的な重要性の縮小にほかならないので、国際的な統治に対しては、政府はしばしば消極的である。しかしながら、市場の統合は長期的には税収の増加へつながることが期待されるので、近年では国際的な統治の拡大に積極的な政府が増えてきているという。

Fligstein の議論は企業を主要な行為者と見なしている点で、政治経済学の議論と同じである。ただし、Fligstein は組織場の形成が常に求められると仮定している点で、彼の言う政治経済学とは異なる。また、政府も企業とは一応独立した利害を持つ行為者と見なしている点でも、政治経済学とは異なる。けっきょく、国際的な市場の拡大を外生変数とし、その結果として国際統治が拡大するという理屈なのだが、ほんとうにそれが現実にあてはまっているのかははっきりしない。とうぜん逆の因果もありうる(例えば関税撤廃条約を結ぶことで国際市場が拡大する)ので、両者の関係をどう整理するのかが問題になる(が整理されていない)。また、国際的統治と一口に言っても、関税と規格の統一では質がかなり異なる。Fligstein は、ルールが強制力を持つかどうかと、主要な行為者で、統治のタイプを分類していたが、明らかに切れ味が悪く、何のための分類なのか意味不明だった。

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