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【映画評】「愛の渦」にみるセックスの匿名性と固有性

ここ最近、セックスという行為について存在論的(=セックスとはなにか?)に考えることに、興味がわいている。

行為というより、ここではあえて"現象"といいたい。いったいあの現象は何なのだ? 普段はスケベなことなど1ミリも考えていないみたいに気取った男女が、いざセックスとなると人が変わったかのように必死の形相で体を動かし続ける。そこだけを取り出せばスポーツと似ているが、セックスにそこまでの清々しさはないし、もっと後ろめたさがあって秘境的だ。あの瞬間だけ人は人じゃなくなる。いや、人なのかもしれないけれど、どこか人でない部分が顔をだす。一体あの現象はなんなのだろう。

そんな関心がある人にうってつけの映画が、いま上映されている。岸田國士戯曲賞を受賞した舞台を、作・演出の三浦大輔監督が自ら映画化した作品『愛の渦』である。

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男は2万円、女は2000円、カップルなら5000円で参加できる乱交パーティに、ある日訪れた見知らぬ男女8人を描く。「着衣時間は本編中わずか18分半」と喧伝され、なるほど確かに過ゲキなセックスシーンが幾重にもある映画なのだが、見誤ってはならないのは、「それだけの作品」ではないこと。いやむしろ、見せかけの過激さを超える、もっとずっと示唆に富む内容だった。

先述したように人間は、性欲などおくびにもださない日常と、我を忘れて快楽をむさぼる性生活に分裂している。その決定的に相見えない2つをなんとか架橋し、整合性を保とうとするのが、見知った特定のパートナーとの「愛のあるセックス」である。

しかし乱交は、性生活が匿名的な関係(代替可能な関係)でも成り立ってしまうという現実を、容赦なくつきつける。


たまらなく好きなのは、パーティ開始当初の独特の気まずいシーンだ。誰もが口火を切れない気まずさに、ある女が別の女に話しかける。そう、困ったときの「女子の連帯」である。話の内容はきわめてどうでもよく、場つなぎなのはバレバレ。しかし女子同士の会話が盛り上がり、特有のATフィールドを構築し始めると、男側はもはや介入できない。

このシーンが滑稽なのは、彼ら8人が乱交パーティに自らの意志で訪れてお金を払い、自分の性欲の前に一度ひれ伏しているからだ。彼らは場のセッティングや男女の駆け引きといった煩わしいプロセスをすっ飛ばし、「いますぐセックスしたい」からこそ集まった集団なのである。いわばこのシーンは、「日常」の側にまだ半歩留まる彼らの、無意識における最後の抵抗だったといえる。

8人がパートナーを代えたり代えなかったりしながら1回、2回、3回とセックスの回数を重ねるたびに、人間関係は変化して行く。

先述したように映画は、相手の来歴を一切知らない匿名的なセックスを、これでもかと突きつけるが、同時に、「ただし」と重大な留保をつける。それは、快楽がふとしたはずみで相手への愛情(=この人でないと嫌、この人がいいという固有性)に転嫁する可能性もある、という留保だ。要は、肌を交えた相手を好きになってしまう、ということ。

けれどそれは乱交の現場では御法度だ。ある人物が、ある相手に対し、固有の感情=愛情を持ってしまったがゆえにそこに軋轢が生まれ、それをきっかけに場の秩序がドラスティックに変わっていく。

特定の相手に向けられた慕情の行き着く先に、いったい何があるのかは、実際に作品を観て確認してもらいたい。


卓越しているのは、組み合わせをかえ何度もセックスを撮影してきた映画が、最後に描いたセックスで、それまでとはまったく別の世界を描き、賛美しているようにみえるからだ。たとえどんな文脈、状況であろうと、セックスの最中、相手と完全無欠に分かり合えたと思えてしまう現象、錯覚に、人は陥ることがある。あのときの自分は、はたして本当に自分だったのか。そうであるかもしれないし、そうでないかもしれない。

自分の中の知らない自分に内側から食い破られるような体験。だからやっぱり、セックスとは不思議な現象なのである。

終わって立ち去るとき、思わず他の客をみて「例えばこの人とセックスするってことなんだよな」と考えてしまう、そんな映画。

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