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米国の経済的不平等の原因と帰結に関する論文のレビュー

Kathryn M. Neckerman and Florencia Torche, 2007, "Inequality: Causes and Consequences," Annual Review of Sociology, Vol.33 No.1, pp.335-357.
これもゼミで読んだ論文。米国では第2次世界大戦後に賃金の不平等は減少したが、1970年代の半ばごろから賃金の不平等は上昇し始め、1990年代ごろに安定化した(上昇が止まり、あまり変化しなくなったということだろう)。1970〜1990年代の上昇期では、特に上層内部での不平等が拡大したという。このような傾向は世帯収入でもほぼ同じで、むしろ世帯収入のほうが変化が(つまり不平等の上昇が)大きかった。これは単身者の増加と、夫婦の賃金の相関が高い(高まった?)(そして家族成員すべての教育投資に対する賃金のリターンが増加した)ことに起因するという。

このような1970〜1990年代の収入の不平等の原因については論争があるが、以下の4点に関しておおむね専門家の間で合意があるという。
  1. 実質最低賃金の下降が、下層での不平等を引き起こした。
  2. 労働組合の組織率の低下が、男性の間の不平等を拡大した。
  3. 教育に対するリターンの増加が、高学歴層と低学歴層の賃金格差を拡大した。
  4. ベビー・ブーマーが高齢化することで1990年代の不平等は拡大された。
Skill-Based Technological Change (SBTC) hypothesis については、論争があり、明確な決着は得られていないという。SBTC 仮説とはコンピュータの操作など、特定のスキルの価値が相対的に上昇したことで、そのようなスキルを持つ者と持たない者の間の賃金格差が上昇したとする仮説のことである(余談だが、私はかつてこの仮説に対して否定的な論文 (pdf) を書いた)。また、企業の持つ制度の変化が不平等を拡大したとする議論もあるが、これについてもはっきりした証拠がないという。制度の変化とは、規制緩和、脱工業化、contingent worker の増加等が例として挙げられており、その背後には、 shift from a stakeholders rights to a shareholder value regime (企業の利害関係者、すなわち株主、従業員、顧客、地域住民などすべての権利を重視する体制から、株主価値だけを重視する体制への変化)があると指摘する研究者もいる。

富 (wealth) / 資産の不平等は、賃金や収入よりも大きい。資産の不平等は、大恐慌のせいで20世紀の初頭から中盤にかけて減少し、その後あまり変化しなかったが、1980年代に上昇し、1990年代には安定化したという。ただし、フォーブスに掲載されるような最上層では1990年代以降も不平等が増加しているという。機会の不平等は、アメリカン・ドリームの想定とは異なり、かなり大きいが、その変化のトレンドについてははっきりとわからないという。

上記のような経済的不平等の増加は、健康や教育水準、犯罪率、社会関係資本、幸福感などの別のレベルの不平等を増加させることがある。このような不平等が別の不平等を引き起こすメカニズムには 4種類が考えられるという(4つのまったく異なるメカニズムというよりも、注意すべき4つの論点とでも言うべきか)。
  1. 機械的な効果。例えば、収入が健康に対して線形の効果を持つならば、収入のバラつきの増加は健康のバラつきの増加をもたらすはずである。これが通常想定される不平等の増加が別の不平等を増加させるメカニズムである。
  2. 関係の変化による効果。例えば、収入と健康の間の相関が強まれば、例え収入の分布が変化していなくても健康の不平等は強まるかもしれない(が、これは健康の分布や収入と健康の同時分布のかたちに強く依存するだろう)。
  3. 非線形関係による効果。例えば、収入と健康の関係は実際には線形ではない。年収が100万円から1000万円に増えた場合と、1000万円から1900万円に増えた場合では、同じ900万円の変化でも、前者のほうが健康の改善に大きな効果を持つと考えられる。
  4. 外部効果。例えば、他人の収入が増加することで相対的はく奪感が高まるため、自分自身の収入が変化していなくても幸福感が下がることが考えられる。
収入が健康に及ぼす効果はよく知られており(アメリカのような健康保険の貧困な国では当然そうなろう)、近年では、外部効果、すなわち相対的はく奪感が健康の水準を下げるという議論が盛んである。ただし、時系列でそのような健康の格差が増加しているのかどうかは不明である。幸福感についても収入の影響を受けるが、1970年代に比べると1990年代(?)では両者の相関が強まっているとする研究もある。教育と親の収入の相関も1980−82年に比べて1992年では強まっているという。

犯罪が貧困地域で多く起こることはよく知られている。その理由として、伝統的には貧困層ほど捕まった場合の機会費用が低いため、犯罪を起こしやすいと考えられてきた。しかし近年では、経済的不平等の外部効果のせいで相対的はく奪感が高まり、犯罪を犯すとする議論が強まってきた。いずれにせよ経済的不平等の増加は、貧困地域の犯罪を増加させそうであるが、時系列の分析結果は紹介されていない。居住地も貧困層と富裕層で分化するが、収入の不平等はこのような居住地の分化を強めてきたという。社会関係資本も不平等の大きな地域では弱いという研究もあるが、時系列比較の研究はない。また、理論的には、不平等の増加は下層の人々の再分配へのニーズを高めるはずなので、リベラル(米国なので民主党)の支持率を高めるはずであるが、実際にはそのような傾向は見られないという。

世界レベルでの不平等に関しては、そもそも信頼できる統計がない国も多いので、正確なことはわからない。個別の事例研究では、貧困が進展しているといった報告はしばしばなされるが、一方で豊かになる人たちもいるわけで、個別事例は社会全体の不平等の増加の証拠にはならない。得られるデータをもとにして国家間の不平等を推計するような研究は、1980年代以降の不平等の減少を報告しているが、これは主に中国とインドの経済発展に起因している。中国とインドを除いたり、個々の国の人口で重みづけないと、国家間の不平等が大きくなっているという研究もあるそうだが、こういう議論は無理やり「不平等は大きくなっている」という左翼好みの結論を引き出そうとしているとしか思えない。ただし、国家内の不平等の増加は、米国に限らず世界全体で生じていると言われており、国家内不平等+国家間不平等=世界全体の不平等が増加しているかどうかは、議論が分かれており決着はついていないという。

最後に社会学者は、このような不平等を生みだす制度やメカニズムの研究に関して、経済学者よりも一日の長があり、社会学者が不平等研究に果たす貢献は今後も大きいと述べて議論を締めくくっている。米国の社会学者が収入の不平等を盛んに研究し始めたのは、1990年代以降だと思うのだが、日本の社会学者は、ほとんどこういった問題を研究していない。2005年のSSMの報告書では、個人収入を分析した論文が何本かあったが、その後はほとんど見かけない。日本の社会学者は意味や文化が大好きなのだが、こういうハードな不平等の研究ももう少しなされていいように思う。

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