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- 2011年01月09日 11:30
修士課程修了後10年のあいだに何をなすべきか:一つのロードマップ
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以前から、修士課程を修了した後にどのように研究を進めていくのがいいのか、いろいろと迷うことがあったので、今のところの私の考えをまとめておきたい。若い研究者が置かれている状況は、この20年ほどのあいだに大きく変化したため、自分の個人的な経験則や、私が上の世代から教えられてきた処世訓が必ずしも当てはまらない。それゆえ、迷うことも多いのだが、文章化することで私の考えをまとめておきたい。すでにこのブログに書いてきたことと重複している部分も多いと思うが、とにかく書きます。また、これは社会学、それも私の専門を想定した話なので、分野の違う場合はあてはまらないかもしれません。そういう場合は、適当に距離を置いて考えてください。
ここまで書いてきて気付いたのだが、このようなロードマップは、「他人の評価は問題ではない。自分の納得のいく論文を書くことが重要だ」とか、「質の低い論文をたくさん書くのは下品だ。本当に優れた論文を一生に1本書けばいいんだ」とか言ってる連中にはあてはまらない。私がこのロードマップで重視しているのは、まずテニュアの研究職に就くこと、そして研究の生産性をあげることである。
- ピアレビュー付きの雑誌への投稿 修士課程が終わった後は、修士論文を発展させた論文を書き、ピアレビュー付きの雑誌に投稿するのがよい。ピアレビュー付きの雑誌とは、昨今多くの大学にある「名ばかりピアレビュー誌」ではなく、本当に審査がなされて一定の割合の論文が掲載不可になっているような雑誌である。このような雑誌に2つ以上論文を掲載するのを目標とするのがよい。なかにはひどい査読者もいるので、つらい目にあうこともあるが、それも勉強のうちだと割り切ってチャレンジすべきである。そのような審査結果はあなたの論文に対する「彼ら」の「本当」の評価であり、それを知ることは、今後の研究の重要な参考になる。ふだん、多くの人は「本当」の評価を教えてくれるとは限らないので、悪意のあるものを含めて、そういう異なる考え方を知ることは、社会学をやっていくうえで決定的に重要である。なおここで想定しているのは、日本語の雑誌・論文であるが、外国語の堪能な人はもちろん外国語の雑誌でもよい。博士課程の2年までに最低2本書きあげたい。大学院によっては、博士論文を提出する条件として、ピアレビュー付きの論文を何本か書いていることを挙げている大学院もあるが、それぐらい書けなければ、まともな博士論文など書くのは無理なのである。博士論文の練習としてぜひチャレンジしてもらいたい。
- 名ばかりピアレビュー誌・依頼原稿 ピアレビュー誌に載せるほどのオリジナリティはないが、記録にとどめる価値のある論文は、前述の名ばかりピアレビュー誌に掲載する。電子化されているものがよい。電子化されていないものはほとんど読まれる可能性は0だが、電子化されていれば(私の場合)1カ月に数件程度のアクセスはある。私が言うオリジナリティはないが記録にとどめる価値のある論文とは、ある分野の研究動向を詳細にレビューした論文や、調査報告の類や、分析法やプログラミングに関するメモのことである。また、指導教員などの依頼で本の1章やちょっとしたコラムを依頼されることもあるが、よほどの無理難題でないかぎり引き受けたほうがよい。これらの作業はこの時期に限らず、社会学者をやっている限り、一生涯続く。
- 博士論文 博士課程の3年以降は、これまで書いてきた論文をまとめて、博士論文にする。理想的には3年間で修了したほうがよいが、実際には4年以上かかる場合もしばしばある。急いだほうがいいのは、奨学金免除などで有利になることが多いし、早めにすまして次のステップに進んだほうがいろいろな面で得だからである。ただし、じっくりと時間をかけて大作をまとめたほうがいいという考え方もあるので、指導教員とよく相談して戦略は決めるべきである。
- 単著 博士論文を書き上げた後は、単著の商業出版を目指してはどうだろうか。博士論文の執筆の前後で力尽きて研究しなくなる人も多いので、博士論文の執筆後の研究プランは非常に重要である。日本の社会学の場合、単著信仰が強力であるから、American Sociological Reviewに論文を載せるより、東大出版会から単著を出すほうが高く評価されるだろう(実際にはおそらく前者のほうがずっと難しいと思われるが)。それゆえ、日本国内での評価を高めることを重視するならば、単著を書くべきである。残念ながら純粋な学術書の出版はますます難しくなっているので、入門書、教科書、教養書のたぐいを書くことになる可能性も高い。そのような場合、自分の担当する授業の教科書・参考書・副読本を作るのが1つの方法だと思う。博士論文を書き上げた後なら、ほとんどの社会学者は授業を持っていると思うので、社会学一般の入門書ではなく、もっと自分の専門分野に特化したような教科書を考えるとよいと思う。これは教育とも両立するので、授業負担が重いと嘆く人にはお勧めである。もちろん、専門書を書く機会があるならば、それもよいと思う。
- 英語論文 博士論文を書き上げた後のもう一つの選択肢は、英語で論文を書き、英文の雑誌に投稿するということである。グローバル化の波は、ゆっくりとだが確実に日本の社会学にも押し寄せている。英語で論文を書くメリットはどんどん大きくなっている。日本国内で評価されなくても、海外にならば読者や関心を共有する研究者がいる場合はある。テーマにもよるが、潜在的な読者の数は、日本語で書いた場合の5倍以上は確実にいるだろう。そのような場合、英語で論文を書けるメリットは大きい。また、文科省のような公的機関による大学評価や個々の研究者の評価において、英語の論文は日本語の論文より高く評価される可能性が高い。
ここまで書いてきて気付いたのだが、このようなロードマップは、「他人の評価は問題ではない。自分の納得のいく論文を書くことが重要だ」とか、「質の低い論文をたくさん書くのは下品だ。本当に優れた論文を一生に1本書けばいいんだ」とか言ってる連中にはあてはまらない。私がこのロードマップで重視しているのは、まずテニュアの研究職に就くこと、そして研究の生産性をあげることである。



