記事

学術出版の文化生産論的研究

佐藤 郁哉, 2000, 「学術出版における意思決定プロセスに関する文化生産論的研究: 研究フレームと事例研究」『一橋大学研究年報. 商学研究』41 : 135-190.

文化生産論の紹介と日本の社会科学英文誌の抱える問題について概説した論文。あまりにまとまりがない論文なので、以下の文章もどうつながっているか意味不明だと思いますが、いちおう掲載しておきます。

佐藤によれば文化生産論とは 1976年に出版された Production of Culture というアンソロジーに始まるアプローチである(Coser 1978 にも言及されているが、これは論文のようである)。文化生産論では、「文化がつくられる現場 milieux の状況がいかに文化の形態と内容に影響を与えるか」(p.136) という問題設定を行う。つまり、非常に穏当で実証的な志向の強い社会学的アプローチである。カルスタやブルデュー系の議論だと、階級や資本主義について批判して見せるような文化があるようだが、文化生産論はもっとノンポリな感じであり、文化生産者(この例では著者、学会、出版社)の活動のプロセスやその社会的環境を具体的にみることに力点があるようである(ただし、佐藤がそういう政治的な側面を取り上げていないだけかもしれない。Coser は葛藤理論で有名である)。佐藤は職業社会学や産業社会学の技法が援用されていると述べている。

佐藤が特に重視するのは、social world という概念である。
社会的世界は、「コミュニケーション・ネットワークによって結びつけられた共通の活動や関心」(Kling and Gerson 1978: 26) からなり、「空間的な境界や成員性の基準が明確ではない、浮動的で分散的な社会的結合の形式」を指す (Gilmore 1990: 50)(以上 p.138からの引用。大部分孫引き)。

例えば、芸能界、学界、出版界は社会的世界であるという。組織とか、社会過程とか、コミュニティといった概念では、こういうレベルの対象はとらえにくいので、文化生産論では特に重要らしい。このような社会的世界をあつかった例としてが、H. Becker の Art Worlds (1982) あげられている。

次に日本国内の出版事情、特に英文の学術出版の状況が概観されている。日本の出版売り上げは1974-1996年のあいだ増加を続けたが、その後減少が始まった。学術出版の状況も厳しいとされるが、とくに具体的なデータはない。英文での出版となるとさらに厳しいという。

次に社会科学系の3つの領域における代表的な英文誌を一つずつ取り上げ、その実情や抱える問題を概観している。会員しか投稿できず、投稿数は少なく、第一線の研究者の成果発表の場というよりも若手の登竜門として機能していることが多く、ほとんど読まれていないという。それゆえ、「読むためではなく書くための雑誌」「同人誌」「名刺代わりの論文」といった編集委員の自己卑下があると紹介されている。

このような問題が生じている背景として Crane (1976) の文化生産・報酬システムの分類が紹介されている。独立型、半独立型、サブカルチャー型、異種文化型の4つで、独立型はクリエーター自身が生産物の評価基準を設定し、生産手段や発表媒体をコントロールし、クリエーターに報酬を払う権力を持っているようなタイプで、基礎科学やロイヤル・アカデミー(仏)、スターリン時代のソビエト芸術界が例としてあげられている。半独立型は、独立型よりやや独立性が弱まったタイプで、報酬を支払う権力は官僚や消費者、経営者にあったり、発表媒体や生産手段も政府や経営者にコントロールされている場合がある。一部の基礎科学や前衛芸術、欧米のオペラ業界が半独立型の例であるという。サブカルチャー型は民族分野や世代限定のサブカル、、宗教セクトが例としてあげられており、報酬や流通の範囲が限られており、権威も低い。異種文化型とは、エンタテイメント・ビジネスや応用科学が例として挙げられており、経営者や官僚が強い決定権を持ち、消費者が報酬を支払い、生産手段や媒体もビッグビジネスに組み込まれている。佐藤は独立型を社会科学の理想的な形態と見なしているようであり、現状はそうはなっていないことを憂いている。日本の社会科学の現状は出版市場の動向に強く左右されており、「学問の自由を放棄することにもつながるだろう」(p.174) と述べている。というのは、日本の社会科学が独立型として発展するためには、国境を越えた「ユニバーサル」なコミュニケーション・ネットワークを作る必要があるが、日本の社会科学の現状は、未だにほとんど鎖国状態であるというわけである。その後、このような問題に対する処方箋がいろいろ述べられているが、割愛する。

佐藤郁哉ともあろう者が、こんなひどい原稿を紀要とはいえ公開しているなんて、残念だ。私は学生時代から佐藤郁哉の書いた本は好きで、陰ながら応援してきたのだが、この原稿は混乱しきっている。テーマは私自身の関心とかなり重なる部分があり、個々の情報は役に立ったのだが、もう少しストーリーを整理すべきだ。1 まず、本当に日本の社会科学は他の文化生産の業界に比べて出版業界や政府に従属する度合いが強く、独立性が低いのか、きちんとデータで示すべきだ。少数の学者の自嘲気味のコメントなど、私もいくらでも聞いたことはあるが、そういう人々が他の文化生産の現場と自分の学問状況をきちんと比較している可能性は著しく低い。2 仮に日本の社会科学の独立性が低いとして、それは本当に「ユニバーサル」化が進まず、国内に閉じこもっていることに起因しているのか? これを明らかにすべきだ。3 仮に「ユニバーサル」化の未発展が原因ならば、「ユニバーサル」化の方法として、日本の学会による英文誌が有効かどうかを検討すべきだ。確かに日本ほどの規模の国ならばもっと英文誌があるべきだと私も思うが、佐藤が言うようにすでに英文誌のマーケットの中にはかなりさまざまな雑誌が存在しており、ニッチを狙った雑誌のほうが有効なのかもしれない。しかし、それは日本の社会科学の「ユニバーサル」化につながるのだろうか。私は諸外国で発行されている雑誌に日本人が投稿していくことのほうが、短期的には有効な戦略のようにも思える。このあたりは理系の学問の状況が参考になろう。

トピックス

ランキング

  1. 1

    れいわの非常識 路上で記者会見

    田中龍作

  2. 2

    党規約が緩すぎるれいわ新選組

    田中龍作

  3. 3

    米で無印破綻 失敗続く日本企業

    後藤文俊

  4. 4

    セブン1強 商品に感じる安定感

    内藤忍

  5. 5

    朝鮮学校への実質支援を中止せよ

    赤池 まさあき

  6. 6

    アビガン試験者の少なさ医師指摘

    中村ゆきつぐ

  7. 7

    好調のテスラにトヨタがEVで反撃

    安倍宏行

  8. 8

    ユッキーナ引退 裏に事務所の闇?

    渡邉裕二

  9. 9

    東京のドヤ街に若者潜入「衝撃」

    幻冬舎plus

  10. 10

    コロナ重症患者数の推移注視せよ

    木走正水(きばしりまさみず)

ランキング一覧

ログイン

ログインするアカウントをお選びください。
以下のいずれかのアカウントでBLOGOSにログインすることができます。

コメントを書き込むには FacebookID、TwitterID のいずれかで認証を行う必要があります。

※livedoorIDでログインした場合、ご利用できるのはフォロー機能、マイページ機能、支持するボタンのみとなります。