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女性の就労を阻害する「壁」をどのように崩すか――配偶者控除廃止の検証 - 筒井淳也

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この間の政府の動き

配偶者控除制度を巡っては、2012年度の衆院選において民主党がマニフェストにその廃止を明記していた。配偶者控除を廃止することで得られる追加的財源を児童手当に回すという、従来の民主党の政策にかなったものであった。

一方、戦後一貫して「夫が稼いで妻がそれを支える」という「男性稼ぎ手モデル」を尊重してきた自民党は、2013年の参院選においても配偶者控除の維持をマニフェストに掲げており、その路線はある程度継続する可能性もあった。

しかしこの流れは変わり始める。内閣府のもとに設置されていた「経済社会構造に関する有識者会議」は、2013年の6月に第10回の会議を開催し、そこでは「成長のための人的資源活用検討専門チーム」が同年4月にまとめた報告書が資料として提出された。そのなかには、経済成長を牽引するためには人的資源の形成が必要であり、そのためには「配偶者控除などによって、就業が不利にならないようにすることなど、働き方に中立な税、社会保障制度」を目指すべく検討すべきだ、と書かれている(22頁)。

ただ、この提案はこの時点では取りあげられることはなかった。安倍政権の成長戦略において「女性労働力の活用」はかねてより強調されていたが、その力点はあくまで「育児期の就労支援」と「女性管理職の増加」にあった。

ところが、1月の第15回「産業競争力会議」においては、議事要旨の「成長戦略進化のための検討方針」に「女性の活躍を推進し、全員参加型社会を実現するため、働き方改革を進める。このため、学童保育の待機児童解消に向けた取組や、働き方の選択に中立的な税制・社会保障の在り方の検討を進める」と書かれている。これを受けて2014年3月には、所得税の抜本改革の一環として配偶者控除の縮小・廃止が検討されることが報道された。そして同時に(なかば唐突に)、課税単位を個人から世帯にすることを検討するという、これまた重大な案が提示されることになった。

この記事では、少子化の歯止めと女性の就労促進という2つの目標に照らして、この2つの制度変更がどのような意味を持ちうるのかを整理してみよう。

配偶者控除は数ある「壁」のなかの一つ

配偶者控除の廃止は「働き方に中立な制度」に向けての方策であると述べられているように、いわゆる「103万円の壁」を意識せずに有配偶女性が労働投入を追加できるようにするための変更である。配偶者控除(ならびに配偶者特別控除)の廃止だけであれば、社会保険による「130万円の壁」が残るが、これも撤廃という話が一部で出てきている。雇用側の事情もあり、現実には「130万円の壁」を意識する人のほうが多い可能性もあるので、以下では配偶者控除と社会保険に関する(第3号被保険者制度等の)制度を合わせて論じ、便宜的に「税・社会保障の壁」と呼んでおこう。

税・社会保障の壁に関する2つの制度には、女性の就労促進と税収・社会保険料の確保という2つの効果が見込まれている。女性の所得が増加すれば、経済成長につながるし、税や社会保障を負担する主体が増える。労働人口が減少するなかで、成長や社会保障制度を維持するためには、就業者を増やすのが王道であることには間違いがない。配偶者控除の廃止は、追加の財源を適切に振り向けることができれば、福祉の主体を家族から公的セクターに移行させる効果もある。

それに、現状ではこれら「壁制度」を利用しているのは中間収入層であり、低収入世帯ではない。夫の年収が300万円以下であるような家計的に苦しい世帯では、女性は壁を超えて働くことを強いられている。その意味では、壁制度の廃止には家計に余裕のある層に恩恵のある不公平な制度を是正する、という側面も確かにある。「専業主婦の家計を圧迫」という非難もあるが、専業主婦のいる家庭は、ある程度夫が高収入であるか、さもなければ子育てとの両立が非常に難しい家庭である。したがって対応策としては壁制度の維持ではなく、公的扶助や両立支援制度の整備を基本に据えるのが筋である。

以上から、私は基本的には税・社会保障負担の壁を撤廃することには賛成である。ただし、以下のような懸念すべき点をある程度克服できるのなら、という条件付きで、である。

まず、配偶者控除制度や「第3号被保険者」の廃止が、実際にどの程度女性の就労促進につながるのかについての実証研究の結果は一貫していない。改革をしても労働供給にはほとんど効果がないという結果を示す研究もある。どのような条件が満たされた時に、この壁の撤廃が女性の就労促進になるのかについて考慮が必要だろう。

それに、労働人口が縮小するなかで課題になるのは労働人口の増加そのものだけではなく労働力の増加、特に一人当たりの労働生産性の向上である。「壁」を取り除くことで期待できる追加の労働力は、非正規雇用の労働時間の追加(たとえばこれまで週3日勤務していたパートタイム労働者が、週5日勤務に切り替える、など)によるものと、正規雇用者の増加によるものに分けることができる。前者であれば、労働生産性の大幅な向上は見込めないだろう。パートタイムの基幹労働化の傾向が観察されているが、もっと大胆に正規雇用と非正規雇用の壁を取り払い、賃金格差を縮めていくことができれば、労働投入が限られた女性にとっても働きやすい環境が生まれるはずである。

正規社員としての就業に際しては、制度の壁ではない別の壁も存在する。家事の壁である。筆者による推計では、女性が労働時間を追加した際に減る家事の量は、平均して男性が追加で行う家事の量の2倍ほどであり、女性の正規社員としての就業は明らかに家庭内の厚生レベルを減少させている(特に掃除の頻度が下がる傾向が目立ち、部屋の中が薄汚くなることが予想される)。育児休業制度は徐々に充実してきているが、育児期を乗り切ればあとはどうとでもなる、というのは大きな間違いであることは別途論じた(「迷走する運命にあるワーク・ライフ・バランス政策」)。個人的には、長時間労働や男女賃金格差を抜本的に是正すること抜きに育児休業を充実させることは、雇い主や稼ぎ手としての男性にとって一種の免罪となり、むしろ古い性別分業体制を維持するという意図せざる結果をもたらす可能性もあると考える。

以上から、女性の就労の壁をトータルに取り払うためには、さらに2つの壁を弱めていく必要がある。ひとつは正規雇用と非正規雇用の壁であり、もうひとつは家庭内の家事分担の壁である。配偶者控除制度や「第3号被保険者」の廃止は、これらの一連の改革のなかに体系的に位置付けた上で実施するべきなのだ。

ついでだが、女性の就業という観点から見れば、実は企業の家族手当の存在が大きいことも忘れてはならない。家族手当は、制度自体は企業規模にかかわりなく広範に見られるのだが、その額は企業規模に応じてかなりの差があり、特に高所得の男性の妻が就労を抑制する動機を与えている。税制の壁が撤廃されるときに企業による家族手当も見直されるのかどうかは未知数だが、同時に縮小されるのであれば、その分を非正規雇用労働者への社会保険適用の拡大のために用いるという方向性も模索すべきかもしれない。

世帯課税制度を検討する意味

次に、政権によって配偶者控除の廃止と「セット」になって検討が指示されている世帯課税への移行についてである。これには戸惑いを思えた識者も多いようである。なぜなら、世帯課税は(配偶者控除の廃止とは逆に)女性の就業を抑制するように働く可能性が高い、と考えられているからである。要するに、配偶者控除の廃止と世帯課税への切り替えは政策の意図としては一貫しない。

ここで世帯課税制度について簡単に説明しておこう。現状の個人課税の場合、夫婦それぞれの所得に課税されるが、世帯所得の場合は、世帯の成員の所得の合算を世帯人数で割って(実際には子どもは1よりも小さい数値で計算されることが多い)、それに対して個々に課税される。このことから、世帯課税制度には以下の2つの顕著な特徴がある。

・世帯所得が一定であれば、世帯人数は多いほうが課税額が小さくなる。

・世帯所得が一定であれば、誰かがすべての所得を稼いでいても、複数の人が均等に稼いでいても、税額は同じになる(税額が世帯内所得構成に対して中立)。

前者は分かりやすいので説明は不要であろう。世帯課税制度の眼目はここにあって、所得が小さい人間(つまり所得の低い女性・高齢者や所得のない子ども)を世帯に加える選択に、同制度はかなり強力なインセンティブを与えるのである。世帯課税制度は出生率の高いフランスで採用されていることもあり、結婚・出産促進の文脈では注目度が高い制度であったのは間違いない。

後者については、以下の例で理解してほしい。たとえば世帯所得が1000万円であるとして、それをすべて夫が稼いでいても、夫と妻が500万円ずつ稼いでいても、世帯課税制度であれば税額に変わりはない。これに対して個人課税制度だと、世帯所得が同じならばできるだけ夫婦が均等に働いたほうが世帯全体の税額を抑えることができる。一人が1000万円すべてを稼ぐ場合と比べて、500万円の方が税率が低くなるからである。

この特徴が女性の就業を抑制するように作用するかどうかは、実はそれほど単純な話ではない。すでに共働きの夫婦にしてみれば、個人課税制のもとで得られていたメリットが小さくなるというのは事実であるが、だからといって「夫400万と妻400万」の夫婦が世帯課税制導入を機に「夫800万と妻0万」にしよう、ということにはなるまい。あくまで課税は夫婦の所得構成について中立なのだ。

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