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(少なくとも当分は)誰も自動車産業の代わりになれない理由

車を修理に持って行き、待っている間、つらつら考えた。

修理工場でツナギを着たメカニックを見るとなんとなくほっとする。自分が自動車会社に勤めたことがあって、自分もあれを着て仕事したことがあって、見慣れた姿だからなんだろうけれど、それだけでなく、古き良き時代のまじめな庶民の正しい姿の象徴、のような懐かしさを覚える。

シリコンバレーはいいところだけれど、「高学歴職業」でない限り生活は苦しい。古き良き時代には、日本でもアメリカでも、高校を出て自動車修理の技能を身につけたり、自動車会社で働いたりすれば、まともな生活ができた。「中流の崩壊」に関しては、しばしばこうした「雇用」の観点から語られるが、きっと本当はお金の話だけではない。

いまどきのブルーカラー的な仕事、例えば介護の仕事を考えたらどうだろう。たとえ何かの仕組みが変わって介護の給料が高くなったとしても、自動車のように、暴走族あがりのにいちゃんでも「ワクワクして働ける」職場であるとは思えない。ゲーム産業や流通産業でもイマイチだ。自動車というもののもつ、あの圧倒的な魅力にかなうほどの産業は他にはない。

本田宗一郎さんは、あのオイルの匂いが好きで好きで、幼い頃、めったに自動車を見かけない郷里の田舎にたまたまやってきた自動車を、どこまでも追いかけていったそうだ。特に男の子なら、そんな自動車に関わる仕事をしているだけで楽しい、と思う人は多いだろう。毎日自動車をいじっているメカニックの人たちは幸せそうだった。工場の仕事はきついが、工場の人たちはみんな優しかった。暴走族あがりのにいちゃんたちも、ホンダの工場に喜んで働きに来た。

もちろんどの産業でも、皆誇りをもって仕事をしている。そもそも、仕事とは、最初は乗り気じゃなくても、やりだして少しわかってくると面白くてハマる、というものだと思っている。でも自動車は、そういうのとちょっと違う。外から見ても魅力がわかりやすく、「ブルーカラー」的な職種でさえも、不思議なパッションを喚起する。しかも、あれだけたくさんの雇用を生み出してくれる。世界の大メインストリーム産業で働く、という誇りもあった。

でも今や、環境配慮のために自動車は「ワルモノ」になってしまい、若者は自動車離れし、工場は大幅にオフショアしてしまった。素直に、カッコいい自動車にあこがれる時代ではなくなってしまった。

「暴走族」やその予備軍的なにいちゃんたちでも、わかりやすく、パッションをもって働ける。カネもらってるからイヤイヤとか、誰かに強制されてとかではなく、扱うモノが大好きだから、自らすすんで、訓練を受けてがんばろうと思える、そして頑張れば自分でも手が届く、そんな仕事。先進国では、そういう自動車の職場が減ってしまった。たとえ自動車の職場があっても、逆に若者が「パッション」を持てる対象ではなくなってしまった。

アメリカでも、「若者の自動車離れ」は実感として感じられるようになっている。

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まぁ、昔を懐かしんでいても仕方ない。いつの日か、またそういった「スター産業」が誕生するのを夢見て、とりあえず私は本日の締切原稿を粛々と書くことにする。

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