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バックパッキングという物語の変容〜バックパッキング・バブルが去った後で(3/3)

差異化消費の終わりと大きな物語の消滅、そしてバックパッキング・バブルの終わり

バックパッキングは70年代=青春の終わり、80年代=差異化消費という物語を背景としつつバックパッキングをメディアイベントとして若者の間に普及させることを成功した。そして85年のプラザ合意によって円高が急激に進行すると、この物語(差異化消費)に乗っかるかたちで海外バックパッキングは大ブレイクする。バックパッキングは「電波少年」や「あいのり」といった番組を構成する重要な要素とすらなっていったのだ。90年代はまさに「バックパッキング・バブル」といってよい時代だった。

ただし、これがいわば「終わりの始まり」だった。「電波少年」の企画は、海外旅行がカジュアル化し、またカメラ機材もコンパクト化して、容易に取材が可能になったことで初めて成立するもの。しかも、ただの海外紹介ではなく、海外を舞台に別のテーマが設定されている。こういった海外ロケの「一ひねり」は、もはや海外をメディアが単に取り上げただけでは大して話題にもならないほど海外のイメージが相対化されたということでもあった。逆に言えば、それは、もはや海外に出たところで、それは必ずしも差異化に繋がらず、八十年代的な物語消費としては海外バックパッキングが機能しないことを意味していたのだ。

海外渡航者の増大は、海外に出かけるスタイルもまた多様化させた。パックツアー、スケルトンツアー、各種海外留学、海外研修、海外出張、ワーキングホリデー、買い物ツアー、リゾート、クルーズ、グルメツアー、親戚・友人宅訪問などなど多様を極め、向かう先も実に多様化した。つまり、もはや海外に出ることは「ナンデモアリ」の状態になった。そう、差異化のためのフロンティアは消滅してしまったのだ。
そして、こういった海外旅行の多様化と同時に、海外旅行そのものもまた様々な嗜好、趣味、レジャーの多様化の一つとして相対化・細分化されていく。こうなるとバックパッキングは七十年代の「青春を捨てる旅」、八十年代の「差異化消費の旅」といったような一元的な物語消費を維持することが出来ず、こういった膨大な範囲での多様化のなかで、結果としてあまたあるレジャーのジャンルの一つと位置づけられるようになったのだ。

若者の間でも嗜好は多様化しているので、大学生協の書籍部に『地球の歩き方』を平積みにしたところで、もはや煽られる学生も限られるようになった。そして、今やかつてのように若者は海外にさしたる憬れを抱くことはない。だから、現在海外旅行がコアなターゲットとしてねらいを定めているのが60代以上の、若い頃には海外に憬れを抱いていたが、行くことが出来なかった層。これら年代層は「海外ルサンチマン消費」を行っているのだ(エイチ・アイ・エスは、とりわけこの層の獲得に熱心で、近年では海外クルーズを積極的に売り出している)。

消滅したバックパッキング紀行本のリアリティ

また、かつてあれほど人気を博したバックパッキングを題材にした紀行本もすっかりリアリティを失っていった。旅の僻地を説明したところで何の意味がある?売春とドラッグ、海外の危険地帯みたいなセンセーショナルなネタもすっかり使い古されてしまった。一般的に紹介すべきところを失った一連の紀行本ライターたちは、さらに細部に立ち入り、トリビアな旅の情報を披露するというパターンをとったが、そんなマニアックな情報を欲しがる層はさらに少ないわけで、いわば”負のスパイラル”。いたずらに読者層を減らすだけだった。今や、こういった本にアクセスしようとする若者たちはほとんどいない(かろうじて文学作品としてフィクション的な要素を多く含みつつ著された『深夜特急』だけが、依然としてバイブル的な存在と位置づけられているのが、紀行本の中で示された事実よりも旅のロマンの方に需要がシフトしていることを示唆している。また下川裕治は2007年「外こもり」ということばを用いて著書『日本を降りる若者たち』を著し人気を博したが、これは紀行本と言うよりも若者論だった)。こういった紀行本を求めるのは、かつての物語に固執している40代以上ではなかろうか。2011年12月、バックパッキングの刊行雑誌『旅行人』が編集者の蔵前仁一自らが「その役目を終えた」とし休刊している。

実は本当のバックパッキングがはじまったのでは?

さて、じゃあ現在のバックパッキングの不人気、バックパッキング・バブルの終わりはどう見ればよいのか?僕が指摘したいのは、逆説的に、むしろこれこそが「バックパッキングのあり方」ということなのではないかということだ。つまり、これまでバックパッキングしていた層の多くはバックパッキングに付随していた「大きな物語」を消費していたのだ。言い換えればバックパッキングそれ自体を消費していたわけではない。そして、そういった層がブームの崩壊、物語の終わりとともに去って行った。その結果、残ったのは、実はかつてから存在した、そういった大きな物語に左右されず、自分なりの形でバックパッキングを嗜好する若者たち(あるいは大人)なのではなかろうか。僕は毎年バックパッカーの聖地と呼ばれるタイ・バンコクの安宿街・カオサン地区でフィールドワークを行い、インタビューを通して若者たちのバックパッキング意識をたずねているが、旅の目的はやはり多様化している。かつてのように通り一辺倒ではない。つまり、ワーキングホリデーの帰り、ちょっとネパールに行ってくる、長期にわたった旅、たった4日のなーんちゃって海外バックパッキング、スケルトンツアーでタイを訪れ、ついでにカオサンにやって来てバックパッカー気分に浸る、深夜特急に感銘を受けてやってきた、タイ語を覚えたい、私さがし、旅行者とのコミュニケーションを楽しみたい……まあ、とにかくいろいろある。彼らに物語がなくなったわけではない。ただ単に、個別化したのだ。つまり、冒頭に示したようにスタイルの多様化。そして自分なりの物語の消費。

ということは、バブル終わって実は正常に戻っただけなのではないか。まさに等身大で自分の旅をカスタマイズする。そして、おそらくこういった層はこれからも永続する。だから、もうバックパッキング・バブルはもう来ないけれど、バックパッキングは旅のスタイルの一つとして定着する……。

でも、これって実は、これこそがバックパッキングの本質、つまりオーセンティックなバックパッキングなんじゃないんだろうか。

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