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- 2010年09月28日 02:31
エリック・クラプトンと音楽業界の未来
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E.C.の自伝でも、日本が何度か登場する。故郷のイギリスと、世界の大市場であるアメリカが主要な舞台であるが、それ以外では、地理的に近い欧州の他の国や他の英語圏よりも日本が頻繁にライブの場所として登場するし、「日本は大好きだ、有働(ウドー音楽事務所)氏はサムライだ」などと言及している。感情としての好き嫌いはともかく、彼にとって市場として米国に次ぐ「儲けの源」であることは間違いない。
私は最近よく「日本とアメリカは似ている」と言っているのだが、ここでもそれがあてはまると思う。(再び、「外」から見た印象ではあるが。)IP(知的財産)を尊重する傾向が業界に強く、ユーザーが有料ダウンロード(日本でいえば「着メロフル」も含め)にお金を払う習慣がある。欧州ではメディア企業の力に対して「Pirate Bay」の政治的力が大きくなりすぎ、有料ダウンロードが健全に伸びておらず、だから「Spotify」で対抗せざるを得ない状況があり(というのは当たってますか?お詳しい方があればコメントお願いします)、一方「伸び盛り」の新興国はIP管理がしっちゃかめっちゃかである。
それぞれの状況に合わせた「音楽業界の再建」がこれから行われていくと思うのだが、米国ではその後どういう姿になるのだろうか、とちょっと考える。再びE.C.自伝の話にもどると、60年代ヤードバーズで売り出し中の頃、アメリカに初めてやってきたE.C.は、「アメリカでは音楽の多くの分野がそれぞれに懐が深く、ブルースならブルースでそれなりの商売になる。これに対しイギリスでは、全体で一人のスターしかいる場所がなく、アメリカでそこそこの名声を得て帰国したらその年のスターは他にいて、自分たちは見向きもされないのでガッカリした。」と述懐している。この感覚は、70年代に初めてアメリカにやってきて、FMラジオ局の数の多さに驚愕した私の「一般人」としての肌感覚と全く同じである。アメリカというのはもともとこうした「地方分権」的な性格が強い場所でもあり、「ネットと分散」の時代の音楽・メディア産業も、こうした方向で「数多いニッチがそれぞれ少しずつ大きくなり、それなりに商売として成立するぐらいになっていく」という方向での再建になるのでは、と私は思う。
メディア集中の時代が終わったから、E.C.のようなスーパースターはもう今後出現しないのでは、と思う人は多いだろう。でも、もしかしたら、こうした「数多いニッチが少しずつ太る」時代のあと、アメリカのことだから、買収統合の嵐が吹き荒れ、ネットとメディアの壮大な集中が起こり、それに乗って、世界中の人が同時に熱狂するようなスーパースターの出現する時代がまたやってくるかもしれない。
日本は、従来は上記の「イギリス・欧州」と同じ、「中央集権型」の構造をしていたし、今でもその構造を前提としたビジネスモデルが音楽業界のベースになっているんじゃないかと思う。ネット側の人間としては、それよりも徐々に「アメリカ型地方分権」構造にしていったほうが、今の日本のユーザーには合うような気がするのだが、もしかしたら「アメリカ型」と「欧州型」の中間的なものが出来上がるのかもしれない。いずれにしても、従来型に固執せず、(にわかに儲からなくても少しずつでも)「再建」に向かうという業界人の決意が、そのスピードを左右するのだと思う。音楽だけでなく、映画業界を見ていても同じことを思う。
E.C.に関していえば、この大御所でも、YouTube公式チャンネルと、自分のサイトでの「新アルバム全曲試聴」と、iTunesの「一曲だけ無料ダウンロード・サービス」と、FacebookやTwitterと、PandoraやLast.fmと、そういったもののコンビネーションで新アルバムのプロモーションを行う「常識」を踏襲している。私がAmazonで大人買いしたアルバムのマージンが、こうした種々の裾野に流れていく。
YouTube に上がっているE.C.の最近のライブ映像では、見かけはすっかりジイサマながら、ギターは相変わらずの艶っぽさを保っており、やはり彼は「Forever Man」である。そして今や「人生で最も幸福な時期」にあると自称する彼は、音楽産業のtenacityを無邪気に信じているようだ。
ちなみに、この自伝、新発売シャープの「ガラパゴス」で読めるのかな?(笑)
私は最近よく「日本とアメリカは似ている」と言っているのだが、ここでもそれがあてはまると思う。(再び、「外」から見た印象ではあるが。)IP(知的財産)を尊重する傾向が業界に強く、ユーザーが有料ダウンロード(日本でいえば「着メロフル」も含め)にお金を払う習慣がある。欧州ではメディア企業の力に対して「Pirate Bay」の政治的力が大きくなりすぎ、有料ダウンロードが健全に伸びておらず、だから「Spotify」で対抗せざるを得ない状況があり(というのは当たってますか?お詳しい方があればコメントお願いします)、一方「伸び盛り」の新興国はIP管理がしっちゃかめっちゃかである。
それぞれの状況に合わせた「音楽業界の再建」がこれから行われていくと思うのだが、米国ではその後どういう姿になるのだろうか、とちょっと考える。再びE.C.自伝の話にもどると、60年代ヤードバーズで売り出し中の頃、アメリカに初めてやってきたE.C.は、「アメリカでは音楽の多くの分野がそれぞれに懐が深く、ブルースならブルースでそれなりの商売になる。これに対しイギリスでは、全体で一人のスターしかいる場所がなく、アメリカでそこそこの名声を得て帰国したらその年のスターは他にいて、自分たちは見向きもされないのでガッカリした。」と述懐している。この感覚は、70年代に初めてアメリカにやってきて、FMラジオ局の数の多さに驚愕した私の「一般人」としての肌感覚と全く同じである。アメリカというのはもともとこうした「地方分権」的な性格が強い場所でもあり、「ネットと分散」の時代の音楽・メディア産業も、こうした方向で「数多いニッチがそれぞれ少しずつ大きくなり、それなりに商売として成立するぐらいになっていく」という方向での再建になるのでは、と私は思う。
メディア集中の時代が終わったから、E.C.のようなスーパースターはもう今後出現しないのでは、と思う人は多いだろう。でも、もしかしたら、こうした「数多いニッチが少しずつ太る」時代のあと、アメリカのことだから、買収統合の嵐が吹き荒れ、ネットとメディアの壮大な集中が起こり、それに乗って、世界中の人が同時に熱狂するようなスーパースターの出現する時代がまたやってくるかもしれない。
日本は、従来は上記の「イギリス・欧州」と同じ、「中央集権型」の構造をしていたし、今でもその構造を前提としたビジネスモデルが音楽業界のベースになっているんじゃないかと思う。ネット側の人間としては、それよりも徐々に「アメリカ型地方分権」構造にしていったほうが、今の日本のユーザーには合うような気がするのだが、もしかしたら「アメリカ型」と「欧州型」の中間的なものが出来上がるのかもしれない。いずれにしても、従来型に固執せず、(にわかに儲からなくても少しずつでも)「再建」に向かうという業界人の決意が、そのスピードを左右するのだと思う。音楽だけでなく、映画業界を見ていても同じことを思う。
E.C.に関していえば、この大御所でも、YouTube公式チャンネルと、自分のサイトでの「新アルバム全曲試聴」と、iTunesの「一曲だけ無料ダウンロード・サービス」と、FacebookやTwitterと、PandoraやLast.fmと、そういったもののコンビネーションで新アルバムのプロモーションを行う「常識」を踏襲している。私がAmazonで大人買いしたアルバムのマージンが、こうした種々の裾野に流れていく。
YouTube に上がっているE.C.の最近のライブ映像では、見かけはすっかりジイサマながら、ギターは相変わらずの艶っぽさを保っており、やはり彼は「Forever Man」である。そして今や「人生で最も幸福な時期」にあると自称する彼は、音楽産業のtenacityを無邪気に信じているようだ。
ちなみに、この自伝、新発売シャープの「ガラパゴス」で読めるのかな?(笑)



