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- 2011年03月13日 23:33
2011.03.13
■3月某日 というか、金曜日・11日の午後2時46分、自宅で寝転がってテレビを見ていたら直前に地震予知速報が流れたかと思うと、間髪入れずに前代未聞の大地震と場所によっては数十メートルに及ぶ巨大津波が発生した。後にマグニチュード9・0と修正されて「東日本大震災」と名付けられた世界最大級の大地震の凄まじさはこの世の光景とは思えない地獄絵図だった。思わず正座してテレビ画面に見入ってしまったほどだ。その間、テレビ各局はCMを一切飛ばして特別報道体制に入った。テレビ画面からは現実に起こっている映像が流されていたが、どこかパニック映画を見ているような錯覚に陥る瞬間すらあった。唖然,茫然でパソコンに向かう気もしなかったが、あれから約53時間が経過し、とにかく何かブログを書いておこうと思う。
それにしても、現実の惨状を映し出すテレビを見ていると、何を書いても始まらないという無力感に襲われてしまう。津波で押し流される家屋、車、船舶がまるで木の葉のようにも見えた。津波が引いた後は、鉄筋コンクリートの建物を残して、戦場のような瓦礫の山が続く。不可抗力とも思える自然の猛威の前に、これまで築きあげた人生が瞬時にして吹き飛んでしまう光景に言葉も出ない。これまでも地震や津波にはある程度慣れていた人たちの住むリアス式海岸の沿岸地帯である南三陸町、気仙沼、大船渡、宮古、釜石などに住む人たちにとっても予想を超える巨大な津波だったのだ。安政時代以来といわれても誰もピンとこないだろう。
高台やビルの屋上に避難して助かった人たちは幸運だといえるが、逃げ遅れたために瓦礫の山にうずめられて命を亡くした人たちは気の毒というしかない。冥福を祈るしかない。命を落とした人の数は予測もつかない。行方不明の人たちの中には伝達手段がなくて連絡を取れない人もいるだろう。それでも、死者は数千人から一万人レベルに及ぶのではないか。避難所にいる人々も寒い中での蝋燭生活。水や食料、日用品も不足しがちで、耐乏生活を強いられている。一日も早い救済措置に期待するしかない。しかし、これからの復興を思うと気の遠くなるような時間と厳しい生活が待ち受けている。天災はつきものとはいえ、とにかく当面は耐えるしかないということだろう。むろん、津波ショックによるトラウマや精神障害のケアといった対策も不可欠だろう。
天災は仕方ないとしても、人災といえなくもないのが、福島第一原発の一号機、二号機、三号機などの原発事故の方だ。予想を超えた巨大地震による停電で原子炉の冷却機能が失われ、建屋の壁と天井が崩落するという、ありえない事故が発生した。例え、ミサイルを撃ち込まれても、大丈夫だったはずではないのか。放射能入りの蒸気放出で遠くはなれた女川原発でも通常値をはるかに上回る数値を記録し、原発従事者や近辺の住人数十人が被ばくするという現実も生まれており、今後その数が増える可能性も高い。原発から20キロ圏外に住民を退避させる緊急事態宣言も出された。もともと地震の多いこの沿岸に原発が乱立するという光景じたいが異常ではなかったのか。目に見えない放射能被ばくの今後は予断を許さないところだが、枝野官房長官、原子力安全・保安院、東京電力、テレビでコメントする原発系御用学者などの言い分を真に受けない方がいい。何せ、原発は国家レベルの最高機密なのだ。情報を隠しつつ小出しにするやり方にも不信感を抱かざるを得ない。一日前の場当たり的な節電という名の計画停電も東京電力の世論操作に政府が乗せられているだけではないのか。
今回の巨大地震と大津波によるフィバー報道で、一番ホッとしたのは、外国人からの政治献金が発覚して進退問題に発展しかねなかった絶体絶命の菅総理と、暴言発言で解任されたケビン・メア国務省日本部長の後始末の宿題が残された連中なのかもしれない。
それにしても、現実の惨状を映し出すテレビを見ていると、何を書いても始まらないという無力感に襲われてしまう。津波で押し流される家屋、車、船舶がまるで木の葉のようにも見えた。津波が引いた後は、鉄筋コンクリートの建物を残して、戦場のような瓦礫の山が続く。不可抗力とも思える自然の猛威の前に、これまで築きあげた人生が瞬時にして吹き飛んでしまう光景に言葉も出ない。これまでも地震や津波にはある程度慣れていた人たちの住むリアス式海岸の沿岸地帯である南三陸町、気仙沼、大船渡、宮古、釜石などに住む人たちにとっても予想を超える巨大な津波だったのだ。安政時代以来といわれても誰もピンとこないだろう。
高台やビルの屋上に避難して助かった人たちは幸運だといえるが、逃げ遅れたために瓦礫の山にうずめられて命を亡くした人たちは気の毒というしかない。冥福を祈るしかない。命を落とした人の数は予測もつかない。行方不明の人たちの中には伝達手段がなくて連絡を取れない人もいるだろう。それでも、死者は数千人から一万人レベルに及ぶのではないか。避難所にいる人々も寒い中での蝋燭生活。水や食料、日用品も不足しがちで、耐乏生活を強いられている。一日も早い救済措置に期待するしかない。しかし、これからの復興を思うと気の遠くなるような時間と厳しい生活が待ち受けている。天災はつきものとはいえ、とにかく当面は耐えるしかないということだろう。むろん、津波ショックによるトラウマや精神障害のケアといった対策も不可欠だろう。
天災は仕方ないとしても、人災といえなくもないのが、福島第一原発の一号機、二号機、三号機などの原発事故の方だ。予想を超えた巨大地震による停電で原子炉の冷却機能が失われ、建屋の壁と天井が崩落するという、ありえない事故が発生した。例え、ミサイルを撃ち込まれても、大丈夫だったはずではないのか。放射能入りの蒸気放出で遠くはなれた女川原発でも通常値をはるかに上回る数値を記録し、原発従事者や近辺の住人数十人が被ばくするという現実も生まれており、今後その数が増える可能性も高い。原発から20キロ圏外に住民を退避させる緊急事態宣言も出された。もともと地震の多いこの沿岸に原発が乱立するという光景じたいが異常ではなかったのか。目に見えない放射能被ばくの今後は予断を許さないところだが、枝野官房長官、原子力安全・保安院、東京電力、テレビでコメントする原発系御用学者などの言い分を真に受けない方がいい。何せ、原発は国家レベルの最高機密なのだ。情報を隠しつつ小出しにするやり方にも不信感を抱かざるを得ない。一日前の場当たり的な節電という名の計画停電も東京電力の世論操作に政府が乗せられているだけではないのか。
今回の巨大地震と大津波によるフィバー報道で、一番ホッとしたのは、外国人からの政治献金が発覚して進退問題に発展しかねなかった絶体絶命の菅総理と、暴言発言で解任されたケビン・メア国務省日本部長の後始末の宿題が残された連中なのかもしれない。



