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消費税増税を迎え、今後の経済・雇用動向を考える

 4月1日に消費税率が5%から8%にアップした。これにより、4月以降の消費者物価に押し上げ効果が働く。ちなみに、2月の消費者物価指数(生鮮食品を除く総合、いわゆる「コア」)は、前年比1.3%の増加である。その内訳を寄与度でみると、生鮮食品を除く食料が0.20、エネルギーが0.51など、引き続き輸入物価の上昇にともなう部分が大きいが、それ以外の部分についてもこのところプラスが続いている。この傾向に、4月以降は、消費税率引き上げの効果が追加される。政府の経済見通しによれば、平成26年度の消費者物価指数の上昇率は3.2%となっている*1。非課税商品があることなどから、税率アップ分の3%がそのまま物価上昇率に追加されるわけではないが、2%前後の物価の押し上げ効果が見込まれている。

 この物価の押し上げ効果は、今後の経済・雇用動向にどのような影響をあたえるだろうか。まずは過去の事例をみてみたい。消費税は、1989年4月に税率3%で始まった。その後、1997年4月に税率が5%にアップした。これらは、当然のことながら消費者物価を上昇させ、市場経済のさまざまな機構を通じて経済・雇用動向に影響をあたえる。まずは、雇用動向との関係を、フィリップス・カーブにしたがってみることにする。

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 1989年は、消費者物価の前年比が2.3%の上昇となり、前年の0.4%の上昇を2ポイント程度上回った。一方、完全失業率は2.3%と、前年の2.5%からむしろ低下し、その後も安定している。フィリップス・カーブの形状をみると、この間は概ね完全雇用に近い雇用情勢であり、消費税による物価の引き上げ効果は、物価の上昇傾向の中に自然な形で吸収されている。

 1997年は、消費者物価の前年比が1.7%の上昇となり、やはり前年の0.3%の上昇を1.5ポイント程度上回った。また、完全失業率は3.4%で、前年と同水準となった。ところが、完全失業率は、翌年以降は悪化傾向をたどる。フィリップス・カーブの形状をみても、消費増税は、経済にいびつな形で影響をあたえた可能性がみて取れる。

 なお、この形状は、2008年前後のそれとよく似ている。2008年は、原油や原材料価格が上昇し、物価には、コスト・プッシュ型の上昇圧力が働いた。コスト・プッシュ型インフレは、いわば、外国に税金を課されたようなものであり、国内需要を低下させ、雇用情勢を悪化させる。その意味では、原因は異なるにしても、1997年と2008年の物価上昇率と完全失業率の相関関係が同様の動きを示すことには納得がいく。

 ただし、雇用情勢の悪化については、1997年時にはアジア通貨危機、2008年時にはリーマン・ショック後の輸出の急激な減少という、ともに実需側からの大きな要因があり、消費増税や原油・原材料価格の上昇がどの程度の悪影響を雇用にもたらしたのか、見極めることは難しい。とはいえ、以下のような思考実験をしてみれば、特に、期待インフレ率がゼロに近い低い水準である際に消費増税を行うことが、実需面を通じて雇用に影響をあたえ、ひいてはデフレの深化をもたらすものであることはよくわかる。

 例えば家計を考えてみる。まず、物価上昇率と賃金上昇率は概ね相互フィードバックの関係にあり、物価が下落傾向であれば、賃金もまた同様である*2。これは、サービス産業を考えてみればわかりやすい。サービス価格に変わりがなければ、その一定割合である人件費も変わらない。サービス価格が上がらなければ、賃金引上げの余地も限られる。よって、期待インフレ率がゼロに近い低い水準であれば、予想賃金上昇率も同様であると見込まれる。このとき、翌期に消費税率が引き上げられるとしよう。家計貯蓄率に変わりがなければ、家計は、翌期の需要を減らすことになる。あるいは、より低価格の商品を嗜好する。いずれにせよ、これらは翌期の物価上昇率を引き下げるため、デフレは深化する*3

 こうした行動様式は、企業などが行う個別の事業にも反映される。事業内容に変更のない継続事業を考える。4月から消費税率が引き上げられる中、ごく狭い範囲で周囲を見渡すと、多くの事業主体では、今年度の予算には消費税率込みでシーリングがかけられているように思われる。これは、予算額が実質的に減少することを意味するため、前年度よりも事業規模を縮小するか、下請企業等を買い叩いて必要な資材やサービスを揃える必要が出てくる。これらもまた、翌期の物価上昇率を引き下げる要因となる。

 このような行動様式は、期待インフレ率がゼロに近い低い水準において顕著なものである。インフレ率が恒常的にプラスであれば、予算策定時に、当然の如くその分の上乗せを行うが、期待インフレ率がゼロに近い水準であれば、予算策定時に、そうした行動は組み込まれない。そもそも国や自治体の予算においてそのようなことが行われているとすれば、今回の消費増税は現下の経済政策と不整合なものであり、経済・雇用情勢に対して、いわゆる「逆噴射」の効果をもたらすものになる。

 なお、今回の消費増税は、その全額を社会保障財源に充てるとされている。増税分が介護・福祉サービス等に従事する者の賃金や各種の社会保障給付に回るのであれば、これらは再分配政策の範疇であり、それ自体が現下の経済政策と不整合なものではない。しかしそうではなく、公債償還等に回るのであれば、一国全体の貯蓄の増加につながり、総需要にはマイナスに働く。いずれにせよ、このあたりの資金の流れはみえにくい。

 話を戻すと、今回の消費増税が今後の経済・雇用動向に大きな変化をあたえず、自然な形で市場経済の活動の中に吸収されるようになるためには、期待インフレ率に加え家計の予想賃金上昇率が、2%程度を越えてプラスの水準で安定することが極めて重要である。その意味で、労使に対し、政府をあげて賃上げに向けた働きかけを行ったことはよく理解できる*4。とはいえ、そうした働きかけによる賃上げはあくまで「人為的」なものであり、消費増税がフィリップス・カーブをいびつな形にさせることに変わりはない。そうした「人為的」な賃上げによって、消費増税の影響が小さなものに止まるかどうかも定かではない。さらにいえば、現下の雇用の改善は、いまだに、賃金水準の低い非正規雇用にその多くを頼るものである。

 現下の雇用の改善に満足することなく、人手不足を訴える一部業種に配慮することもなく、さらに労働市場をタイト化させ、「人為的」ではなく自然な形で物価や賃金が上昇する環境を実現することが必要である。本来であれば、こうした環境の実現を待って消費増税を行うべきであったが、いまとなっては、その経済へのマイナス効果が小さいものであることを祈るのみである。

*1http://www5.cao.go.jp/keizai1/mitoshi/2014/0124mitoshi.pdf

*2http://d.hatena.ne.jp/kuma_asset/20130503/1367575182

*3:ここでの議論では、生産性上昇を加味していない。実際の経済では、恒常的に数%の生産性上昇が見込まれる。生産性上昇による付加価値の増加は、資本と労働に配分され、(名目ではなく)実質の報酬額を増加させる。

*4http://www.kantei.go.jp/jp/singi/seirousi/

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