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EUの「資源外交」を巡る戦略とその矛盾(前編) - 鈴木一人

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3.『エネルギー2020』とエネルギーサミット

『欧州のためのエネルギー政策』を策定し、欧州の資源外交、特にロシアに対する交渉に向けての体制が整ったにも関わらず、2008年初頭に再びロシアとウクライナの間でガス料金の支払いを巡る問題が発生し、3月にガスの輸出量を削減する措置をロシアが取ったため、その影響が欧州にも及び、エネルギー需給のバランスが崩れる状況となった。また、2009年1月にはロシアとウクライナの間で再びガス価格の交渉が難航し、ウクライナのユーシェンコ大統領がEUに仲介を求めてくるほどの危機的な状況が生まれた。

この時ロシアがEU向けに輸出したガスをウクライナが横取りしていると主張し、その分のガス供給を削減する方針を打ち出した。この危機は2週間にわたって続き、ブルガリアやスロヴァキアなど、ウクライナ経由でロシアからガスを受け取る国々では深刻なガス不足が起こっていた。また、ウクライナはロシアから供給されるガスの圧力が弱いとして、ウクライナ国内のガス供給を遮断してまで欧州向けのガスを輸送するという事態まで起きた。

こうした事態を打開するため、危機が起こってから2週間後の1月17日にロシアでEU、ロシア、ウクライナの三者協議が行われ、ウクライナの代表として出席していたティモシェンコ首相とプーチン首相が長時間の協議を行い、1月18日に合意に達した。ここでは、ウクライナが欧州向けガスと同じ価格を支払うことが原則合意され、2009年の間はそこから20%の割引を行うというものであった[*10]。度重なるロシア‐ウクライナ間のガス危機に対し、欧州委員長のバローソは両国とも信頼に足るパートナーではないと突き放し、こうした問題に欧州が振り回されることに嫌気がさすと同時に、ロシアに依存しないエネルギー戦略の必要性を実感した。

また、この間、ロシアはEU各国に個別にアプローチし、EUの足並みを乱すような戦略を取るようになってきている。その代表例が、2005年に首相の座を離れたゲルハルト・シュレーダーをロシア国営のガス会社であるガスプロムの子会社であるノルド・ストリームの役員として迎え入れ、ロシアからバルト三国やポーランドを経由せず、バルト海に海底パイプラインを敷設して直接大消費地であるドイツにガスを供給する計画を立てたことがある。これにより、経由国としての利益(コミッション)を得ることが出来なくなり、自国へのガス供給のルートを奪われたバルト三国やポーランドはドイツを激しく批判した[*11]

また、2009年にはシュレーダー政権の副首相兼外務大臣であったヨシュカ・フィッシャーがカスピ海沿岸からトルコ、ルーマニア、ブルガリアを経由して欧州にガスを供給するナブッコ(Nabucco)パイプラインの運営会社のコンサルタントとなり、ノルド・ストリームに対抗するガス供給ルートをEU機関や欧州各国を対象にロビー活動をするようになった[*12]。これにより、EU各国の利害やパートナー関係が複雑となり、統一的なエネルギー政策を展開することが難しくなった。

こうした中で、これまでの『欧州のためのエネルギー政策』では不十分として、新たな中長期エネルギー戦略の検討が始まった。それが『エネルギー2020』と呼ばれる政策文書である[*13]。この『エネルギー2020』は、基本的には『欧州のためのエネルギー政策』を踏襲しつつ、よりメリハリの付いたエネルギー政策を立て、中長期的な視野でエネルギー戦略を構築しなければならないという問題意識に基づいている。

ここでは5つのプライオリティが設定されている。その第一は、エネルギーの削減(Energy Saving)である。特に運輸交通部門と建築部門におけるエネルギー消費の削減を通じて需要側のニーズを削減し、エネルギーの需給を安定させることを目指している。第二に、汎欧州エネルギー市場の統合の期限を2015年とし、それまでにEU各国の送電網を接続し、電力の融通を可能にするとともに、1兆ユーロをかけてエネルギー・インフラを構築することを目指している。第三に、27の加盟国に「欧州エネルギー共同体」の国々も加え、欧州が一体となってエネルギー供給国との交渉を進めることが目指されている。第四に、エネルギー技術の分野で世界をリードすることが示され、第五に、電力の自由化を進めつつ、安定し、安全なエネルギー供給を行うことが目標とされている。

この中でも本報告にとって重要になるのは、三番目のプライオリティである、EUの一体化を通じた国際交渉力の強化である。1990年代から進めてきたEUの「Speak with onevoice」は未だに現実となっていないが、2009年12月に発効したリスボン条約によって、EUの対外政策の制度が整備され、「EU外務大臣」が正式にEU対外政策を体現することとなり、国際社会での存在感と発言権を増強できるとの期待が高まっていた。

そこで、『エネルギー2020』では、4つのアクションプランが示された。その第一は、近隣諸国とのエネルギー市場と規制を統一することである。これはすでに述べたように、EUが国際的なアクターとして交渉力を増していくためには、より多くの国を味方につけることが必要との認識に基づいており、同時に、EUがこれら周辺諸国に対して技術支援やインフラ整備支援を提供することで、EUと一心同体の状況を作ることを目指している。

すでに「エネルギー共同体条約」があり、このメンバーを拡大していくことで容易に周辺諸国を取り込んでいくことが可能となるが、ここで対象として考えられているのは、ウクライナやトルコといった重要なエネルギー経由国と、エネルギー供給国である南地中海(北アフリカ)諸国である。この時点ではリビアのカダフィ政権は欧米接近路線を取っており、2003年の核開発の放棄や2006年のアメリカによるテロ指定国家の解除など、リビアとの関係が良好であったこともあり、エネルギー共同体条約を通じてリビアとの一体化を図ろうとしていた。しかし、この試みは『エネルギー2020』が発行された2ヶ月後の中東・北アフリカ諸国における「アラブの春」が動きだしたことによって大きく混乱することとなる。結果的に中東・北アフリカにどのような政治体制が生まれるのか、それらの国々との関係をどう定めていくのかについては、まだ見通しが立っていない。

第二のアクションは、主要なパートナー国との特恵的な関係の構築である。これは、冷戦崩壊直後のユーラシア大陸におけるエネルギー供給秩序を安定させるための仕組み、すなわち「エネルギー憲章条約」をユーラシア大陸から、より広い地域に拡大していくことを目指したものである。そのターゲットとして重視されているのが中東・北アフリカ諸国であり、これらの国々との間での安定したエネルギー供給のルールを作ることを目指している。しかし、EUは決定的な交渉のレバレッジをもっておらず、逆にこの地域においては各加盟国が植民地時代の遺産を受け継ぐ形で個別の利害関係をもっており、そう簡単にはEUとしての資源外交を展開することが出来ない地域でもある。

第三のアクションは、将来に向けての低炭素エネルギーを推進するグローバルな役割の強化である。すでに京都議定書以来、EUは環境問題、地球温暖化対策においてグローバルなリーダーの役割を果たし、EU域内においても様々な低炭素イニシアチブが取られている。その結果、EU域内企業の中でも太陽光発電や風力発電などで国際競争力をもつ企業が出てきており、こうした資源を活かした低炭素エネルギーの国際的な普及はEUの利益にもかなう。同時に、雨天が少なく、日照時間の長い中東・北アフリカにおいては、太陽光発電が最も効率的に行えるとして、アルジェリアなどに巨大な太陽光発電のプラントを建設する、Desertec計画が進められている。

第四のアクションは、原子力安全や核不拡散に関する取組の強化である。これは、イランやペルシャ湾岸諸国における原子力への関心の高まりを反映したものである。これらの国々は産油国でありながら、自国のエネルギー消費をまかなうための原子力発電へとシフトしており、原子力で置き換えられる分のエネルギーを輸出に回すと同時に、将来的な石油の枯渇にも対応できるエネルギー戦略を描いている。こうした動きに対して、フランスをはじめとする欧州の原子力産業もこの新たな市場に参入することを目指しているが、同時にこの地域は政治的に不安定な地域であり、原子力技術が軍事利用、すなわち核開発に用いられる可能性があることもEUは懸念している。

このように、『エネルギー2020』は、これまでのロシアを主要なパートナーとしたエネルギー戦略から、エネルギー供給源の多様化を目指したものとなっている。考えてみれば、1970年代の第四次中東戦争をきっかけに起きた石油ショックで明らかにされた欧州の脆弱性を回避するために選んだロシアとの関係強化が、いまやところを変えて、ロシアからのエネルギー供給が不安定化したため、中東・北アフリカとの関係に回帰するという転換が起こっている。

この『エネルギー2020』の発行を受けて、議長国であるハンガリーのイニシアチブにより、EUとして初めてエネルギーをテーマとした首脳級会議(サミット)が開かれた。このエネルギーサミットが目指したのは、これまでEUがイニシアチブを発揮して『欧州のためのエネルギー政策』や『エネルギー2020』といったEU全体を包括する政策を打ち出したにも関わらず、加盟国間の戦略の違いや最終決定権の保持によって、結果的にEUのエネルギー政策が機能していないことを乗り越えることである。とりわけロシアとの関係でEUは何度も苦汁をなめ、いよいよ加盟国がバラバラであってはならないという危機感を反映したものといえよう。

また、このサミットが行われたのは2011年2月4日であり、チュニジアにおける「ジャスミン革命」が起こった直後であり、チュニジアのベンアリ大統領が国外逃亡をしてから3週間しかたっていない時期であった。また、「ジャスミン革命」の余波は中東全体に広がりつつあり、エジプトでは「フェイスブック革命」と言われる事態が進行している最中であった。

このサミットでは以下のような論点が話し合われた[*14]。まず代替エネルギーに関しては、これまでEUはエネルギー効率化による対外依存度の削減を進めるため、2020年までにエネルギーの使用量を20%削減すると提案していたが、その手段として再生可能エネルギーが取り上げられていた。しかし、フランスは自国の原子力推進政策を欧州にも拡大するとして、原子力利用の積極的採用を求めた。ただ、議論はエネルギーの使用量の削減に期限を決めて対応することは各国のエネルギー事情を混乱させるとして、拘束力のない目標にしてしまったため、代替エネルギーの推進についても議論は進まず、原子力に関しても各国の独自路線が維持されることとなった[*15]

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